第12話 最悪

 時間はディアが町へ入った時に遡る。

「何が起きてるの…⁉」

 ディアは咄嗟に倒れている門番へ駆け寄ろうとし、踏み留まった。頭をよぎった最悪の事態。その場合、ここで一人を蘇生させることは『力』の露呈に繋がりかねない。

 そしてその予感は的中してしまった。

 目に入る建物が全て穴を空けられ破壊されている。何てことのない民家や雑貨屋、かつて宴を挙げた酒場、普段行くカフェ、そしてゼクステア。そのどれもが、まるで怪物が首を突っ込んで回ったかのような惨状。

 そしてそれら建物の内外を問わずして、町の人間全てが胸の中身を抉り取られ苦悶の表情を浮かべながら息絶えていた。

(まずい…早く、死体が腐る前に全部一カ所に集めないと)

 心臓の鼓動が早くなる。早く動けと急かされる。けれど身体が強張って動かない。

「……大丈夫、落ち着け、そのための私でしょ…!」

 問題無い。まだ想定内だ。自分さえ無事ならどうとでもなる。寧ろ今警戒すべきことは。

 孤立しているこの状況での強襲。

「ここにいらっしゃいましたか」

 咄嗟に魔力晶壁バリアを展開し、斧状の触手の形にして構える。

「…生きてたのね、ゼクステアのおっさん」

「ええ、おかげさまで」

 声の主はゼクステアの支部長であった。どこかに隠れて難を免れたか。しかしこの状況においてはディアにとって不都合な存在だった。

(どうする…生存者がいると下手に人を蘇生できない)

 いっそのこと一度殺すか。どうにかバレない方法に考えを巡らせるディアのことなど知らぬ顔で、支部長は続けた。

「この時のために心臓を人工に改造したようなものですから、死んでしまってはたまりません」

「…は?」 

 彼は全く慌てる様子もない。それどころか、まるでこうなることを予期していたような口ぶりをする。ディアは理解が追いつかない。

「さあ、これから大変ですよ。何せこの町の人間全員を生返らせなければなりませんからね」

 さらには事もなげに知るはずのないことを口から発する。

「何で、私の『力』のことを……」

「直接伺ったからですよ。貴女をこのロクシオンに遣わされたヤイバ様から、決して口外しないようにとの念押しの上…全てを元通りにリセットする最終手段として」

(あのタコ野郎、私一人をここに向かわせときながら全く信用してなかったってことか)

 だが事実、『力』が露呈するリスクを取って逃げ帰ることも選択肢としてはあった。最悪、フユウを連れて町を出ていたかもしれない。

 そんな胸の内を見透かすかのように支部長は言った。

「ご安心ください。遺体の搬入や情報の隠蔽は私の方で致します。ジャガーノート様は順次運び込まれる町の皆様を蘇生していただければそれで構いません」

「……わかった。でも何が起こったのか、ちゃんと説明して貰うから」

「ええ、勿論です。では、ゼクステアの地下が無事に残っておりますので、ご案内いたします」



 元地下牢だと言われた部屋に通されると、すぐさま遺体の搬入が始まった。覆面を着けた支部長の私兵らしき者たちが、けして広くない通路を忙しなく行き交い遺体を運んでくる。結局その場では説明を聞く暇すら無く、作業が終わったのは搬入が始まってから一日以上経過した後のことだった。

「飲み水をお持ちしました」

「要らない。それより差し入れとか無いの?」

 地べたに仰向けになり、目を閉じながらディアは言った。明かりは松明のみという薄暗い閉所空間で死体を見続けて、すっかり気が滅入ってしまっていた。

「失礼しました、ご気分が優れないものかと。すぐにお持ちします」

「いややっぱいい。……私の『力』についてどこまで知ってるの」

 ディアが身体を起こし座り直す。対して支部長はその場に立ったまま話し続けた。

「生物に由来する物体を有機物・無機物の区別無く何でも、そして認識できればどれほど小さなサイズからでもその全体を復元することができると。…これは私の推測ですが、蘇らせた際の身体の状態もある程度選ぶことができるのでしょう?」

「……」

 ディアは沈黙で返す。

「無論、このことは私以外誰も知りませんし、他の者に話すつもりもございません」

「私のことはもういい。最後に町で何があったのか教えて」

「ええ…さして語るようなことが起きたわけでもないのですがね」

 そう前置きすると、支部長は簡潔に述べた。

「ただ一羽、巨大な烏の魔獣が町に降り立って人を襲った。それだけですよ」

「そんなわけないでしょ。なら何で狩人ラプターたちまで無抵抗で殺されてんのよ」

 町を少し見ただけでも、あちこちに大量に転がる死体には苦しんだ様子こそあれ、逃げようとしたり戦った形跡が無かった。まるであの時死体を晒していたデッドスライダーのように。

 少しの間の後、支部長は口を開いた。

「原理が不明な上、人伝で聞いた話になります。……到底信じがたいこととは思いますが、御了承下さい」

 そう前置きし、しばしの沈黙の末に彼は話し始めた。

「かの魔獣、『ウトの神鳥』と私が呼んでいるそれは……視界に入った生物の心臓の時間を停止させるのです」



 私がこの地の支部長に着任して一年後のことでした。ある男が、当時まだ見つかっていなかった心暁玉を持って私の下へ訪れたのです。彼は私に心暁玉を渡すと、地図を指し示しこう告げました。「この場所で取れる。だが夜に行ってはならない。そしてくれぐれも住処に近づきすぎてはならない」と。ウトの神鳥は夜の間に住処を中心に徘徊し、死体を漁って心暁玉を食べるからです。彼の言う通り朝に向かうと、かの鳥が食べきれなかったおこぼれに預かることができました。

