第14話 けじめ

 ウトの神鳥を討伐し、一週間が経った頃。

「こんにちは」

「おお、フユウ君ところの! いらっしゃい、どっちもできてるよ」

 ディアはある工房を訪れていた。目的の物は二つ。

「はい、まずこれが補助器具付きの杖。使い方はフユウ君に教えて貰いな」

 一つ目は、デッドスライダーの魔力器官を使った杖。まだ水と土属性にしか対応していないが、まずは魔法に慣れるところからだ。

「ありがと。また火と風のを取り付けるときもお願いね」

「あいよ! で、もう一つの方が…」

 返事をしながら店主が持ってきたのは、大きなとんがり帽子であった。鍔の広い真っ黒な生地の帽子だが、全体に被さるようにして鳥の頭骨があしらわれている。

「全く無茶な注文してくれたぜ。いくら比較的軽い鳥の骨だからって、頭骨を更に軽く丈夫に取り付けてくれなんてよ」

「おーありがと! これこれ、やっぱり魔女って言ったらこの帽子よね!」

「そ、そうか…まあ喜んでくれたなら良かったぜ」



「ディア…まさかそれ被って歩いてきたの?」

「うん。道行く人が皆面白い顔してたわ」

〈悪趣味~…〉

 所変わって、フユウの家。全員が椅子に座りテーブルを囲んでいる。

「で、本題に入りたいんだけど…その前に」

 ディアがフユウの横に座るニンジャを睨む。

「何でヤイバこいつがいんの?」

〈それはもう、ディアが心配だったからさ〉

「帰れ。あと馴れ馴れしくその名前で呼ぶな」

〈えー、じゃあ何て呼べば良いかな〉

「あなたに限っては私の本名で呼ぶことを許す」

〈あれだと言葉として想起できないし嫌なんだよな~〉

「死ね」

「えっと、本題に……」

〈あ、お気になさらず~〉

「あなたが言わないでくれる?」

 切りがないのでこのまま進めることにした。

「それでは、フユウ・シュトライツわたしをディアの旅に同行しても良いかについて話し合いたいと思いま…」

〈断固反対だね〉

 開口早々、ニンジャが割って入ってきた。

〈この男は複数の教え子に手を出した挙句、学校に火を付けて何人も殺してる殺人鬼だぞ⁉〉

「いや知ってるけど」

〈⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉〉

「それ辞めてほんと」

「…やっぱり、知ってたんだ」

 視界の端で無駄に動く大男を尻目に、フユウとディアは話を続ける。

「まあね。まさかあそこで死にかけてたのがそうだとは思わなかったけど」

〈それなら、何でこの男の肩を持つのさ〉

 フユウの肩に手を回しながら、ニンジャが問う。

「別にそうは言ってないでしょ」

〈というと?〉

「私と一緒に行動してて不審なことはしなかったし、フユウの人柄もある程度理解できた。…こいつは単に、必要なら殺しを厭わないってだけ。快楽目的の殺人じゃない」

〈じゃあ生徒と不純な関係を持っていたのは?〉

 ディアは視線でフユウに説明を促す。

「両思いになるまで性行為はしなかったし、したときも避妊は徹底した。相手が卒業した後はお互いの納得の上で関係を絶ったし、何より性被害を訴えてるのは本人たちじゃなくてそのご家族」

