第10話 心配とそれから
「………」
「姉さん、どうしたの?習い事は?」
「………」
姉はずっと無言でいる。さぼりでもなさそうだ。
僕は姉さんを抱きしめながらサークルをしている。
いつもはアシエと寝ているのだが、今日は姉さんと横になっている。
本当にどうしたのだろう。
「ねぇ、起きてる?」
「起きてるけど?」
珍しくゆっくりと姉さんは語りだした。
カレア家はマヌアート王国に属しており、現在の王国は王位継承権の問題で国が荒れている様だ。
次の王に最も近いと噂のオーゼス王子は、地位を盤石とする為に近々、軍事行動を起こすと。まぁ戦争だ。
その先触れがあり、母がいい機会だとして姉も出陣させるとの事。
姉は初陣を飾るらしい。まだ8歳なのに。
…確かにこれは精神状態がおかしくなりそうだ。
相手は隣国のアセルス公国で国境付近での戦いになる。まず負ける事はないとの事だが、絶対はない。
姉は震えている。戦場なんて想像もつかない。
いつもアシエにしてもらっていた様に、僕は何も言わずただ抱きしめ続けた。
***
「メナ、アセルス公国はどんな国なの?」
「この王国とアンキパス共和国・エルシャ公国に挟まれますね。軍事的にはそこまで強国では無いですが、緩衝地帯でもありますから、他の国はこのままの関係を望んでるでしょうね。まぁ、公国との停戦は解かれましたので、王子も都合がいいのでしょう。」
「王国って男の人が王座に就くんだね。」
そういうと、はぁ?という顔をしてきた。…ごめん不勉強で。
王国は昔から男が王位を継ぐようで、実に800年間続く国。女性が王座に座った事は一度もないとの事。今はオーゼス王子とマウト王子の争いだと。
「男は汚くて、臭くて、不潔なのでどうでもいいんです…ラエル様は違いますよ。
とても美人ですから、特に青い瞳がいいです…今のままでいて欲しいです…」
メナの発言はこの世界では仕方がないことかもしれないと思った。
男はまず女性に勝てない。マナ量は強さだ。身を守るために容姿を悪くして狙われなくする傾向が多い。そういう心得の本すらある。
「ラエル様は最近寝るときにカパッてのを付けて寝てるんですよね?」
「付けてるよ。歯並び矯正の枠でしょ。」
カレア家の女性は5歳以上から矯正をする。
ただ男は自由だった。僕はアシエにかっこよく思ってもらう為に始めた。カレア家の美容術の一端であると思う。
「男の人がそういう事をするのを聞いた事が無い。ラエル様は心も美人。」
「あんまり、褒められてもね。まだ初めて2週間位だよ。」
***
何時も勝手にきて、勝手に帰っていく姉だが今日は違う。
「ラエル、私が居なくてもちゃんと勉強してね。」
姉さん…いつもとキャラが違うのはやめて欲しい。
フラグだと思ってしまう。
僕は弱気な姉さんは嫌いだと、強い姉さんが好きだよ。と言って送り出した。
本邸の門の前では家臣団が揃って出陣の号令をかけている。
本当に戦争なんだ。今まで争いなんて無かったから、姉さんの無事を祈るしかない。
男は戦場に出ない。怯えるだけで戦いにならないから、囮にもならない。
王子も後ろでふんぞり返っているだけ。
男でよかったと思ってしまった自分が情けない。姉を見習えと自分を叱咤した。
妹も心配だったようで、姉が出発してからは屋敷によく来る。
「母様も一緒だし、大丈夫だよ。ね、アシエ。」
発言に自信がなかったので補強してもらおうと話を振った。
「はい、竜結晶のご当主様ですから、何の問題もないですよ。」
竜に例えられる魔法使いは非常に少ない。戦況を一人で変えられる程の強さを持つ者であるとされる。カレア家の当主の母は僕の前だとドジだが、戦場ではどうなのだろうか。
「にーにも、行かない?」
「…あぁ、行かない。」
外には出れないでもある。
うん、と言ってロシエは左手に抱き着いた。
メナがお盆に乗せて飲み物を持ってくる。落としそうに見えたので補助しようと動いた時、離れるのを拒んだ妹は力を込め腕を強く引っ張った。
――熱い?熱い⁉
左手に違和感を感じ、咄嗟に鑑定魔法を使っていた。
妹の手に魔法陣の様なマナの通り道があり、そこにマナが集まっているのが観えた。
「…えっ?えっ?」
――熱い!
「坊ちゃま!」
「ラエル様!」
左手が熱くて、妹を見ると顔に血が付いている。
「ロシ…ェ!」
体が動かない、頭痛がする。吐き気がする。左手が熱い、熱い!
「ヤダァ!にーに!」
浮遊感を感じて視界が暗くなっていった。
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