第4話 うまいうまい
「あなたの名前、考えようよ!」
前に教えたはずだけど。████って。
「あれだと変な感じするんだって、口に出して言えないし」
良いでしょ別に、あなたとしか話さないんだから。
「私が嫌なんだって~」
それより、名前と言えば。
「ん、なになに?」
ちょっと前に話してた悪い黒魔女っていたでしょ。あれって結局何て名前なの?
「え…考えてない。何で?」
…好きな登場人物の名前を聞くのってそんなに変かしら?
「あいつが好きなの⁉ どうして?」
生まれ持った強大な力を私利私欲に使う。最高の生き方じゃない。
「えー…そうかなあ」
それに、悪役が魅力的な方が主人公の活躍も映えるものよ。
「それは…そう、かも…?」
というわけで、名前考えてからストーリー練り直しね。次はもっと美学を持った敵にしておいて。
「
町に戻った翌日、フユウと少女はある建物へ呼び出された。しかしフユウが奥へ通された一方で、少女は受付で足止めされてしまっていた。
「いいでしょ別に『破壊の魔女』で」
「いえ、しかし『魔女』の名前を使うのは…」
「はあっ⁉」
狼狽える職員。あまりに目に余ったのか別の職員が追加で向かってきた。
「貴女は昨日、モンスターベア討伐の報酬をパーティ『
「そうね。てかほとんど私が倒したんだから全額貰ってもいいくらいだけど」
もう一人の職員は少女の勢いに動じず、淡々と説明を続ける。
「我々ゼクステアは、魔獣討伐を始めとした依頼に携わる狩人「ラプター」を支援する組織です。そのため原則として外部の人間に依頼の報酬を出すことはできません。しかし今回のモンスターベア討伐は、その危険度や他地域との交通が滞っている点などから極めて緊急性の高い依頼であり、加えて討伐に際し多大な貢献をされたとの証言を踏まえ、特例として貴女を狩人として…」
「わかっっってんのよそこは! 要は何⁉」
「端的に申しますと、公的に『魔女』と認められていない方がその名を
「誰よその認めるだの認めないだのいうクソみたいなこと決めた奴は! 私のどこが魔女に相応しくないってのよ!」
「まだやってるの…?」
先に用事を済ませたフユウが奥から戻ってきた。来たときには無かった大きな袋を肩から提げている。
「ちょっとあなたも何か言ってよ! もう私の助手でしょ!」
三人の視線が一斉にフユウに向く。一つは憤りを感じさせる橙の目だが、あと二つはおよそ二十分あまり続いた子供の癇癪の責任を訴えるひどくうんざりした目をしていた。
フユウは「ちょっといい?」と言って自称魔女に話しかける。
「もし私が
「ダサいわね、この上なく」
「それは何故かな」
「え…いや何でって」
「私は確かに黒髪で、しかも男だよ。どこも間違ってない」
「でもそんなの、どこにでもいるじゃない」
「そう、つまり識別性が無い。黒髪の男と聞いて真っ先に私と思い浮かべる人はまずいない。魔女の名前もそれと同じだよ」
少女の熱が、徐々に収まっていく。フユウはゆっくりと、しかし少女を逃さぬように言葉を重ねる。
「ゼクステアは各地に点在しているから、他にも『魔女』が何人か登録しているだろう。でも彼らだって己の『魔女』の名前そのものを使ってはいないはずだ。何故なら?」
「…わかりにくいから」
「そう。
フユウは最後に、職員二人に言葉を渡した。
「いや単純に資格の詐称…」
「はい! 仰る通りです!」
後輩の正論を遮りながら、肯定の返事と共に笑顔を返す先輩職員。完璧な作り笑顔だったが「早く納得してくれ」という負の念が漂っていた。
しばしの沈黙。少女は俯いて何かを考えているようだったが、やがて職員の笑顔が引きつり始めたタイミングで口を開いた。
「わかった」
「では、新しい
「けどちょっと待って」
少女は笑顔が凍り付いた職員に向かって、言い放った。
「少し時間をちょうだい。日を改めてまた来るわ」
一先ず
「そういや聞いてなかったけど、魔女ちゃんの名前って何なの?」
「え? あー……じゅ、でぇゅ、いや…シ……詮索禁止、後で考える!」
「わかった」
「てかそっちの用事は何だったの?」
「ちょっと受け取る荷物があってね。中身は帰ってからのお楽しみ」
フユウがカップを置き、壁に立て掛けた袋に手を置く。浮き出る形状からして縦長の箱のようだ。
「ふうん…ん、これおいし」
だが少女はそれにはさして興味無さげにフォークを動かし、ケーキを口に運ぶ。
「この後どこか寄るところがあるんだっけ?」
「ええ。でもその前に…」
そう言うと少女は、青透明な小袋を取り出した。巾着のように一カ所で留められ、大きさは少女の両手程。テーブルに置くとカタカタと音を鳴らした。
「情報共有。これなーんだ」
「…ちなみにこの袋って、もしや」
「もちろん私が作った
「何でもありだね、もはや…」
「じゃなくて、中身の方。見て」
「…これは、金属かな」
「熊の胃の内容物」
青い袋を手に取って眺めていたフユウが、顔をしかめて少女の前に置き直す。
