第24話 覚悟

ハニエとスプマティ家の家臣団がいる。

僕を連れ戻しに来たのは傭兵だった。スプマティ家にも馴染みの人物だと。


ネア家の周辺で活動していた為、今回のセント市襲撃にも対応したと話す。



茶髪の美人さんは見覚えのある腕輪を持っていた。

――アシエにプレゼントした物だ。


「セント市にお連れします。ご用意を。」

そう言いながら、僕をじっと見てくる。

――何だ、こいつ。


「…アシエの言う通り、とんでもない美人ですね。黒髪と青い瞳の美人と言っていました。」


「………アシエは?」


「最期の願いを託されました。」



―――

――エル――

―しっか―!―


呼吸が上手くできない。苦しいよ…アシエ……

――本当は分かっていた。最後に僕の目に映ったアシエはもう死に体だった。

魔の森で眠れなかったのはアシエの姿がずっと思い返されるから…だから…


一瞬目の前が暗くなった。体の末端が手の先が冷たい。

「…アシエの願いって?」


「無事にネア家へ連れ戻して欲しいと。襲撃犯がぼっ…ラエル様を狙っているから護衛をして欲しいと。」


「………」


「本当は受ける気など無かった。駆けつけた私の足に縋りつきながら願いを託してきました。何でもお支払いすると…もう…目も見えていない様子で、それでも必死だった。」


「………」


「私達ノワール傭兵団は、私は!彼女の最期の願いを叶えさせていただく!報酬は確かに頂いたので。それと、伝えて欲しいことがあると。」


「………」


伝えづらそうに一度目を逸らして、僕の目を見直した。

「…『坊ちゃま、いつもお側におります。』と…」


――アシエは過保護だから…側に…僕は大丈夫なのに。


「…休まれて、下さい…明日、迎えに来ます。」


「ラエル、様…戻りましょう。」


皆は口々に喋り出す。

僕の顔を見てすぐに顔を逸らして。


大丈夫、問題ない。

そう声に出したはずだった。


「ラエル、様…お願い、一緒に戻りましょう…」

ハニエは僕の頭を引いて肩に抱き寄せる。

肩部分が濡れている…違う…僕が涙を流している。


何も感じない、泣いてる事も気づかない、だから大丈夫。大丈夫だ。




部屋に連れ戻されて、ベットに横になっている。

瑠璃が感情を伝えてくる。でもごめん、今は止めて欲しい。少しだけ疲れたんだ。


アシエが亡くなったのなら弔わなければならない。

…亡骸を見る気力はない。


なんでこうなった?…僕がいなければアシエは逃げられたはずだ。

足手まといだった。震えるだけだった…だからだ。


…茶髪の女性はアシエへのプレゼントを持っていた。何としてもあれだけは取り戻したい。あれは僕がアシエにあげた物だから…だから、お前が持っていい物じゃない!




***


昨日と同じ部屋でノワール傭兵団と対面していた。

ネア家の人間も同席している。

傭兵団は3人で来ていた。


「では、戻ります。よろしいですね?イアナ様も私達がお連れ致します。」

僕の事なのに勝手にイアナが話を進めていく。


僕は話に割り込んだ。

「その腕輪は返していただけないでしょうか?僕があげた物なんです。」


「…アシエより依頼の報酬としてもらいました。返す?アシエからの報酬ですので返すもないでしょう。」


「…分かりました。では、僕を好きにして下さい。それの報酬としていただけますか?」

僕の発言に場が静まり返った。イアナが怒鳴りだす。


「ラエル!何を言っている!いいか…」「うるさい!」


「好きにしろとはどういう意味でしょう?カレア家の方ですし、何を言われているのか測りかねますが?」


「男ですので、価値がありますよね?そういう意味です。…ですがもう一つだけ、これはお願いです。」


「聞くだけです。なんでしょうか?」


「僕を強くしてください。どうか、お願いします。」

僕は席を立ち彼女の足元に跪いて目を見つめた。そして頭を地面に擦り付ける。


話を聞いているだけの傭兵団2人は立ち上がり喚きだす。

だが話をしていた女性はじっと僕を見ていた。


「何故ですか?確かに貴方は美人です。価値はあります。ですが強くなる必要はない、女を戦わせればいい。違いますか?」


顔を上げて目を見つめる、女性は体にマナを漲らせた。威圧感が襲う。

でも、目を逸らさない。

「自分を守れる力が欲しいです。カレア家では僕は力が身につかない。雑用でも何でもやります。貴方の傭兵団へ連れて行って下さい。…アシエの贈り物を返して下さい。」


僕は怯まない。アシエは何でも出来た。僕の為の雑事もいくらでもしてくれた。

アシエの僕はそれくらいこなせる。


「団長、ウチはいいと思うけどな、男のくせにずいぶん根性がある。」


「まぁ、すぐに折れるか…いいだろう。すぐに発つ。」

そう言って僕の腕を持ち、立たせた。


「ノワール傭兵団、メルメだ。」

そう言って握手をした。


「ラエル!いい加減にしろ!メルメさん、ダメですよ!」


「イアナ、僕は死んだ事にでもしてくれ。いや、カレア・ラエルはここで死んだ。そう報告を。」


「出来るわけがないだろうが!メルメさん!ちょっと!」

メルメさんとイアナは2人で話始める。


「よう、美人、ウチはヴァルだ。」


「アナベル、よろしく。」


傭兵団の2人と挨拶を交わす。

ハニエは話の展開についていけず何が起こっているのか分かっていない。


「ハニエちょっといい?」

そう言って部屋に2人で戻った。




「ラエル。なんで、傭兵団に入ったの…それに自分をって…」


僕はハニエに強くなるため、外を知るためだと伝える。

このままカレア家に戻ったら本当に何もできなくなる。

間違いなく監禁生活になるのは目に見えている。それに…


…屋敷を見るのは辛すぎる。あそこにはアシエとの…




「瑠璃をお願い。大丈夫、様子を見に来るから…いいよね?」


ハニエは泣き出して僕に抱き着いた。

待ってる。いつでも来て欲しいと言って。


瑠璃も僕に感情を伝えてくる。悲しみを。




僕はメルメさんに言った事を思い返す。

あの時、自分を守る力が欲しいと言った。


でも違う、本当は大切な人を守りたいと、そのための力が欲しいと言いたかった。


…男の僕には過ぎた願いだと思い、言えなかった。

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