第18話 竜

【竜】に遭遇する事は天災である。何もしなくていい、ただ受け入れるだけ。


竜を表す言葉があり、それは無理、無謀、困難を意味する言葉に用いられる。


生態はわかっていない、一説にはこの世界の始まりから存在するとされている。


情報が少なく、謎に包まれている。


ただ目撃する事は出来る、生還する事は何よりも困難だが。



竜は4種確認されており

内1種に関しては、ベルビーの英雄である勇人が打ち取った。

ただ本人が後にこう語った。

「間違いだった。竜を打ち倒してはいけなかった。」



姿が確認されている残り3種について


ある竜は非常に美しい色取り取りの花をその身に咲き誇らせており、これまた美しい鳴き声を放つ。ただ見入っていけない、聞き入ってはならない、その声は死を呼び、声の届く全てに花を咲かせる。死の花を。


ある竜は虹色の鱗が体中を覆い、赤白い炎を纏い続ける。この世界に赤い、白い炎が無い事は分かるはず、尾は鋭い棘の形状をしている。


ある竜は青く空色の鱗を持つ、一番多くの目撃例があるが、遭遇しない事を願うばかりだ。竜の美しい嘆きは辺りを吹き飛ばし、涙の様に雨を降らせる、滅びの雨を。



竜は魔獣ではない幻獣である、誇り高き――

                        スプマティ・アイオス




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――空がまぶしい。


さっきまで何をしていた?

…頭が回らない、厚い雲がこの辺りだけ切り取られたみたいだった。

音がしない…心臓の音はする。


僕の足に崩れた石壁が蓋をしている。どかせない。

周りを見回そうとした時、青い光の塊がすぐ側に降りてきた。

空にいた存在は降り立ったのに、一切の振動を地面に伝えなかった。


綺麗な青い光が目に焼き付く、麒麟のような容姿をしていた。

羽も無いのにどうやって飛んでいたんだろう?


麒麟は辺りを見回しながら歩いている。振動を感じさせない。

雲のないこの空間に陽がさす。青い鱗に光が反射する。

――絵に残したい、海の様に綺麗だ。


現実感がない僕は瞬きを忘れて見入る。この光景を忘れないように。

…僕の視線に気づいたのか、麒麟はこちらに目を向けて歩いてくる。


「―――――――――」


「―――――――――――――――――」


周りで何かの動きを感じる。でも今はどうでもいい。


眼前まで来た麒麟はじっと僕の目を見降ろした。

こんなにも圧倒的な存在感なのに、その瞳は綺麗で知性を持った人間の様だった。


麒麟は鼻先で僕を小突く、僕は手を上げようとして、右手が埋まっている事に気づいた。仕方なく左手で鼻先と鱗を撫でるように触る。

――不思議と硬質な感じでは無く、柔らかさと熱を感じた。


口を開けて迫ってくる。



「――――――!――――――――!」



周りの動きが煩わしい。



僕は笑いながら、痛くしないでねと思い、手を差し出す。

不思議と恐怖は感じなかった。

麒麟は反応して嚙みついた…何かが流れ込んで…意識が落ちていく。

――――――――聖――子―。


頭に声が響いた。



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『団――に―ん―――さい』

         『ア―エ―っと――だ』

『――女――滅――る』

      『万―――俺―支え――れる』

『瑠――こに行―――い』



…夢を見てる。

でもいつもの夢じゃない。

麒麟が衝撃的だったから?


もしも、海の上を飛ぶ麒麟が見れたら、陽に反射する二つを同時に見れたなら。

――きっと最高だろうな。


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「――――!坊ちゃま!」


顔が痛い。叩かれた?

「アシエ、おはよう。」


「坊ちゃま!――った!――あぁっ!」


意味が分からず泣き出したアシエの頭を撫でる。

何があった?…麒麟は?


周りは瓦礫の山になっていて、僕は瓦礫から救出されたのか所々服が破れて擦り傷が出来ている。

体がいつもより軽く感じる。頭がふわふわする。


周囲では悲鳴や怒声が響いている。

あまり現実感が無い。


アシエは僕しか目に入っていない。

「坊ちゃま!何ともないんですか?」


「全く、何も。」

そう言いながらアシエを撫でていた。

――左手…がある…さっき食べられた。


アシエは周りを見渡して僕を覆い隠すように引っ張って行く。

誰もいない建物の影に来ると僕の上着を脱がし始めた。


そうしてから

「…坊ちゃま、肘…本当に何ともないんですか?」


――僕の左ひじには竜の鱗が埋まっていた。

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