第7話 では、もう一度
フユウとディアが再びゼクステアを訪れる、その前日。聖骸武器を起動してみせた日の夕方のこと。
「私に魔法を、教えてほしい」
フユウが夕食の準備をしていると、ディアが意を決した様子で告げた。
「今までこの体は魔法が使えないのかと思ってた…正直、諦めてた」
「…そっか」
鍋をかき混ぜながら、フユウは話に耳を傾ける。
「『生返らせる力』は目立ちすぎるから、せめて何かしら使える魔法がないか色々試したりして…でも結局私は、魔力を固めて動かすことしかできなかった」
「
「いや、それは元からだけど」
「元からなんだ」
少女は言葉を選びながら、少しずつその胸の内を打ち明けた。
「いつからか、『魔女』って言葉が…勇者とか英雄みたいな、伝説に出てくるような人を指す意味から変わって。良い学校を出て、凄いことをして、皆から認められた資格みたいに言われ始めて。……それまでは馬鹿にされたりしても、強ければ皆認めてくれてたのに、『お前は魔女じゃない』『このほら吹きめ』って…どこに行っても罵られて」
(『いつからか』、ね。私が生まれるよりも前…五十年以上は前かな)
『魔女』という言葉が今の意味で使われ始めたのは、少なくとも現人類が獣人を駆逐し、ほぼ全人類が魔力を持つようになって更に何十年も経った後のことである。
「私は魔女になれないことが嫌だった。魔女にならなきゃいけなかった。…そのうち、生返らせる力を建前に気に食わない人間を殺すようになった。私に会ったことすら覚えてない状態で生返らせてから逃げたりして。それすらも嫌になって、野宿して…また飽きてどこかの町に顔を出しての繰り返し」
そこまで聞いたフユウが、鍋の火を止めディアに向き直る。
「あれ、でも魔じ…ディアルメットちゃんがここに来たのって、誰かに言われたからじゃなかったっけ」
飲み比べでの大勝の後、彼女はロクシオン近辺で異変が起きているのだと告げた。しかしそれは「私が聞いたのは」という枕詞が付いた、いかにも人伝であるような言い方であった。
「うん、知り合いにちょっとね……普段正義の味方ごっこしてるくせに、『言うこと聞かないと付き纏って嫌がらせするぞ』って脅されて」
「おお、それは、何というか…凄いね」
話を聞く限り、当時の少女は相当荒れていたはずである。その相手というのが親しい人間でないのなら、命知らずなのか、はたまた相当の実力者なのか。
「話が少し逸れちゃったけど、まあともかく…私はお察しの通り獣人よ。魔力はあるけどそれだけ。だから魔法を教わるには、フユウがさっき言ってた器具がいちいち必要になると思う」
「使えないのは四属性全部?」
「多分全部。あんまり人体には詳しくないんだけど…この身体は、魔力の変換が一切できないって聞いたから」
「なるほど。じゃあちょうど良いね」
「…ちょうど良い?」
フユウの意図が汲めず、少女は首を傾げる。
「うん。元々魔女ち…ジャガちゃんの名前も早く登録しとかないとでしょ?」
「ディアルメットで良いでしょそこは」
「え? うん」
「いやそうじゃなくて…まあいいや、何がちょうど良いの?」
「それはもちろん、素材調達だよ」
「…もしかして、一から作るの? さっきの話じゃ既製品も出回ってるんじゃないの?」
「もちろんそうだけど、一つ買うのにもそれなりに値が張るんだ。それが全種類となると…まあ、モンスターベアの討伐報酬が残ってるから買えなくはないんだけど」
「…でも、素人の工作よりちゃんとしたの買った方が良くない?」
「流石に作って貰うのは本職の人間に頼むけどね。でもメットちゃん、一つ大事なことを忘れてない?」
「しれっと呼び名を試行錯誤するのやめて。ディアルメットで良いでしょ」
少女の言葉を無視してフユウは続ける。
「私たちは
フユウが鍋を持って、テーブルの上に置く。
「とりあえず初めてじゃ火属性は危ないから、後回しにするとして。他の属性で揃いそうなのから依頼を受けて、変換装置が作れ次第各属性の実技に移ろう。それまでは依頼で魔術の使い方を見学しつつ、家で座学だね。…はい、これディアちゃんの分」
「わかった。…ん、ありがと」
「それから後は…やっぱベッドだなぁ」
食べた後のことに気が向いてしまい、フユウは苦い顔をする。
この家は元々誰かと同居するための構造をしていない。特段大きくもなく、ベッドも当然一人用だ。辛うじてソファで寝られないこともないので、一先ずは自分がそこで寝るしかないだろう。
