第2話 欺瞞

「という訳で『凶星ステラギルド』を抜けて彼女の下に付こうと思います」

「待て待て待て何が『という訳で』だちゃんと説明しろ!」

 店の一室を貸し切った祝勝の宴の最中。男たちが集まって騒いでいる一方で、壁際で青年ともう一人の男が卓を挟んで向き合っていた。

「あの青い髪のガキとどういう関係があるってんだ」

「一目惚れです」

「アラサーが言うとギリギリ洒落にならねえな」

「でも私見た目若いし余裕ですよ」

「黙れロリコン野郎が」

「リーダー…あの子見た感じ十六、七ですよ? もうロリじゃありませんって」

「同じだ馬鹿」

 まあ冗談はさておき、と青年はグラスの水を口に含むと、一拍置いてから話し始めた。

「ちゃんとも何も、さっき言った通りです。まだ他のメンバーには話していませんが、あの子に気に入られて助手に指名されたので…」

「今所属してるパーティを抜けてまで、か?」

「リーダー、これはチャンスなんです」

 リーダーと呼ばれた男は何も言わず酒瓶をあおる。筋肉質で大柄な体格は何もせずとも威圧感を発し、青年の説明を急かしているかのようだ。

「彼女には確かに不審な点もあります。ですがそれ以上に、我々とは比べものにならない程の強さと利用価値があります。今朝町に来たばかりだという彼女と『初めて接触したパーティ』という優位性を失う訳にはいきません。『凶星ステラギルド』に引き込むとまではいかずとも、協力を得られる立場にあれば今回のように大きな依頼のおこぼれに…」

「お前はそれだけの事をするに見合う価値、その確証を得たんだな?」

「はい」

 それを聞くなり、リーダーの男は持っていた瓶をそっと、しかし確かに音を立てながら置いた。

「それはつまりフユウ。…お前は熊狩りで何が起こったか覚えてるってことだよな」

「…はい」

 一瞬の間の後、彼は肯定を返した。

 強面の眼が目の前の青年を見据える。

「あいつとのやりとりを全て話せ」

「できません」

「何を見た?」

「言えません」

「どんな理由があって?」

「口止めされています」

 沈黙がのしかかる。けして大きい声でも強い口調でもなかったが、尋問めいた問いかけは背景の笑い声がフェードアウトしてしまったかのような圧を確かに感じさせる。

「あいつらにも聞いたが、誰もあのガキのことを知らなかった。それだけじゃねえ」

「……」

「全員朝起きてから熊の討伐に至るまでの記憶が無えんだよ。おかしいだろ? 昨晩家のベッドでぐっすりだったはずが、気がつきゃ変なガキがいて、あの熊の死体が転がってる。おまけに俺たちゃ身ぐるみ剥がされて全裸だしよ」

