第29話 魔流 

「おい、ラエル。やろうぜ。」


そう言って迫ってくるのはポリーと言う大柄の女だ。

こいつの事は嫌いだ。

最初から敵意と粘りつくような視線を向けてくる。


今もそうだがこいつは完全に俺を舐めている。見た目も全く好みじゃない。正直関わりたくない。

だけど、いつも突っかかってくる。

まるで小学生の男子かよ。


何よりこいつは





『おまえラエルだったよな?』

『まだ死んだ女の事気にしてんのか?』

『だせぇな!アシエだっけ?弱すぎんだろ。勝手に死ぬとか笑える。』

―――――――――!―――

『あぁ?何だ?死んだ女がいねぇとなんもできねぇのか?』

『一発いれたらお前の勝ちな。負けたら…俺んとこに来いよ。』

――――――ッ

『泣きそうじゃねえか?いい…』



『何してんだ?ウチがさ?キレる前にやめとけ?な。』







あの時は挑発に乗って向かい合い、震えるだけだった。

あれからもう約一年。今なら震えずに立ち向かえる。そのためにやってきた。


「どうした?で、いいのか。ヴァル?」


「……どう?ラエル。」


「ああ、いい。」


そう言って向かい合う。

俺と戦う時に傭兵団の女にはルールが課せられる。

今回の戦いは俺が10秒逃げ切るか、もしくはどちらかが一撃入れるかだ。


開始の合図はない。ポリーは俺の首元が好きみたいだ。よく視線を感じるから。

距離を詰めつつ少しだけ首元をはだける。そして笑顔で進む。

先ほどまでマナを漲らせていたが乱れたのを感じた。


そのまま俺は全力で足にマナを流した。


『いいか、ラエル。女はマナが多くなると瞬間的に流すのが遅くなる。そして、一瞬ではあるが体がマナに流されて大振りになる。これは力む関係上どうしようもないんだ。…お前は脱力状態から瞬間的にマナを流せる。私の理想とする形だ。ラエル、一瞬だけがお前の勝機だ。』


「へっ?」

惚けているポリーの腹に蹴りを入れた。


「はい、そこまで。ラエルの勝ち。」


「…ぐぅ…効いてねえ、ぞ。」


正面からの真っ当な戦い方は、俺が望んだ戦いは出来ないけど。強くなってる、そう実感する。


「ポリー、ありがとう。お前に勝てたから、少しだけ自信がついた。」


「……はん…腹減ったし、飯、な。」


もうすぐ食事の時間だ。

用意をしなければならない。俺を見るポリーの穏やかな目に笑ってしまう。

ヴァルは溜息をついて首で俺を差す。早く仕事に行けと。



***


「――ラエル、マナを漲らせる。つまり、全身にいきわたらせるのは肉体の補強をしているからだ。皮膚なども固くなる。マナの通らない物はまず効かなくなる。これは普通の事だ。魔流とは体内でマナを集約する、凝縮する事をそう呼ぶ。ラエルはこれをもっと鍛えろ。」


「団長、どうすれば?」


「もうお前はしている、サークルがそれだ。私達も幼い頃はそういう物で覚えた。だが今の私は、戦闘で魔流を使えない。マナだけに集中しなければならず、精密さはない。時間がかかりすぎて意味がない。何もせず突っ立っている状態でないと恐らく女は出来ないだろう。」




俺は誰にも言われずに杖を持って走る。全力疾走しながらのサークルをこなす。

より早く。もっと正確に。それが俺の戦い方だ。


「ラエル、汗を流したら出発すんぞ。」


「どこへ?」


「お前の初任務だよ。」


俺は無意識に左手首を握っていた。








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