〈ねえやっぱこいつ牢屋に入れた方が良くない?〉

「あんたも入ってきていいわよ。…まあとにかく。だから試す意味も込めて、スペアの肉体の場所を教えたんだけど」

「…魔が差して、つい」

〈じゃあ有罪だよ。こいつは突き出して死刑にするべきだ〉

「うん。自分でもそう思うよ」

 フユウの言葉に、ぎょっとした感じでニンジャが振り向く。顔が近いがいちいち相手にしていられない。

「怒りに身を任せて、人を殺した。追手から逃れるために、更に殺した。こんな奴がのうのうと生きてる方がおかしな話だろう」

「違うでしょ?」

 フユウの自白を、しかしディアは一蹴した。

「あなたはもう未練がないだけ。奥さんの遺した術式を実際に起動してみせて、私という美少女の身体を抱けて。やりたいこと全部やりきった結果でしょう?」

「何も思ってないわけじゃない」

「にしたってその割合が小さすぎるって言ってるの。そんな奴を、死んで罪から逃してやろうなんて思わない」

 だけど、と前置きしてディアは続けた。

「フユウがスペアに手を出してなかったら、こんなに早く異変は解決しなかったわけだし…だから、同行に際して条件を付ける」

〈条件?〉

「そう。魔法の師匠としては申し分ないし、魔法が使えない私のサポートにも回れる。ただし性欲方面が問題だから、フユウ・シュトライツにはそのけじめとして…」


「去勢してもらう」


 ディアは目の前の男二人が内股になったのを見た。

「何二人して、気持ち悪い」

「あの、ディアルメットさん。もっと指を詰めるとか純粋に痛い罰の方向性で…」

「いや去勢だって痛いでしょ」

〈ディア、流石にそれはやりすぎだと思う…〉

「あなたはどっちの味方なのよ」

 ディアが魔力晶壁バリアで裁断機を生成し始める。

〈ひいっ!〉

「待ってディア、その、えっと…あっそうだディア、ディアだって商人の屋敷爆破したでしょ!」

「あ。…いや、あれは、火付けたのあなただし…?」

「あれはディアの魔力量が無いとなし得なかったことだし、やる前に確認もした! 幇助もまた殺人と同様罪になる!」

「ぐっこいつやけに頭が回る…!」

〈拙者これどっちの味方すれば良いの⁉〉

「うるさい出てけ!」



 誰の記憶にも残らなかった異例の魔獣被害は、すぐにゼクステアから原因となった魔獣の討伐が公布され、解明されない点が多いまま集結した。

 町では着々と家屋の修理が進み、日常の風景が取り戻されつつあった。

「いいんですか? わざわざ修理していただいたのに、本当にお代無しで」

「いーのいーの! 料金ならゼクステアからたんまり貰ってるから」

 スキンヘッドの男が家の主に気前よく話す。

「それに、困った時はお互い様だからな!」

 その時、ガラガラと物が倒れる音がした。見ると、大柄な男が慣れない様子で落とした資材を拾い集めている。

「あれは…狩人ラプターの人ですか。彼らも修理に回ってくださってるんですね」

「あーあー。人手足りねえし力仕事任せられんのは助かるんだが…いかんせん不器用なんだよな」

 短く別れを告げると、男は狩人ラプターの所へと走っていく。

「ありがとうございました」

 家主も頭を下げると、直った家の中に入った。

 玄関の扉を閉める。鍵を掛けると彼は足早に奥へと進み、とある部屋の中心で止まった。

 男はその場でしゃがんで床に指を置く。そして魔力を込めると、突然床の一部が動き出し、地下に続く階段が現れた。

 そのまま下へ降りていく。男が中に入ると、床は自動で元に戻った。

 階段を降りた先には、一人用の作業スペースとその大部分を占める大きな望遠鏡があった。ただし、その先にはレンズが付いているどころか塞がれており、そもそも地下の空間からでは何も見えない。通常の使用をする道具でないことはわかる。

