第3話 継ぐ

 朝六時、薄暗い寮内はチャイムが鳴り響き、学生たちを叩き起こす。この日からしばらくの休校であるにもかかわらず起床するにも、これから帰省する者や残って訓練に励む者など理由は様々だ。いつもとは違う賑やかな朝の空気の中、大と界人は食堂で向かい合い、朝食を取っていた。

「さて、大よ。優しい俺がお前のために、当時の地図と今の地図を重ねておいた。どうだ?」

 渡された界人の携帯端末は、手に持つには厚みがなさ過ぎて不安定だ。その高精細な画面には現在の地図が表示されており、当時の地図がホログラムのように半透明に表示され、重なっている。

「なるほど、操作感は俺の時代のスマホみたいなものか……で、ここが俺んちで、もう一回重ねると……」

「おいおい、これすごいな。お前の家、大学の校舎の真ん中じゃねえか!」

 界人の声に周囲がざわつき、どういうことだと学生たちが集まる。

「みんな見てみろよ。大の家があった場所を重ねると、ほら!」

 重ね合わせた地図を見せて、なぜか界人が自慢気だ。

「で、お前の彼女の家はどこなんだ?」

「指輪なら笑美の家があった場所を探す必要はないわよ。当然学長室もね」

 突然割って入った声に、二人は振り返る。目を真っ赤に腫らせた遙香が朝食のトレーを持って立っている。

「どういうことだ?」

「そのままの意味よ。片山家のお墓があるお寺に行きましょ」

 遙香は大の横に座ると、サラダを食べ始めた。

「おい遙香、ちゃんと説明しろって」

「笑美のメッセージにね、死ぬまで指輪は付けていたいからって。火葬するわけにもいかないからその後はお寺に預けるって。テキストと動画でね。まったくあの子は」

 目元を拭い、一言。

「……一晩中泣かされたわよ」

 あの青島が泣いている──周囲がざわつくが、すぐに別の理由でざわつき、敬礼をする。

「話は聞かせてもらった……」

 ハンカチで涙を拭いながら、学長が現れたからだ。

「私は仕事があるので付き合えないが……これでタクシーでも使いなさい」

 財布を取り出すと、そこから大に数枚のお札を手渡す。大はこの時代にIDも電子マネーのようなものもないため、現金を用意してくれていた。

「いえ、そんなにお世話になるわけには……」

 いいからと押しつけられたお金を、大は渋々

自分の財布にしまう。

「じゃあ、代わりにこれを。この時代じゃ使えないでしょうし、コレクションにでも」

 大が差し出したのは、二〇二六年に流通していた紙幣だ。これに学長は喜ぶ。

「ほう、これは貴重なものだ! 額に入れて飾らせてもらうよ」

 学長は目を見開き、子どものように喜び、そして満面の笑みで古い紙幣を受け取った。



 見覚えのある寺。かつて大が、町のPRのためにAAで手を合わせて住職と写真を撮った、あの寺に来ている。

「ここに片山家の墓があったんだ」

 大の言葉に界人と遙香が頷くと三人で墓地の方へ歩く。

 宗教に対する意識の弱い日本人。それが時間が経つとこうなるのかというほど墓が少なく、たくさんの家が墓仕舞いをしたのだなと思い至る。

「あった。まだ残ってた……」

 片山家先祖代々と掘られた、その墓石を確認すると、三人はそれを磨く。

「来たよ、笑美」

 綺麗になった墓石に大が手を合わせると、遙香と界人もそれに続く。

「さて、じゃあ住職に挨拶に行きましょ」

 遙香の言葉で三人は本堂の方へ向かうが、誰もいない。

「あっちか?」

 界人が指を指す方に家がある。インターホンを押すと、ジャージ姿の年老いた男が出てきた。

「すみません、こちらの住職さんですか?」

「えぇえぇ、若い人たちがこんなところになんのご用でしょう」

「こちらに、指輪があると聞いてきまして」

 住職は首をかしげる。心当たりがないのだろうか。

「遙香、その説明じゃわからないだろ」

 大が小声で突っ込み、言い直す。

「今からおよそ四百年前に亡くなられた女性が付けていた指輪です。このお寺に預けられていると思うのですが」

 四百年という途方もない数字に反応したのは、住職の妻と思われる老婆だった。

「まーまーまーまー! 私知ってるわよ。私がここに嫁いだときに、お義父さんから聞かされたわ。絶対に取りに来るからって代々保存していたのよ。本当に来るものなのねえ……」

