第3話 異世界ファンタジー


燃え盛っている。

この結末を果たして回避できたのだろうか。

いいや、できまい。

だって、私自身がそれを望んでいないから。


私は死んだ。

その記憶だけが脳にこびりついている。

強く地面に叩きつけられたその感触と、不可逆に身体がなるはじめてのあのゾッとするような取り返しのつかない感覚。

小さなころ、歯が抜けた時に

「次の歯が生えてこなかったらどうなるのだろう?」

そう思った時のゾッとする感じ。

不可逆に首の骨が折れる感覚は、まさにそれだった。


異世界。

剣と魔法の国。

転生。

つまらない現実からの脱却。

…なんてことはまったくなかった。


剣と魔法があれど、それが現実になってしまえば、どこまでも泥臭く夢などないのだ。

実力が「お手々を繋いでみんなでゴールする世界」よりも遥かにキツく。

「可視化された場所の差別は排斥しようとする世界」よりも簡単に弱者を排斥する。

それがということだった。

中世の魔女狩りや、日本でも部落の差別であるとか、貴族社会の差別は聞いていたが、そんなものは空想であった。

現実というのはもっと単純で

「身分が低いものは上に踏み潰され」

「弱いものは強いものに手も足も出ず」

「公平性を担保する国や組織など存在しない」


つまりは僕は「役立たずで弱者で身分もなく簡単に死ぬ」存在で「それを悲しむ存在すらいない」孤独に苛まれていた。

そもそも言葉も通じない。何を言っているかわからずとも、侮蔑したり、殴ったりされるので嫌悪されているのだけは嫌でも伝わる。

身振りで「こら、あんなの見るんじゃありません」としっかりわかるとは。


まあ、そんな人間でも、死にたくない。痛い思いをしたくない。腹が減った。喉が乾いた。飢えたくない。助けてほしい。

それらの欲求を懸命に満たしていると生きる力位は身についた。

身につかなかったら死んでいただけだろうが、生き抜いたのだ。

物乞いをし、人を見て社会のルールを理解し、「冒険者ギルド」的な何かになんとか登録し、仕事をし、食えそうもんを食い、ゴミを漁り、金を貯めた。


そうして恐らく5年が経った。

こちらに来る前の基準と恐らく違い、やや1年に該当する寒くなったり暑くなったりのスパンは短いが、恐らく250日ほどで1年が経ち、それが5回訪れた。

相変わらず言葉もわからなかったが、なんとか身振り手振りと

ハロー、とサンキューと、ソーリーに該当しそうな言葉だけでやり過ごしついには大規模な仕事に同行できた。


そこでは”荷物持ち”に近いことをした。

というより雑用というか、戦闘しない大勢の一人というか。そんな感じだ。

そしてそれは洞窟の奥に潜り何かをとってくる仕事で、無事になんやかんや到達し卵のようなそれを手に入れた。


「この卵を割れば大爆発が起こる」


大まかにそんな話を周りがしていた。

つまりは爆弾か、燃料か。そういった用途の代物なんだろう。


異変は帰りに起きた。

洞窟から出て、前の方が騒がしい。

足も棒になっていて、早く宿で寝たかったが、おかしさには気がついた。

むしろ言葉ではなく空気感だけでしばらくやり取りをしていたので、不測の事態、それもそこそこヤバそうなことは伝わってきた。

自分の周り、列の後方側はいまいち状況が飲み込めていないのか微妙な空気を醸していたが、ついにそれが現れるとパニックになった。


明らかに巨大なトカゲ、もはや恐竜かなにかだと思ったほうが近そうなそれと、巨大なムカデ的な何かが左右から現れた。

2つの生き物は協力している風でもないが、気持ちよさそうに隊列の人間を捕食していた。


逃げよう。

こんな奴らには対して恩もない。

仕事だとドライに逃げ出す。

と言っても、どうすればいい。

あんな巨大な生き物の前に単独で飛び出せばいい的、いい餌だ。

そう思っていると、恐怖に駆られたからか、隊が散り散りになり始めた。

しめた。

いっしょに逃げる。

そいつが”例の卵”を持っている担当であったのは運命であったのか、単に偶然であったのか。

神はサイコロをふるのか?

俺は、こいつが卵を持っていることに気がつくと、ナイフを取り出して、首を狙い、きっと致命傷が入った。

卵を奪い、逃げる。


「はっは!!これでしばらく楽をできるッ!!!」

こんなクソみたいな世界で、お行儀正しくなんてごめんだッ!!!

チャンスは全て活かす!!!

死の恐怖も忘れ、逃げる、逃げる、逃げる。

街についた!!!助かった!!!


そこまではよかった。

でも、なんで街に戻ったのだろう?

あの卵を取りに行くことは予め登録して行った仕事。

それもそこそこの規模だったので知られていた。

隊の壊滅が先についた先陣隊により伝えられていた状況で、卵を持ってのこのこと出ていくなんて馬鹿だ。

当たり前のように褒められることもなく、ぶん殴られて卵を取り上げられそうになる。

なぜわざわざ殴る?その必要がある?

俺には何をしてもいいのか。


だから、卵を地面に叩きつけた。

それは魔法的な力なのか、自分を台風の目のようにして周りは弾け飛んだ。


……。俺には選択肢はあったのか。

あったんだろうな。

でも、でもよ。

虐げらるものは、どうすりゃいいんだよ。

俺は今日の宿にも、そして、よく考えりゃ後ろからあの化け物が現れるかもしれない恐怖を感じながら、眠りについた。


ああ、もう疲れたよ。

どうにでもなれ。


そうしてどれくらい経ったか、あの気分を思い出した。

そうだ。いつだってそうだ。

取り返しがつかなくなってから思い出すんだ。

身体が不可逆にネジ折れる悲鳴と共に。

ああ、そうだった。

前の人生も同じようにやけになって、犯罪に手を染めて、ビルから飛び降りたんだった。

ああ、でも、どこでも虐げらるもの。

気色悪い見た目をしたやつは、ゴキブリのように殺されてもしょうがないってのかよ。

最後に引っ掻いてもいいじゃねえかよ。


ああ、次は。

ああ、次は。

もう、蟹でもなんでも。

見た目だけで潰されるような生き物以外に。

なってみたいなぁ。


グジュリ。何が潰れた音か。もう考えたくなかった。

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軍葬~比べられぬ者たち~ 駄文製造機X @ponpo15

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