第36話 抗戦

「おい、行ったぞ!回り込め!こっちはウチがやる!」


任務の帰り賊による襲撃に合っている。

俺も気づかない程遠くからミスリルの玉でマキラが負傷した。

スリングでの玉は小さく射程も遠くからだった為に大事には至っていないが、突然の事により浮足立ってしまう。完全に後手に回った。皆は俺の索敵に信頼を置いていた為、急な事態に対応が遅れた。


こちらは八人で相手は少なくとも倍程はいる。俺の索敵範囲外にもいるかもしれない。ヴァルが降りろと言ってくる。…殿になる覚悟を感じる。


俺は腹を決める。そして、セナを見た。セナの体は大きくなった。ラクダの様なヴィ程ではないが虎のように成長した。偶に背中に乗ってじゃれあったりもしていた。

俺の瞳の奥を見返してくる。俺の覚悟を分かってくれる。


「ヴァル、俺が囮になる…立て直す時間がいるだろ?大丈夫、相棒がいるから。」


「はぁ?…待て!…ッ…一度戻る!おい!」


持っていた大きめのミスリル球は全部ヴィに残していく。そしてセナの上に乗る。


「行こう!なぁ、相棒!」


――ウゥォッ――


セナが短く吠えて体にマナを漲らせる。

少しだけ気分がいい。今まで庇われるだけだったけど、今は庇う事が出来る。

…僕の好きだった女の子はそうしていたから。

カツラを外してマキラに渡した。


相手の空気が変わる、スリングの玉が止んだ。そうして走り出す。仲間とは逆側へ


――メッ!――

――――エル!―ナ!――


後ろの声は遠ざかっていく。敵の半数以上が俺に意識を向けたのがマナの動きと気持ち悪い視線で分かった。これでいい。




***


「セナ!右!もっと!…森に突っ込む!」


遊びでヴァルと回避の訓練をしていたのが生きた。男を手に入れようとする欲の気配はマナにも表れている為、こちらを仕留めるのではなく捕獲するような攻撃を繰り出してきていた。


女はマナ操作が下手くそだ。手加減しようとして、よりマナの乱れが大きくなっている。

分かりやすく、その事をセナも感じ取っていた。後は俺が作戦をたてるだけ、セナを信じて。


女達は追いつくように森へ入ってきた。もう日が暮れ出している。鬱蒼としている為、視界は悪く周囲からは魔獣の気配がした。ネア家の領内にはキラービットとケンタロスという魔獣種が多く生息している。俺達はわざと魔獣に見つかる為に気配のする方へ駆けた。


―――ぐへへ―――ぐへ―


相変わらず気持ち悪い鳴き声で向かってくる魔獣達を誘導して女達の気配に近づく。こちらに気づいて攻撃体勢に入っているのが分かった。セナはよりマナを漲らせて、その中を突っ込んでいく。


魔獣達と女達に挟まれる。もう取り返しのつかない恐怖が体を襲う。少し漏らしている気がする。歯が噛み合わない。挫けそうになる。

…勇気が欲しい、セナと駆ける勇気が。


俺は左手首を強く握ってマナを流す。


―――坊ちゃま、いつもお側に―――


空耳がした。



視界が広がり、頭がクリアになる。俺を蝕んでいた恐怖は消えた。

――万能感が俺を満たしていく。


サークル用のマナタイトを投げた。女のスリングする射線に重なる様にセナに当たる物だけを見切って。


俺達が近づくに連れて女達の表情が徐々に歪んでいくのがスローで見える。

その不細工な顔に内心笑っていた。そしてすり抜けた。




―――キャッ―――

―ぐへへ―――

イヤァ―――



世界が戻ってくる。…倦怠感に襲われながらも後ろの悲鳴が聞こえてくる。

ケンタロスの笑い声に女達の悲鳴が合わさると何ともいえない気持ちになった。




―――クウゥ―――


セナの気遣う鳴き声を聞きながら意識を強く保つ。後ろからの追跡は振り切れていると思う。進行方向には気配を感じない為、森を抜けた。


もう日は落ちていた。俺は黒っぽい色しか身につけていない、それが上手い事周囲に溶け込む保護色になっている。

合流する場所など決めてはいなかった。

ここからなら一番近い場所はどこだと頭の中の地図を引っ張り出した…セント市だ。


セナに体を預け到着した。魔術光を持った門番は槍を突き出してくる。


威嚇しだしたセナを落ち着けようとして、頭に手を伸ばすと落とされた。

…頭だけは絶対に触らせてくれない。


門番は狼と俺の対応に戸惑っていた。


「魔士のラナかイアナに伝えてくれませんか?ラエルが来たと。」




***


「ラエル!会いたかった!…大丈夫か鼻血が…」


「久しぶり、ラナ!ごめん。襲撃を受けて、仲間と逸れた。俺の無事を急いで伝えたい…じゃないと敵に突っ込んでいきそうで…なんとかならないだろうか?」


任せろと言って数名の仲間達とタチドリという二足歩行の大きなダチョウの様な魔獣に乗って行ってしまった。


セント市は至る所に魔術光が灯っている。

俺は明るいところを避けて歩いていく。

黒髪を見せびらかすのはよく無いと判断したから。セナが側にいたため誰も近付いてくることはなかった。


皆を庇ったことを、アシエなら褒めてくれたのだろうかと考えながら歩いているとネーナの家に到着してしまった。



「ラエル様、大きくなりましたね。イアナから連絡があったの。アシエの部屋でいいかしら?もちろん、その子用の食事もありますよ。」


セナと一緒にネーナの家に泊まらせてもらった。

ヴァル達は無事だろうか?


今日はベットを使わない。

セナが丸くなる、その背中に頭を預けた。

いつもとは違い優しく叩かれた。その尻尾を抱きしめて眠りにつく。


少し獣臭い、でも安心出来た俺はすぐに意識を手放した。

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