 男は真ん中に置かれたそれを避けながら椅子に座り、壁際の机に向かう。そしてその上にあった器具をいじり始めた。

 しばらくすると、それは音声を発した。

『おかけになった拠点には誰もいませーん。それか忙しくて手が離せませーん。用件だけ簡潔に述べて一昨日出直して下さーい』

 それはあらかじめ録音されたものだったようで、男の返答を待たず途切れる。

 彼は言われたとおり要点だけを説明した。

「ウトの神鳥が討たれた。他、悪いニュースと悪いニュースだ。以上」

 そう言って器具の通信を切る。

 その瞬間、相手側から繋ぎ直された。

『ウトの神鳥討たれたの⁉ マジで⁉』

「うるっさ」

『えっ何、どうやって? 誰が⁉』

 相手は若い男の声だった。元々高い声質がハイテンションになったことで更に甲高くなっており、音割れが激しい。

「やけに嬉しそうだな」

『だってウトの神鳥だよ⁉ 見ただけで何でも殺せちゃうんだよ⁉ すっごい気になるじゃん!』

「悪いニュースその一。やったのはお前の大好きな『再生の神』だ」

『…』

 数秒の沈黙。

『はあ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁ……』

 そして、濁りきった長い長い溜息が返ってきた。

『はあ? 何それつまんな。何で今更出しゃばってくんだよ…』

「…お前の興奮するツボがいまいちわからん」

『ボクは甚大な被害出しつつも不抜の尽力なり奇想天外な策略なりでドラマチックに攻略してほしいんだよ! せっかく良い感じの生息環境作れてたのにさあ!』

 通信越しの声は美学を語ったことでさらに熱を帯び、勢いのままに不満をまくし立てる。

『あーあー不死身ならそりゃあ心臓止まっても関係無いよねえ! え、ていうかあいつがやったってことは被害者ゼロじゃん。ふざけんなよご都合主義の化身があ!』

 不機嫌を隠そうともせず男に当たり散らす声。一方で彼もそんな相手の反応はお構いなしに報告を続けた。

「続いて第二の悪いニュースだ」

『あーもうあったまきた。今まで何もしてこなかったから見逃してたけど、こうなったら呑気に現世に降りてきてる間に捕まえ直そう。すぐにロクシオンに部隊を送って…』

「今ロクシオンにはニンジャがいる」

 再びの沈黙。今度は一分ほど長引いた。

「話が無いならもう切って良いか?」

『…あーもうはい。いいよ切って。ボクは寝る。キミも精々ニンジャに殺されな…』

 男は今度こそ通信を切った。短い会話だったが、顔には既に疲れが滲んでいる。

「…俺も寝るか」

 そう言うと彼はゆっくりと席を立った。



「巣穴にあった心暁玉の搬入、全て終わりました」

「ふむ、ご苦労」

 部下の報告を受け、支部長は労いの言葉を返す。

「それと、心暁玉の状態についてなのですが…」

「ああ…やはり戻ったか」

「いえ、逆に全く変化が無く…」

「何?」

 手渡され確認すると、確かに心暁玉は未だ鏡のように周囲の景色を反射している。

 部下が部屋を出ると、支部長は独りごちた。

「神鳥が死して一週間。それでもなお状態を保ち続けるとは…まさしく恵みの雨だったな」

 数年前に姿を見せた謎の男。突如出現したウトの神鳥。そしてニンジャに託された謎の少女。謎は尽きないが、深く首を突っ込まず恩恵に与るのが賢い生き方だろう。実際、ロクシオン支部の経済状況は十分すぎるほどに回復した。ウトの神鳥も死に、これから徐々に魔獣の討伐依頼の数も増えるだろう。

 その時、屋内に吹くはずのない風が吹いた。

 不思議に思って振り返ると、窓がいつの間にか開いていた。そしてその手前には、黒装束の男が立っている。

「ニンジャ、様…」

 男は支部長に対し指を指した。ただそれだけで彼の意図は一切違うことなく伝わる。

「いえっそのようなことは、私は、私はただ…!」

 男が歩み寄る。

「お待ち下さい、確かに本部に知らせなかったことは私の失態です! しかし結果としてロクシオン支部の財政は好転しっ」


 腕を振る。


 散らばる。


 心暁玉が、ゴロゴロと音を立てて転がった。



「タマ…が…タマ……」

「いつまでそうしてんの? 今日私珍しくやる気あるんだから魔法教えてよ」

「今日は無理………」

 大事な物を失った下半身を剥き出しのまま倒れ込み、フユウは全く動こうとしない。

「いっそのこと剣の練習でもしてやろうかしら」

 テーブルに置いてあった光断剣アダム・光裁剣イヴを手に取る。

『お断り~』

『ちゃんと剣の達人で魔力量の多い人格者を連れてきて下さーい!』

「くっ私が剣術を使えないばっかりに…」

『えっ本気で言ってる?』

『魔法が使えないせいで魔力を持て余してるだけの脳筋~』

 オペレーター二人に拒絶され即座に剣を床に投げ捨てる。落ちた剣の横には未だ死んだ魚の目をしたフユウが横たわっている。ディアはとうとう見かねて溜息を吐いた。

「わかったわよ。しばらくして反省してたら戻してあげるから」

「……しばらくって…?」

「…五十年くらい?」

「その頃にはもう精魂尽き果てててるよ…」

「じゃあもうそんときに今ぐらいまで若返らせてあげるから! いい加減起きなさいよ」

「…そんなこともできるんだ」

「…まあ、細胞の再生だし」

 フユウがむくりと起き上がる。

「やっぱ全然平気そうじゃない」

「いや、大分堪えてるけど…まあ、可愛い弟子の頼みじゃ仕方ない」

 それを聞いたディアは、フユウにニコリと笑いかけた。

「やっと弟子って言ってくれた」

「…そういえば、まだ言ってなかったっけ」

 フユウは立ち上がると、杖と泣きついてくる双剣を持ってドアに向かった。ディアも帽子を被り、自分の杖を持って後ろに続く。

「あ、そうだ。その前に一言」

「ん?」

 フユウが不意に立ち止まる。

 振り返ると、目線の下にはガラス細工のような美しい青色の髪。相変わらずのぼろの服と、対照的な白い肌、細い肢体。整った小さな顔が、橙の瞳で怪訝そうにこちらを見あげてくる。

 …光栄なことだ。

 フユウもまた、ディアに笑いかけた。


「これから授業を始めます」

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