 老婆は感慨深げに言うと、「ちょっと待っててちょうだい」と、住職と共に蔵へと向かった。

「指輪、あるかな……」

「あるわよ。なかったら笑美が浮かばれないわ」

「そうだな。笑美さんはこれだけ入念に大のためにメッセージを残してきたもんな」

 界人と遙香の会話に混ざることなく、大は一人静かに住職たちを待つ。


 一時間ほど経っただろうか。二人が台車に埃をかぶった大きな箱を載せて戻ってきた。

「そんな重そうなもの、言ってもらったら手伝ったのに」

「こんな年ですし、たまには体を動かさないといけませんからね」

 住職は優しく言うと、台車の車輪をロックした。


「さーって、宝探しだな。宝箱オープン!」

 界人の軽快なかけ声に合わせ、大が箱を開ける。

 箱の中では、布団圧縮袋に色々なものが詰め込まれ、真空に近い状態で保存されていた。

「大、これって……」

「おい、マジかよ。紙の漫画だぞ」

「間違いない。俺の私物だ……」

 この時代では見られないものが大量に出てくる。そのほとんどが、大のコレクションだ。三人が箱を漁ると、界人があり得ないと言った。

「おい、五六式のフィギュアだぞ」

「は!? なんでそんなものがあの時代に……」

「俺が監修みたいなのを頼まれて、メーカーと一度もミーティングすることなく終わったやつだな……。試作品の写真を形原さんからもらって、その直後にこの時代に飛んだんだ。屋形が証言してくれる」

「不思議なものだな。この時代のAAが過去に飛んで、フィギュアを作られて、それがこの時代で発見されるって。新しいんだか古いんだか……」

 界人の言葉はもっともだ。五六式と呼ばれるAAもまた、時代を股にかける冒険をしていたのだ。


「あった、これね!」

 遙香が小箱を見つけると、中にはシンプルな指輪とメモが入っていた。

「なにかしら……」

 遙香はメモに目を通すと、その瞳を潤ませる。

「ほんっとうに……馬鹿な子……」

 メモには短く『遙香に譲ります』とだけ書かれていた。その文字は弱々しく、晩年に力の入らない手で書いたものなのだろう。

「……でも、ありがと」

 遙香は指輪を眺め、箱の中を漁ろうとしない。

「じゃあ、もうそれは遙香のものだな」

「え、いいのかしら。あんたが笑美にあげたものでしょ?」

「その笑美が遙香にって言ってんだ。それに、俺が戻れても戻れなくても、笑美は同じことをしただろうしな。だからいいんだよ」

「そうね……。なら、ありがたく受け取るわ」

 遙香は、潤んだ瞳のまま笑みを浮かべた。


 その後、住職宅で昼食をご馳走になり、寺に伝わるAAが現れたという記録を見せてもらう。五六式と当時の住職が向かい合って手を合わせるというシュールな写真が残っており、そこからは逆に大が当時の様子を住職に話す。

「こんな年になって、こんな話が聞けると思いませんでした。ご先祖様に感謝です」

 住職は何度も頭を下げる。三人は有意義な交流が出来たと満足していた。



 住職夫妻に礼をすると、三人は寺を後にした。遙香は少し小さめの指輪を無理に嵌めずに、何度も付けたり外したりを繰り返している。まだ日の高いこの時間、遙香の指で指輪が光る。

「さて、色々案内したいが、とりあえず今日は俺の実家に行くか」

「本当にいいのか? 突然現れて、過去から来ましたなんて言う得体の知れないやつを連れて行くんだぞ」

 大は遠慮するが、遙香はそうでもない。

「いいじゃないの。得体はもう知れてるわよ。大体、私はどうなるのよ。時代を往復してるのよ」

「一緒に宝探しをした仲だしな。気にしなくていいんだよ」

 タクシー代と言われてお金をもらったが、歩いてしまっている。大が歩いて時間の経過を確かめたいと言い出したからだ。しかし、町並みどころか地形も造成されて変わってしまっており、同じ場所を歩いているとは思えない。

「なあ、大ってどこであんなにAAの操作を覚えたんだ?」

「最初は遙香に教えてもらって、後は家の畑で肥料を掴んでばらまいたりとか、観光客に向かってポーズをキメたり、そんな感じ? ほとんど遊んで覚えたようなもんだな」

「大は特殊なのよ。もっといろんなAAに乗ってみてもらいたいわね」

「そうか、それは良いことを聞いた」

 界人が言うと、足を止める。そこは巨大なガレージと言った風で、看板には『安藤工業所』と書かれている。

「俺の実家、AAの修理工場だ」

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