第6話 リピート・アフター・ミー
「ただいま~…」
「やっと着いたね。お疲れ様、魔女ちゃん」
二人が家に着くと、既に日が暮れかけていた。
フユウは持っていた袋を置き、玄関に座り込む。
「後はバレて追求されなきゃいいけど…」
「しっかしよく考えるわよね。自分の肉体を作って焼くなんて」
「また魔女ちゃんに『力』を使わせることになっちゃったけどね」
「良いわよ別に、このくらい」
そう言うと少女もフユウの真横に座り、そのまま仰向けに倒れ込んだ。青透明の煌びやかな髪がふわっと横に広がる。
「まあでも、大分魔力使っちゃったし…あ~疲れた」
(できるかどうかは半信半疑だったけどね)
少女を尻目にフユウは思考する。
少女の能力は二つだ。一つは
もう一つは『人を生返らせる力』。明らかに人知を超えた力であり、これも魔力反応が無かったことから魔法とは異質の何かと見て良い。隠蔽工作として肉体のみを生成できたことから、ある程度応用も利くのだろう。
これだけの力であるから代償は当然存在するのだろうが、それも払おうと思えば払えるものだと推測される。屋敷での『生返らせればいい』という発言や、毒入りクッキーを再度食べ始めたことから、彼女はこの力を日常的に使っている事が分かる。何らかの形で代償となる何かを貯め込んでいるのか、あるいは都度それを供給しているのか。
(周りの寿命吸ってるとかだったら嫌だな)
「…何よこっち見て」
「魔女ちゃんって何歳?」
「言わない。少なくともあなたよりは生きてるわよ」
「そっか」
とはいえそれらは全て推測の域を出ない。彼女自身多くのことを語らず、触れてほしそうにもしない。
(そう、全部推測だ)
それでも、色々考えてしまう。強大な二つの力を持ちながら、それらは魔力変換を伴わないものであること。獣人を仕えさせる時代錯誤の屋敷で不機嫌だったこと。
「余計なことなら考えない方が良いわよ」
『獣人』と聞いた瞬間のあの反応は、単に遅れて納得しただけだろうか。
「覚えてるわよね、あなたを助手にするに当たって課した条件。『私を詮索しないこと』」
こうして苛立ちを見せるのは、ただの子供の癇癪だろうか。
「しないよ、そんなこと」
詮索はしない。ただ不用意に散りばめられたヒントを仮説でつぎはぎしているだけだ。
だからこれから告げることも、ただの提案にすぎない。
「魔女ちゃん、ノットマン魔法学院って知ってる?」
「あー、何か宴会で聞いたわね」
「私って、
「へえ…何急に。自慢?」
「そうだよ。私が教えた生徒の中から魔女が出たこともある」
「っ…」
それを聞いて、声には出さないものの少女の表情が固まる。
「魔女ちゃんが実際どのくらい生きてるのかは知らないし、言われた通り知ろうともしない」
「……賢明ね」
「でも、魔法学も時代を経る毎にどんどん進歩してる。今は苦手な属性があっても代わりに魔力を変換してくれるような『魔導具』が開発されてるし、それ以外でも私に聞いてくれれば少し前の最先端知識なら教えてあげられるよ」
「…それ、最先端とは言わないんじゃないの?」
お茶を濁すような、中身の無い返事にフユウは微笑みを返す。
「魔術師と一切魔術が使えない人間。戦闘能力において、そこには決して越えられない壁がある。さっきの屋敷でも見たでしょ?」
フユウの言葉に、少女は沈黙で返す。仮に彼女が獣人だとしても、魔力自体は扱えているので魔力反応を感じ取ることはできるはずだ。
身体的予備動作を一切無しに、人間の頭部を吹き飛ばす威力の攻撃を瞬時に、かつ複数同時に展開してみせた彼の早業。それを間近で知覚した彼女は、その言葉の意味を肌で感じ取っていた。
