第4話 腕

 大が唖然としているが、遙香は何の驚きもない。

「界人の家はこのあたりじゃ有名なのよ。うちの学校からもメンテに出してたりするし」

「生活補助用の小型機から、土木用や軍事用の搭乗型までなんでもござれの、安藤工業所。大なら俺んちを楽しめるんじゃないか?」

「待て、それより生活補助用ってなんだ?」

 大は初めて聞く概念に反応する。AAは巨大ロボットの総称だと思い込んでいたからだ。

「なんだ、AAがどうやって生まれたのか知らないのか?」

「そういえば、私も寿和も、大にそんな話は一切してないわね。大人たちには何度かした覚えはあるのだけれど……」

「ま、本当に名前通り腕だったらしいんだよ。最初は」

 それから、界人による簡単な説明が始まった。最初は腕が不自由な人のための補助腕だったらしい。その形は両腕のあるリュックサックのようなもので、AIによる音声認識で本物の腕の代わりに動くものだった。それが時代と共に様々な分野で使われるようになり、果ては人の乗り込む巨大ロボットにまで発展した。

「だから、腕が付いてるのは全部AAって呼ばれてるってわけだ。たまに例外はあるけど、ざっくりそんな感じで覚えておけばいい」

「なるほど、乗り物になるとジャンルが違いすぎて納得いかないけど、理解した」

「ちゃんと分けるときは搭乗型とか、まあ色々と分類があるんだよ」

 界人が人間用通用口を案内し三人が工場に入ると、四百年前とあまり変わらないオイルの匂いと工具の音。大の知っている整備工場のスケールが大きくなっただけという風景だ。しかしドローンが飛び回り、人の代わりにAAの頭部などの高いところをチェックをしていたり、作業員に工具や部品を運んだりとせわしなく動いており、大に未来にいることを感じさせる。

「親父ぃ! 帰ったぞ!」

 界人が叫ぶと、それに気づいた従業員と思われる男たちが仕事の手を止めて軽く挨拶をする。そして出てきたのがオイルまみれのツナギを着た中年だ。

「おお、無事帰って来れたな。あの襲撃はひどい有様だったようだが」

「俺たち高等部は良かったけど、大学の先輩が三人な……」

「そうか……でも、あの有様で三人で済んだというべきか。その三人は残念だったが」

「そうだ、それを救ってくれたのが、この二人だ」

 界人は父親に大と遙香を紹介し、二人は頭を下げる。

「寿和が五六式と行方不明になった事件、あの前に起きた最初の行方不明者と、もう一人、外部の人間だけど」

「おぉ! そうか。生きてたのか!」

「私と寿和は四百年以上も前に飛ばされて、そこで大の家に助けられて……まあ、戻って来れたと思ったらあのテロの襲撃の中で──」

 界人の父は腕を組み、話を聞いていたが。

「話を盛るにも限度があるだろ? SF映画みたいな話じゃないか」

「いや、親父、マジなんだって! さっきもあそこの寺に行ってきて、当時の遺物を……そうだ、後で当時の大の遺物、じゃない私物を取りに行こう。車出してくれよ!」

 界人が父親に対してまくし立てる。当然、父親は見ていないので信じられるわけがない。

「いや、遺物でいいよ。歴史的遺物ってことで」



 界人の父の車で寺から大の私物を持ち帰り、工場へ戻ってくると、とりあえず綺麗な場所と言うことでオフィスに箱を運び入れる。開くと界人の父親だけでなく、そこにいた従業員も驚きを隠せないでいる。

「どうだ、時代を超えてやってきた大の、当時の私物だ」

 自慢気な態度の界人に、父親が漫画や雑誌の発行年月を確認し、素直に認める。

「これはすごい。どこかに寄贈してもいいくらいだ。しかし、持ち主がいる以上はそうもいかないな。ところでさっきから箱の中身を出している姿を見ると、君の右腕が少し不自由なようだが」