「ちょっと見たけど、詰めれば一緒に寝られそうじゃない?」
「…アルメちゃん、女の子が会ったばかりの男にそんなホイホイ身体を預けちゃいけないよ」
「待って何で悪化させた?」
「…まさか何も依頼が無いなんて」
「魔獣の討伐依頼は相変わらず少ないし、皆生きてくのに必死だからね。私たちは熊の依頼を成功させた蓄えがあるだけまだマシだよ」
「普通に世知辛いわね…」
ゼクステアを去りながら二人は言葉を交わす。
「他にやること無いし、こうなったら熊を倒した辺りでフィールドワークでもしようかしら。もう何も見つからないと思うけど」
「いや、無いわけじゃないよ。『尋問』がまだ残ってる」
「辞めてよ考えないようにしてたんだから。誰が好き好んで朝っぱらから変態糞爺を虐めなきゃなんないのよ」
「ディアはそもそもそれが本来の仕事じゃなかった…? 後は、魔法についての座学かな」
「座学、ねぇ」
別の選択肢を聞いてなお、ディアの顔は晴れない。
「私、机に向かって小難しいことに集中!って感じ嫌いなのよね」
「はは、躓くような難しいことはまだ教えないよ。ひとまず魔法というか、魔力に関する一般通念の確認を…」
「ううっ…」
ディアが顔をしかめたまま、うめき声を発する。少しわざとらしいが嫌いなのは本当のようだ。
「まあ何というか、『案ずるより産むが易し』。とりあえず一旦家に帰ってから考えよう」
「産む方は堪ったもんじゃないっての…」
まずは…「魔力」って何かな?
…いやまあ、神話ではそうだね。後から神様という超常存在がくれたものだ。後で野生動物にもあげちゃったけどね。
聞き方を変えようか。「魔力って何のためにあるの」?
…確かにディアには実感無い話かもだけど、まあ普通の、魔力を持った一般人目線で考えてみて。
正解は「人間の生命維持を補佐する役割」。もう少し詳しく説明するね。
人間は魔力を現実における別のものに変換してるんだ。例えば熱。属性で言うと「火」だね。体を温かくできるから、寒さで体調を崩す事はまず無いし、魔力消費に目をつむれば裸で雪遊びだってできる。
次に水分。…そう、属性の名前にもなってるお水だね。言わずもがな水分調節。私たちって基本水を飲んだりとかしないけど、綺麗な飲料水を用意しなくても良くなったのって実は人類の歴史において凄い革命的なことなんだって前の同僚が言ってたな…っと、ごめん。話が逸れたね。
最後に運動エネルギー…ああっ顔しかめないで。そうだな、普通に「筋力」でいいか。実際のところ、筋肉の収縮に使ってるわけだしね。これは属性で言うと「風」。…筋肉とのつながりがよく見えない? うーん、まあ簡単に言うと、空気や筋肉に『あっちに動け!』って命令してる感じかな。ほら、見た目に依らず凄い力持ちの人とかいるじゃん? あれは「風」の適性が高いから、自ずと筋力も増してるんだよね。まあ力持ちじゃないとしても、一般的に人間の素の筋力と比べて二、三倍になってるらしいよ。
…四属性とか言ってたのに三つなのかって? はは、よく覚えてたね。ディアは自分で思ってるより頭悪くないかもよ? …ああ分かった分かった、じゃあ最後の「土」について…
その時、ドンドンドン、とドアを叩く音が響く。
「ちょっと中断しようか」
そう言うとフユウは玄関口に向かっていく。ドアを開けると、一人の男が息を切らして立っていた。
「はいはい~…って、あれ。ゼクステアの」
「突然すみません、緊急の用件でして。ディアルメット・ジャガーノート様はいらっしゃいますか」
息を整えながら制服の袖で汗を拭う男。その間に、自分の名前を聞いたディアも奥から現れる。
「えっ私?」
「また熊でも出ましたか?」
「はい、できればフユウ様も至急ゼクステアにお越しいただけると…!」
「えー、他の奴いないの?」
「今回はかのモンスターベア以上の驚異と推定されます。我々が持ちうる全ての戦力でもって討伐に臨む必要があるというのが支部長の判断でして」
「…てことは、あの熊よりやばいの?」
「はい。詳しくはゼクステアの広場で説明がなされるので、そこで…」
「待った」
なし崩し的に二人を連れていこうとする職員を、フユウが遮った。
「何か私たちが受ける流れになってるけど、まだ一言も『受注する』なんて言ってない。依頼の内容もろくに知らないまま安請け合いするつもりはないよ」