「……」

「フユウ。お前、一体何に関わっちまったんだ……?」

 力無く零した問いに、答える者はいなかった。




「ぷはーっ」

「おおっこれで四十六杯目! 牛か何かかな?」

「それ褒めてるか?」

「まっ、この『破壊の魔女』様にかかればこんなものよ!」

 フユウたちが隅で会話している間、少女は他のメンバーたちと酒をあおって談笑していた。中でも少女は明らかに未成年でありながら、その実一番多量の酒を取り込んでいた。

「えげつない量飲むな嬢ちゃん、やっぱ土魔法得意なやつは肝臓やべえわ」

「えー、何でそこで魔法の話になんのー?」

「いやいや、アルコールの分解だろ? がっつり土系統じゃね?」

 魔力の変換先のうち、土属性は体内の科学変化を補助する。そしてそれにはアルコールのような毒物の分解も含まれている。

「……そうね! そうだったそうだった」

「あれ。その感じだと嬢ちゃんの巨人作って操る魔法って土魔法関係ないのか? てっきり土と風の組み合わせかと思ったんだが」

「…んー、あー、あれは単に魔力晶壁バリアの応用っていうか。ほら、板出して浮かせるだけなら皆できるでしょ?」

「いやいや、あの熊を殴り伏せたんだろ? 強度と柔軟性を持たせながら人型に魔力固めて、それを精密に、十分な馬力を持たせながら動かすってえと…」

「あらかじめ決まった形で魔力晶壁バリアを出すってだけなら、杖に術式仕込めばできなくはないんじゃないか? 理論上は」

「魔力分子の組成変えんのを考えるとやっぱり土魔法は必要だし、杖の容量足りなくね?」

「えと、皆さん…?」

 それまで中身のない会話をしていた男たちが急に饒舌になり、少女をさし置いて魔術トークを始めた。

「じゃあ組成だけ杖で変えて…いや、にしたって成形は手作りになる。木っ端魔術師には気が遠くなるな」

「ところで出した巨人の操作はどうすんだ? どうよ元魔導人形ゴーレム科」

「…要は一から素体作って操作ってことだよな。元からある魔導人形ゴーレム使うならともかく、姿勢制御やら動作をリアルタイムかつ人力でってのは厳しいんじゃないか? いや、杖を魔導知能代わりにすれば…」

「ていうか魔女ちゃんの杖どこよ。帰ってくるときも持ってなかったよな?」

「あそうそう、魔女ちゃん良い杖職人の店知ってたら教えてくんね? 俺の杖何故か木っ端微塵になっててさ。依頼の金も入ったしどうせならちょい背伸びして高性能のをよぉ…」

「ま、待って待って」

 酒の勢いで距離を詰める男たちのマシンガントークに、少女がストップをかける。

「もしかして、皆さんインテリでいらっしゃる…?」

「あー、うちはちゃんと魔法学院出てるやつ多いな」

「全員じゃないけどな。ちな俺独学」

「こいつみたく学校すら行ってねえのもいるしな。仲間内で魔法教えたりもしてるのさ」

「へ、へ~」

「ま、こんなこと『魔女』様に言えた話でもないけどな!」

「えっああ、まあ…そう、ね…?」

「そういや、魔女ちゃんってどこ卒なの?」

「…えっと」

 投げかけられた疑問に、しかし少女は言葉を詰まらせる。

「そっか、『魔女』ってことは最上位校の出身か」

「輩出されない年もあるって聞いたぜ」

「フユウと同じノットマンか?」

 好奇の目に晒される少女。しかし彼女は言葉を濁らせるばかりであった。

「いやえっと、それについては乙女の秘密ってことで…」

「面白そうなこと話してんじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」

 突如聞こえてきた低い声に、質問の嵐が一斉に止む。先ほどまでフユウと一緒にいたパーティリーダーが、男たちの中に分け入り少女の前に歩み出た。彼は椅子を引きずり寄せると、ゆっくりと腰を下ろす。けして勢いよく座ったわけではなかったが、明らかに彼女を歓迎する空気ではなかった。

「俺はこの町じゃそこそこ長い方だが『破壊の魔女』なんて名前は聞いたことが無え」

「…これまではそんなに表立って活動してこなかったから」

「じゃあ今俺らに教えてくれよ。お前が「どこから」「いつ」卒業した『魔女』なのか」

「待った待ったリーダー」

 険悪な雰囲気を感じ取り、一人がリーダーを止めに入る。

「ほら、魔女ちゃんにも事情があるのかもだし…」

「『魔女』の学位の名誉を隠さなきゃならねえほどのか? そもそも魔女であること自体は隠してねえじゃねえか」

「それは……うん」

 が、かばいきれず引き下がる。

「魔女ってのはな、魔法学院の中でも最上位に位置する三校…ノットマン、ハーレマード、ブルドーンがこぞって認める、魔法学の発展に寄与した偉人に与えられる称号だ。いくらか腕が立つからって子供が軽々しく…」

 そこまで喋って、男は言葉を切った。何か、形容できない違和感を感じ取った。

 ふと足下を見ると、周りの床が濡れている。否、濡れているどころではない。浸水と呼んで差し支えない程に液体が酒場の床全体を覆っていた。

「うわっなんだこれ」

 他の男たちも次第に異常に気づき始める。それはもはや、豪雨の日の浸水もかくやと呼べるほどのものだった。

「それは、つまり、あなたは」

 それまで黙っていた少女が、代わるようにして口を開く。

「『私は魔女じゃない』って言いたいのかしら?」

 目を見開いて、男を見据える少女。先ほどとは打って変わって、その言葉には明確な敵意が宿っていた。

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