第13話 最低

 翌朝。地下で待つディアの元へ、鎖で固定された光断剣アダムと光裁剣イヴが運ばれてきた。

『離せ~』

『離せこのっフユウをよくも!』

 どちらもひとりでに動き、派手に鎖を鳴らしている。

「手元で確認なされますか?」

「…する」

 双剣がディアの声に気づくと、鎖の音は一層激しくなった。

『この声…お姉さん⁉』

『うお~どこ~』

『ごめん、私ら何もできなくて…』

「…あなたたちのせいじゃないわよ」

 事実、ディアもフユウも剣を扱えない。彼女の慰めの裏にある後ろめたさを感じ取ったのか、ヤムハは矢継ぎ早に言葉を発した。

『それとさっき別の部屋の近く通ったんだけど、お姉さんの方の身体は無事だったよ!』

『ロリコンの方は無事じゃな~い』

 どうやらディアのスペアボディは焼かれずに保管されているらしい。支部長が補足する。

「私としても、ジャガーノート様が完全に死んでしまわれるのは避けたいところですから。万が一に備えての予備なのでしょうし、別の部屋に移動させて安置しています」

(…なら、聖女の身体だとはバレてないってことね)

 聖骸武器の名前の由来となったように、聖女シルアの肉体は魔導技術における媒体として非常に有用な素材である。それ故「ディアの肉体は聖女のものである」という情報は『生返らせる力』と同様彼女の最重要機密となっている。

 『力』について詳細に知っていた支部長といえど、こちらの全ての事情を把握しているわけではないらしい。「ヤイバから聞いた」との言葉は本当だったようだ。

『じゃあロリコンの遺伝子は無事~』

『ワムハっ! こういうときくらい空気読ん…………あっ』


 その間、数秒。静寂がその部屋を支配した。


 一番初めに、少女が答えに辿り着いた。

「ぷ、くく…馬ッ鹿じゃないの、くひひひひっあっははははははは!」

 続いて支部長もまた事態を理解し、命令を出す。

「至急彼女のスペアを焼きなさい、早く!」

『やばいおねーさん自殺ジャストナウ!!!』

 その言葉を聞くよりも早く青透明の人形が斧を振りかぶり、ディアの首を落とす。意識が強制的に絶たれ、魂は自然ともう一つの身体へ接続されていった。

「あーおっかし。こんなことある?」



「自分の精子から産まれ直した気分はどう?」

「…肝が冷えるね。二重の意味で」

「懺悔なら後でたっぷり聞いてあげる」

 二人がそう話している間にも、部屋に覆面たちがぞろぞろと入ってくる。

「さて…これからどうしようか、ディア」

「消耗戦でしょ? 私が負けるとでも?」

「『私たち』、ね」

 そう言うと、ディアは魔力晶壁バリアを展開し頭が剣でできた大蛇を、フユウは両の手に二つずつ、炎と水の球を生成し構えた。

 私兵たちも二人に杖や剣を向ける。あわや激突といった、その時。

「そこまでです! 全員、武器を下ろして下さい」

 寸前で部屋に声が響いた。私兵を押しのけ、支部長が部屋に入ってくる。彼は二人を取り囲む兵の中から一歩前に出て告げた。

「降参です。負けを認めましょう」

「…色々言いたいことはあるけど」

 フユウは構えを解かず、火球を支部長に向けた。

「とりあえず何か服持ってきてくれない?」



 ゼクステアから徒歩三分の場所に、とある酒場がある。立地故に狩人ラプターの客が多く、実力派パーティ『凶星ステラギルド』のメンバーもここを頻繁に利用していた。

 この店もまた原因不明の魔獣被害を受け建物が一部破壊されていたが、町の建物を修理して回っていた狩人ラプターや住民らが真っ先にこの店を直したことで、比較的早く営業が再開されていた。