 当時ゼクステアは深刻な財政難に陥っていました。私にはもう、この鏡のように輝く心臓が恵みの雨のようにしか思えませんでした。人工心臓であればウトの神鳥の影響を受けないとわかってからは、いざという時に備え自分と私兵の心臓を人工の物に置き換え、彼らを使って心暁玉を独占しました。少しずつ捜索範囲を広げながら、商人を焚き付け、流通量を制限して貴重価値を高め……結果として心暁玉の売買は莫大な利益をもたらしました。信じられるでしょうか。 狩人ラプターが命を懸けて魔獣を狩るよりも、悪趣味なオブジェを売り捌いた方が金になるんですよ。

 …ええ、わかっていますとも。恐らくロクシオンのゼクステアに回される討伐依頼の数が減少しているのは、かの地に居座った神鳥によって魔獣が大量に殺され数が減っていることが原因です。強大な魔獣ほど身体も大きく見つけやすいものですから、それらが優先的に死に、実入りの良い依頼は無くなってしまう。しかし理由は神鳥だけではありません。私がここに異動する前から依頼の数は減少傾向にありました。それが一時的なものだったかどうかは、誰にも証明できません。

 私にはロクシオン支部を守る責務がある。例えそれで路頭に迷う狩人ラプターが出てしまっても、多少の犠牲には目を瞑らなければなりません。いつ心暁玉が売れなくなるかわかりません。いつウトの神鳥が姿を消すかわかりません。あるいは災害となって各地を飛び回り、この町で起こったことが周知されるかもしれませんね。ですがまだ安心できるほど資金は貯まっていません。稼げるところまで行くしかないんです。…私はもう、止まれないんですよ。



「あなたの事情なんてどうでもいいのよ」

「…そうでしょうね。貴女はきっと、ウトの神鳥を討伐するためにこの地へいらしたのですから」

 支部長は視線を逸らす。だが再び目の前の少女に向き直った。

「ですが、私も引くわけには参りません」

「そう。…抵抗しない方が身のためだけど」

「失礼します」

 一触即発の空気の中、部屋に覆面の兵が入ってきた。

「…そうですか」

 耳打ちを受けると彼は再びディアへと目を向けた。

「どうやら、間に合ったみたいですね」

「…何のこと」

「時間稼ぎが、ですよ。…お二人のスペアボディの確保、及びフユウ・シュトライツ様の殺害を確認しました」

 瞬間、支部長の全方位から青色の棘が突きつけられる。

「下手な真似はするものじゃないわよ…!」

「そのままお返しいたします。シュトライツ様の遺灰を川に流されたくはないでしょう」

「っ…クソ…!」

「…失礼。しかしこうでもしなければ貴女は止められないでしょうから」

 ディアはゆっくりと魔力晶壁バリアを引っ込める。矛を完全に収めると、目を閉じ深く息を吸った。

「…証拠は? フユウ殺したっていう証拠」

「ただ今、光断剣アダムと分離したもう一つの聖骸武器の捕獲を進めています」

「そう」

 こうしている間にもウトの神鳥が飛来し、何千何万もの死者を出すかもしれない。異変の元凶がわかった以上、何よりも優先してそれを取り除かねばならない。

「…明日までに聖骸武器をこの目で確認できなかったら、ここを強行突破してウトの神鳥の討伐に向かう」

「……その場合シュトライツ様の死も止むなし、と」

 当然である。町全体、下手をすればそれ以上の数の命とフユウを天秤に掛けたなら、前者以外に傾く道理はない。

 …なら何故今からでも向かわないのか。他の『管理者』ならそうしたはずだ。

 だがディアには決断を下せなかった。



 その日の夜。地下牢に閉じ込められたディアは再び交信に応じていた。

『報告を』

『要らないでしょ、どうせ見てんだから』

『そうですか。なら手短に』

 相手はそう言うと、すぐさま言葉を継いだ。

『何を悠長にしているのですか?』

 案の定、及び腰になったことを詰められた。

『あの男の話が本当であれば、尚更あなたにしか解決はできません』

 その通りだ。自分以外に事態を収束させる手段は持ち得ない。

『今すぐにでも地下の部屋から脱出し禁足地へ向かいなさい』

 わかっている。そうすべきだ。

『「管理者」としての自覚を持って下さい。他の者ならば、このようなことで迷ったりはしません』

 …「他の者ならば」? 違う。例外が一人いる。

『あのクソボケタコ野郎なら』

 その事に思い至って、ディアはようやく己の中にあったもやを形にすることができた。

 ヤイバなら、仲間を見捨てることはしない。彼は強いから。そして仮にも正義の味方を名乗っているから。

『ヤイバさんは「管理者」ではありません。ただ善意で我々に手を貸してくれているに過ぎませんから』

『そうね。自分がやりたいことだからって言って、あちこち出向いて、頼まれてもないのに魔獣を狩って』

 そこまで言って、ディアは自嘲した。

『…馬鹿馬鹿しい』

 何を悩んでいたのか。否、何も違えてはいない。「他の誰かなら」ではない。道理など知ったことではない。

 『ディアルメット・ジャガーノート』はやりたいように動いて良いのだ。何故なら誰よりも強いから。

『己の義務すら疎かにしているあなたが語って良い言葉では…』

 世界最強の魔女だから。

『うるっさいばああああああああか二度と話しかけんな!!!!!』

 ディアは交信を絶って眠りに就いた。

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