「す、すみません、取り乱し…」
「『何の魔獣』が『何体』出現したの?」
時間が惜しいならばと言わんばかりに、フユウが要点を話すよう詰め寄る。
一拍置いて、男が口を開いた。
「…出現したのは、一体のみです」
二人の沈黙が、先を話せと男を急かす。
「出現した魔獣は…」
「『デッドスライダー』です」
「って何?」
「うーん…どこかで聞いたような、そうじゃないような」
ゼクステア・ロクシオン支部、その広間。
フユウとディアも一先ず討伐対象の魔獣の詳細を確認するべく、ゼクステアに来ていた。
他にも『
そこへ初老の男性が現れ、広間の前の台の上に立った。
『えー皆様、この度は急な召集にも関わらず、お集まり頂きありがとうございます』
男が台に置かれた道具に声を当てる。すると、両脇に置かれたひと一人程度の大きさの箱から音量が大きくなった声が発せられ、広間全体に響き渡る。
「うわっ何今の」
文明の利器に驚くディアに、フユウが説明を加える。
「拡声器だね、演説とかに使われる魔導具だよ。ちなみにあの人はここの
二人が会話する間にも、支部長の話は進んでゆく。
『単刀直入に申し上げますと、皆様にはデッドスライダーの討伐に当たって頂きたいと考えております』
支部長の言葉に続き、二人の職員が台に登り、一枚の絵が立て掛けられる。
その絵を後ろ手に、支部長は説明を続ける。
『デッドスライダーは体長三十メートルほど、直立時の体高は十五メートルと目される大型魔獣です。近年討伐が確認された『南部の悪魔』こと、通称『マッドスローター』と同種の魔獣と推定されます』
『マッドスローター』の名前が聞こえた瞬間、広間全体でざわめきが起こった。
「マッドスローターだと?」
「何でんなモンが森林に来るんだよ⁉」
「モンスターベアといい今回といい、何かおかしくないか⁉」
『お静かに! お静かに願います!』
支部長が呼びかけるも、なかなか声は収まらない。
「『デッドスライダー』…そうか、思い出した。種族名が大暴れした個体の名前に因んで名付けられた、っていう…」
「随分と有名なのね…あのワニ」
少しの時間を置いて、
『件の魔獣は巨大な体躯と高い身体能力もさることながら、特筆すべきは下顎底部にある魔導器官並びに噴射孔です。舗装された石畳さえも砂粒レベルにまで分解する強力な土属性系器官と高圧発射される体液により、デッドスライダーの通った跡は例外無く泥沼のような土地に変化します。加えてデッドスライダー自身もまた泥で巨体を滑らせ俊敏に動き…』
嫌なことに気がついたというようにディアは横からフユウをつつく。
「…これって強制参加?」
「まあ今回も道路付近の川に居座ってるから物流途絶えるし、最悪魔獣がこっちに来たら…町が直接滅ぶね」
「狩らないわよ、私」
先んじてディアは面倒事を拒絶した。
「あのワニ戦いづらいのよ。固いし力強いし性格悪いし足場悪いし二度と会いたくない」
「戦った事あるんだね」
「狩らないわよ」
「でもまあ、これはチャンスだよ」
「…チャンス?」
倒せるならね、と断りを入れつつフユウは言葉の意図を説明する。
「デッドスライダーは水と土の二つの属性器官を持つ魔獣。つまり、上手く立ち回って報酬に魔力器官を要求すれば…」
「労力に見合ってない。やらない」
「ところで、この場に居る中で一番強いのは誰だろう?」
「それはもちろんこの『破壊の魔女』ディアルメット・ジャガーノートさ、ま…」
そこまで言ってようやく、少女は他の人々が静まりかえっていることに気がついた。
その隣でフユウがさらに仰々しく声を張る。
「なるほど、つまりモンスターベアを討伐せしめたディアルメット・ジャガーノートは、デッドスライダーとも戦闘経験があり、この場の誰よりも勝算があると自負していると!」
フユウの声に煽られて、
「おおおっ」
「そうだ、俺たちには熊殺しがいるんだ!」
「はあっ⁉ ちょっと…!」
嫌がる本人をよそに盛り上がる男たち。もはやディアの一切一切届いていなかった。
「フユウ、あなたねっ…!」
「はははっ、ごめんねディア」
笑って、フユウはディアの顔を見つめ返す。
「…もう一度、この町を守ってほしい」
その目の光は、至って真剣なものだった。
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