 そんな酒場に、足を運んだ狩人ラプターがまた一人。

「…また昼間から飲んでる」

「お~? フユウじゃねえか珍しい」

 『凶星ステラギルド』のリーダー、ガートがこっちへ来いと手招きする。彼は元々自堕落な生活を送っていたが、モンスターベアやデッドスライダーの討伐報酬が入ってからは一層輪を掛けて酒場に入り浸っていた。

「どうした~こんな時間から。あのガキはどうした?」

「危険な依頼だから着いてくるなって言われて、置いて行かれました」

「ハハハハッ遂に愛想尽かされたんじゃねぇかぁ?」

「…かもしれませんね」

 普段は適当に流す冷やかしも、今は洒落にならない。とりあえず酒だ。悩むことは酔ってからでもできる。

 注文した酒が運ばれてくると、フユウはジョッキを掴み中身を豪快に飲み干した。

「久々に見たな、お前がそれやるの」

「色々あったんですよ…すみません、もう一個同じのを!」

 フユウが再度注文し終わった、その時であった。店のドアが音を立てて開き、全身に黒い布を巻いた大柄な変質者が入店した。

「…また凄いのが入ってきたな」

「リーダー、あまり視線合わせない方がいいですよ」

「何か手ぇ振ってきやがった。『相席良い?』みたいな感じで」

「ほら言ったじゃないですか」

「いや、てゆうかまさか…」

 そうこうしている内に不審者は空いている椅子を持ってきて、二人のいるテーブルに座ってしまった。

「いや『失礼します!』じゃねえっての。他空いてるだろ」

「さっきから何一人で喋ってるんです?」

「いやちゃんと見ろフユウ、何でか知らねえがこう、ニュアンスが勝手に…」

 その瞬間、黒ずくめの男がフユウの肩を掴み、自分の方へと向き直らせた。

 

 そして慌ただしく、両腕を動かし始めた。

 〈始めまして。別の町から来た、狩人ラプターのニンジャと申します〉

 彼の腕の動きを、フユウはそう認識した。

 フユウは手話ができるわけではない。だがそれでも、そのような意味を持つ手の動きでないことくらいはわかる。

 

 意味不明でなくてはならない相手の意図を完璧に理解してしまうという理解の範疇を超えた出来事に、脳が混乱する。

「…な?」

「……良くわかりませんが、一先ず。初めまして、同じく狩人ラプターのフユウ・シュトライツです。ディア、じゃなくて…魔女ちゃんの仲間ですか?」

〈イエス! 友達です!〉

 男は親指を立てる。このやりとりで既に二人がどんな関係なのか推測できた。

「さらっと流しちまってたが、まさか本物のニンジャ…」

〈シーッ! シャラップ! お忍びで来てるから内!密!に!〉

 全く意味の無いジェスチャーを続けながら、そこに乗せた意味だけで男は会話を続ける。

「もう既に忍ぶ感じじゃないでしょ」

「こらフユウ! この方は凄え人なんだぞ⁉」

〈だから静かに!!!〉

 勿論フユウも存在は知っている。狩人ラプターという存在の先達にして始祖、ゼクステアを作った偉人の一人。今なお現役で魔獣を狩り続ける神出鬼没の超人。頂きの狩人かりゅうど『ニンジャ』。

 もっとも、小太刀で大蛇を輪切りにした、空を高速で飛んでいくのを見た、大陸を半日で横断したなどあまりに現実離れした武勇伝が広まっているので、大方特定の世代の信者が持ち上げていった結果なのだろう。丁度良い例が目の前にいる。

(いや、ディアの知り合いならあるいは…)