「仮に四属性の初級の術式しか使えないとしたって、『火』が使えれば人を殺せる。『水』が使えれば相手の『火』から身を守れる。『風』ならそれこそ新しい腕が生えるようなものだし、『土』があれば最低限物質の種類が判別できる」
「腕なら私でも生やせるけど…」
少女が魔力晶壁でできた腕を瞬時に生やしてみせる。
「まあそれに関しては魔女ちゃんの方が凄いけど。風魔法の場合は直接触らずに物を浮かせられるから、日常生活でも邪魔にならないし結構便利なんだよね」
「むう」
が、むくれてそのまま消滅させる。
「…でも私、このままでも十分強いし」
「逆だよ。魔法を使わずにこんなでたらめな強さを秘めた子が、遂に基本的な魔法すら修めたらどうなるか」
まるで我が事のように嬉しげに語ってしまうのは、元教師の性か。
「いよいよもって誰も君に刃向かえなくなる。正真正銘、今世最強の『魔女』ちゃんだ」
「最強、の…」
「私はそんな子がいるなら是非育てたい。…もしそんな子がいればね」
一先ず言いたいことは言った。後は彼女次第だ。
「さて、じゃあ爺さんの拷…尋問~…の前に、聖骸武器の確認でもするかな」
そう言うとフユウは立ち上がり、袋を持って部屋に入っていく。少し遅れて少女も後を追う。
「セイガイブキ…初めて聞いた。それがゼクステアでの用事ってやつ?」
「そう。あの熊を倒す依頼を受けた時に、うちのリーダーが失敗前提なんだからって言って報酬を吊り上げたんだよね。まあ魔女ちゃんっていうイレギュラーが来て無事討伐完遂しちゃったんだけど」
「てことは、凄い武器ってこと?」
フユウは袋の中から木箱を出しながら、少女の質問に答える。
「そりゃあもちろん! 文字通り、聖女シルアの遺体から作られたって曰くが付いてる超技術の結晶だからね」
「『聖女』…」
「もしそれが本当だったら、人の体を魔力媒体にした禁忌の代物だけど…まあ眉唾だろうね。そもそも聖女が実在したかどうかだって定かじゃないし。百年以上前に作られたはずなのに、今でも未解明な魔導技術が使われてたり、凄まじい魔力出力だったり、そもそも武器に認められないと使うことができないとか言われてたり…」
「あー分かった分かった……そんな凄そうなものを、あのおっさんよく譲ってくれたわね」
「まあ、正確には使えるかどうかの確認を先にさせてくれるって感じだね。二人だけだし、ほとんどあの熊は魔女ちゃんが倒したようなものだから。もし私たちの中に適合者がいたら譲ってくれるってことだよ。まあ滅多に適合者なんて見つからないらしいけどね」
「…そう」
「ま、見てみないと分からないしね! そんなわけで…いざ尋常に」
珍しくテンションの高いフユウが箱の包装を解く。その横で、少女も少し身を乗り出す。
「ご開帳!」
フユウが箱の蓋を持ち上げた。
ねえ、やっぱりおかしいって! 明らかに異常をきたしてる!
「…あー…かも、ねー…はは…」
しっかりしてよ、ねえ! …クソっアイツ、やっぱり何かしたんだ! 私の力で治せないなんて…!
「…ねえ……名前、考えてきたんだ……」
そんなの今はどうだって良いでしょ⁉ これ以上あんなことされ続けたら、本当に……!
「……ねえ……覚えてる…? 初めて、あなたと……話した頃の…こと……」
それが、何…?
「最初は、さ…自分を励ますつもりで……お話を、考えてた…けど、いつのまにか…あなたが…話し相手に、なってくれて……」
…あまりに幼稚な話だったから、聞くに堪えなくて口を挟んだってだけ。今だって別に面白いとは思わない。
「でも、こうして…話して、くれる」
………。
「だからね…? …私からの…お礼って、ことで」
…それが名前? 妄想のキャラクターの名前なんて、どうだっていいわよ。
「ううん…これは……あなたの、名前」
…私?