「…ちゃんと洗ったし密封してあるから大丈夫よ」
そう言いつつも少女は袋をしまい、代わりに小さな箱を取り出した。
「この箱の中身はさっきの袋からサンプルとして一つ抜き出したもの。何か気にならない?」
少女が青透明の箱を開ける。
中に入っていたのは、鏡の如く景色を反射する金属質な物体だった。指先位の大きさで縦長の三角錐の形をしている。真ん中で折れ曲がっており、そこにリング状の拘束がはめられ箱から取り出せないようになっている。まるで粘土に埋め込まれた小石のように、歪な三角錐が青透明の箱の底面に埋まっていた。
「多少形や大きさに差はあれど、大体この形。これが死に際に吐いてきたゲロの中に大量に入ってたのよ」
「ああ…思いっきり腹パンしてたからねぇ」
そう言いつつフユウが箱を手に取ってまじまじと見る。
「金属…なんだろうけど、妙な形だね。人工物っぽいけど一つの型に流し込んだって訳でもないようだし。手作りか、複数の型で作ったって感じかな」
「そ。でも何よりの疑問点は…」
「『何故こんなものが大量に魔獣の胃に入っていたのか』…餌の動物にこんなものが入っていたとは考えられないけど」
「でも餌にでも入ってないと大量に胃には入らない…謎ね」
少女は再び箱をしまい、残りのケーキを食べ始める。
「寄りたい場所って、これ関連?」
「ええ、鉱石の鑑定してるところとか探して、これの出所を探るのが当面の目的」
「あ、それ一口もらえない?」
「…あ?」
ケーキは渡さないという明確な拒絶の目を向ける少女に、フユウは笑いかける。
「魔女ちゃん見てたら私も食べたくなっちゃって」
それと同時に、ペンで書くジェスチャーを送る。
「…はぁ」
溜息を吐き露骨に不機嫌を示す少女。わざとらしく音を立て怒りを表明しつつも皿を渡す。
テーブルに青透明な粘液を流し広げながら。
フユウはすぐさまフォークを粘液に突き立てる。
〈キミからみてハチジ オトコ きかれてる〉
「私から横取りして食べるケーキは美味しい?」
「ん、これ美味しい。…当たりだね」
大通りに面したカフェがあった。内装はほどよく広く、木製の床やテーブルが暖かく客を出迎える。都市から離れた町の店とはいえそれなりに大きく、昼時には席が埋まることからも人気が窺える。
そんな店で、昼に差し掛かりそろそろ人入りも増えるかという頃。
「いやほんと、頼みますって」
会計でごねる男がいた。
「財布見つけたら、すぐ戻ってくるんで。何なら『それ』で支払いでもいいんで!」
「だめです。ていうかなんですかこれ」
「ですから何度も言っているでしょう。それは私が旅先で見つけた新発見の鉱石なんですよ。今後値が釣り上がることだって考えられる、いやきっとそうに違いない!」
どうやら金の持ち合わせがないことに食事をしてから気づいたらしい。男の言動は、人の数こそ少ないながらも店内で好奇の目に晒されていた。
「とにかく、お金払えないようなら衛兵呼びますから」
「そっそんなあ、待ってくださ…」
「見苦しいぞ」
店員の一人が外に出ようとした時、しわがれた声が響く。
声がする方を見ると、席に従者を数人侍らせた老人が座っていた。
「わしが代わりに立て替える。質としてその箱も寄越せ、中身を確認する」
「はっはい!」
男が慌てて駆け寄り、青い小箱を見せる。すると側にいた従者の一人が箱を奪い取り、その老人に見せ直した。
「うむ…確認した」
「あっありがとうございます! では、私はこれで…」
「だが、足りんな」
立ち去ろうとした男を、がたいの良い従者が襟首を掴み引き留める。
「まだ持っているだろう。この鉱石とやらをあるだけ寄越せ」
「そんな、それ一つで立て替えてくれるんじゃ」
「そんなことは一言も言っていない。それとも、無銭飲食の現行犯で突き出されたいか?」
老人が男に脅しを掛けた、ちょうどその時。
「なっ」
箱を持っていた男が驚き声を出す。否、持っていたそれは箱ではなかった。
男の手から、手の平大はあろうかという青色のバッタが飛び、老人の席のテーブルにガシャンと乗り移った。バッタはそこからさらにジャンプし、席の間を飛び越していく。
その隙に、フユウは己を持ち上げる従者の胴に拳を入れる。怯んだ鼻面にすぐさまもう一撃を入れ、従者の間合いから抜け出した。
そうしてフユウは青色のバッタには目も暮れず、店員の目の前へするりと戻る。
「あ、すみません。やっぱり財布見つかったので普通に払います」
「なっ⁉」
「なるほどね」
奥の席から、青いバッタを手に乗せた少女が現れた。手の平のバッタは、一瞬で先ほどの箱の形に戻る。
「盗み聞きしてた上、全部横取りしようとする輩なら知ってるに決まってるわ」
「…ふむ、これはこれは。我ながらまんまと釣られたな」
「さて、ジェントルマン」
会計を終えたフユウが老人の元に悠々と戻ってくる。
「ちょっと場所変えてお話しませんか?」
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