「てかガキ、じゃなくて…あいつの仲間なら助けに行かなくて良いの…んですか?」

 ガートが慣れない敬語でニンジャに疑問を呈す。だが彼は首を横に振るだけだった。

〈それには及びません。彼女一人で十分です〉

「随分ディアのこと、信頼されてるんですね」

〈仲間の観測の結果、あの付近には例の烏以外に魔獣がいないようでしたから〉

「あれ。おい、こっちに伝わってこないんだが。フユウ、彼何だって?」

 彼らの仕事に近いことを話すためか、ガートを影響下から外したらしい。ディアと同様、こちらも能力に応用が利くようだ。

 ニンジャも既に注文をしていたらしく、彼の下に肉の串焼きが運ばれてきた。口付近の布をよけ肉を頬張りながら、彼は語った。

〈人間だろうと魔獣だろうと、一対一なら彼女は負けませんよ〉



「地図によるとこの辺り…あっあれか」

 禁足地の奥深く。森というよりも岩場に近いような場所に、大きな洞窟があった。ディアは青い馬車を降りると、ランプを付けその中に入っていく。

 足音と雫の音が反響し、如何にも何かが出そうな雰囲気である。しかし今は洞窟の主は不在のようで、すんなりと奥まで辿り着いた。

 隙間から空が覗く天井の真下に、枯れ草のクッションがある。薄暗い洞窟の中で、まるでスポットライトが当たっているかのようだ。

 その光の帯に晒された、三つの卵。

「…ぞっとするわね」

 もしあのまま自分が地下に囚われていたとしたら、さらに被害は拡大していただろう。

 すぐ横を見ると、心暁玉が山のように積まれている。卵から孵った雛への餌だろう。

 現状、ここにいる一羽以外にウトの神鳥は確認されていないという。つがいは別の地に潜んでいるのか、それとも既に死んでいるのか。

「ごめんね、あなたたちは悪くない。生きようとしているだけだから」

 人間を害する獣を殺す。まさしくエゴというものだろう。

「でもそれはそれとして殺すね」

 そう言うと青い巨腕が現れ、握りこぶしが何度も振り下ろされる。跡形も無くなるほど丁寧に、執拗に、卵とその中身を割り潰した。

 その時、突如としてディアの胸を激痛が走る。

(心臓が急に塞き止められたことによる周辺血管の破裂っ…やっぱ結構痛い~)

 観念して、仰向けになる。こうすると天井の穴から空の青さを覗き見ているようで、少し楽しい。

 そうしている内に、ドス、ドスと足音が近づいてくる。真っ黒な羽の色に深紅の嘴。そして銀色の眼。二、三メートルほどの体高で、魔獣の中ではかなり小さい部類に入る。

(いいよ…食べな)

「ァアアアッ」

 そう思って目を閉じたディアの顔を、烏は勢いよく踏み割った。何度も踏みつけ、肢体を引き千切り、鳴くこと数回。そうしてようやく胸に嘴を突き刺し、取り出した心暁玉を丸呑みした。

『…話して良いの? こういう奥の手って、誰にも秘密にしておくものじゃない?』

 かつてフユウがディアに言った言葉。しかし、あれは奥の手でも何でもない。

(奥の手ってのはを言うのよ)

 突然、ウトの神鳥が苦しみ始めた。口から鮮血が滝のように流れ出る。

「アァッガッ、グゲェッ」

 魂は肉体のあらゆる部分に宿りうる。そしてディアは血の一滴からでも肉体を再生し、そこから蘇ることができる。

 例えば烏の嘴の内側に付着した血液から。彼女は、そして変幻自在の青い凶器は体内のより奥深くまで侵入する。

 パキ、メキと音を立て、神鳥の胴体が膨張する。まるで風船のように丸く膨らむと、最後には身体の中から何本もの棘槍が突き出した。

 ウトの神鳥が倒れる。そして、二つの血が混ざり合い川のように流れ出る嘴の中から、赤色に塗れたディアが這い出てきた。

「とと、そうだった。死ぬ前に最終確認…」

 彼女はそう言うと、倒れる烏の目の前に立った。瞬間、再び心臓に激痛が走る。

「ぅぐっ…やっぱりこの目が原因か」

 それを確かめると、ディアは青透明の大腕で神鳥の頭を砕いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る