「うん……今の私、には…ふたつも、思いつかないから…せめて、すっごく…かっこいい、なまえを…」
フユウが慎重に中身を観察し始める。
一見すると両手剣のようだが、刀身部分に二枚の刃が並んで付いており普通の剣には見えない。どころか、よく見るとその二枚刃は刃ですらなかった。
正直剣と呼ぶかも疑う様な物体だが、一先ず手に取って確認することにした。
「聞いた話だと、確か銘は…『光断剣アダム』だったかな」
フユウが剣を両手で握り、天井に掲げる。
「『光断剣アダム』!」
試しに名前を叫んでみるが何も起こらない。
「…まあ、流石に駄目か」
「貸して」
少女が次いで手に取ろうとしたその時。
「あっ」
「えっ」
キンッという音と共に剣が真ん中で半分に割れ、片割れが床に落ちた。
「…魔女ちゃん」
「…」
「ねえ魔女ちゃん」
「…」
「無機物って治せたりする?」
「…」
「いや、というか聖女の体でできてるならワンチャン普通に治せたりも…」
「よく見なさい」
取り乱すフユウを、少女がたしなめる。
「鍔もろとも外れて刀身が真ん中からいってる…はは、だめだこりゃ」
「本当に?」
もはや空笑いするしかないフユウをよそに、少女が落ちた刀身に手を伸ばす。
刀身ごと外れた鍔。床に落ちたそれに少女が触れた瞬間、再びキンッという音が鳴る。
すると鍔だったものが柄に変形し、一つの片手剣に変わった。
「これは…!」
「…武器に認められないと、か」
フユウが手に持っているもう片方を良く見ると、こちらも刀身が折れたと言うより元から片手剣としてこの形であったというようにも見えた。
少女は落ちた剣を拾い、両手に双剣を構えて呼びかけた。
「…起動してみてくれる?」
「え?」
「ふふっ…あなたじゃないわよ、バーカ」
少女が笑う。その笑顔に呼応するかのように、それぞれの剣の二枚刃の間から。否、二枚刃だと認識していた溝の中から、一つの光の刃が出現した。
「嘘…⁉」
「魔力の切っ先はさながら具現化した光の剣。故に『光断剣アダム』…そして『光裁剣イヴ』か」
「『光裁剣イヴ』?」
「左手で持ってる方の名前よ。この子たちが教えてくれて…あ、もう良いわよ。ありがと」
少女の声で再び双剣が反応し、刃が消える。
「…信じられない」
自在に剣を起動してみせた少女に、フユウは呆けることしかできない。
「やったじゃない、フユウ」
そんな彼に、少女は嬉しそうに笑いかける。
「これ、私たちのものよ?」
「魔女ちゃん、君は一体…」
「あー、その呼び方もう辞めて」
やっとの事で言葉を紡いだフユウを、しかし彼女は制止する。
「私、良い感じの名前思い出した。だから、その呼び方は封印」
「…じゃあ、何て呼べば良い?」
その問いを待ってましたと言わんばかりに、少女が目を細めて答えた。
「私の名は…」
「ディアルメット・ジャガーノート様ですね、かしこまりました」
「ええ、よろしく」
翌朝。受付で名前を登録し、少女はフユウと共にゼクステアを後にした。
「本当にあの名前にしたの?」
「何、不満?」
「長くない?」
「長くない! それにかっこいいし…あとイカしてるでしょ」
「…そうだね」
フユウは少し思案した後、口を開いた。
「メットちゃん」
「やめて」
「アメジャガちゃん」
「馬鹿にしてるでしょあなた」
「じゃあ、『ディア』ちゃん」
「…もうそれでいいわよ」
会話を交わしながら、二人は町を歩いていく。
「それにちゃん付けもいい加減やめて。もう私たちは師弟関係なんだから」
「そこは生徒と教師じゃない?」
「いいのよ、その方がぽいでしょ」
「…ふふ。確かに」
ディアの言葉に思わず笑みをこぼすフユウ。
「何よ。私という天才美少女に魔法を教えられるのがそんなに嬉しい?」
「そうだよ」
「えっ」
率直に言い返され、逆にディアが言葉に詰まってしまう。
「ここに越してくる前に戻った気分だよ。あ~、テンション上がるなぁ~!」
「…あっそ」
フユウが両手を上に挙げ、伸びをする。
才能の原石を、己が磨くことができる期待感。再び生徒を受け持つことから来る高揚。やはり自分は裏方気質なのだと実感する。教師は間違いなく天職であった。
「期待してるわよ、ししょー?」
橙の瞳が青色の髪から覗き、フユウを見上げる。
かつては怪物のようにも思えた少女。今でも恐ろしくないと言えば嘘になる。だがそれよりも、その戦慄が、可憐な少女の形をした強大無比なる力が、悪戯な因果の奔流がどうしようもなく愛おしくてたまらない。
この
「お任せあれ」
心臓を刺す恐怖にも緊張にも似た高ぶりを押さえ、フユウは平静を装った。
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