「鎖骨を折ってまして、今リハビリ段階なんですよ」

「そうか、君に合ういいサイズの補助用AAがあったかな。探しておこう」

「ありがとうございます。楽しみです。めちゃくちゃ楽しみです」

「あんた、本当にそういうの好きねぇ……」

 遙香はあきれたように言うが、大の目はキラキラしており、子どものようだ。

「そういえば、過去のニュースのアーカイブって見れたりするのかな。俺のいた時代のニュースが見たい。今俺には情報端末と言えるものが無いから、ちょっと飢えていて……」

 大人たちが大の私物を漁るのを横目に言うと、簡単に許可がでる。

「そういうことなら、このオフィスにあるPCを適当に使っていいぞ」

「ありがとうございます。過去のニュース、探してみます」

「じゃ、俺は補助用のAA探してくるから、自由にやっててくれ」

 界人の父は、漫画を数冊持って倉庫に消えていった。


「さすがに四百年以上ともなると、あまり出てこないわね。ほとんどが消えてるわ。私たちが現れたってニュースと、あんたもろとも消えたってニュースだけはそこそこ出てくるのだけれど」

 三人がネット上のニュースのアーカイブを漁るが、断片的な情報しか出てこない。町役場も高校も統廃合でなくなっており、ネット上のアーカイブすら残っていない。文化祭などの情報を読み返すだけでも良かったが、ないものはどうにもならない。

「しょうがねえ、諦めるか」

「そうだな、こればっかりはどうしようもねえ。大の言ってることが真実だってことは改めてわかったしな」

 国の機関ならと大は考えるが、人脈もネットもアクセスのしようがないため、言葉を飲み込んだ。



 大は補助用AAを装着して満面の笑みである。自分のいた時代にない、SFじみた技術に触れられるだけで本望だ。何度も補助腕を動かし、そのモーター音や肌に似せた感触に感動している。

「よし、満足した」

「あら、早いわね。もっと色々遊ぶと思ったのに」

「いや、これって腕がない人のためのものだろ ? 動かすには本物の腕が邪魔でさ。でもすごいよな。こんなのがあるんだぜ。本来、俺の生きてるうちには実現しないだろうけど、夢があるよな。この時代に来れて良かった」

 感慨深げにベルトを外し、背負った補助用AAを下ろす。

「悪いな。大みたいな腕があるけど不自由な人が使うタイプがなかったんだ」

「いいよ。それにおもちゃじゃないしな」

 案外真面目なんだなと界人が笑う。


「ねえ、そろそろ寮に戻らない?」

「そうだな。帰るか」

 遙香に賛同する界人に、大が尋ねた。

「近いけど実家に帰ったんだぞ。いいのか?」

「襲撃でやられた五六式を直さないとな。大学のも全滅したし、お前たちが持ち帰った二機しかまともに動かねえんだ。寿和や他のやつらにばかりやらせてたら、単位がもらえなくなっちまう。休校なのに単位落としたらたまらねえよ」

 こうして壊れたものを直すのも、そのままメカニック科の授業の一環として取り入れ、あらゆる知識と技術を身につけさせる。襲撃というイレギュラーなど、担当教官にとっては教材を作るようなものだ。

「親父、俺たちはもう帰る」

 工場に顔を出し、一言挨拶をすると呼び止められる。

「待ってろ。車で送っていってやる」


 寮への帰り、界人の父の計らいで多少の遠回りをしながら、車の中で色々な話をした。主に大が生きた四百年前の話だ。

「そうだ、親父。工場の奥の、あの必要以上にカバーを掛けたAAは何だ?」

 もう学校に到着というところで、界人が話を変える。

「アレか……。アレは型式認定も取ってねえ、名前もねえ。しかもAIも未搭載の、俺と昔の仲間が集まって作った趣味の産物だ。あとはAIを積んで、ハードとの調整だけでな、そのためにこの前運ばれてきたんだ。そのうち見せてやるよ」

「そっか。でも、お袋に怒られねえ程度にやれよ」

「ああ、大丈夫だ。最初から……とは言わねえが了承済みだ」

「そうだ、大の腕が直ったらテストパイロットしたらいいじゃない!」

「そいつぁいいな。親父、どうだ? どうせ大は行くあてもないしよ」

 遙香と界人の間で、本人の意志とは関係なく話が進んでいく。

「待ってくれよ。そんなの申し訳ないし」

「でも学校の寮にいてもやることないだろ? なあ、お前の腕を見込んで。な!」

「界人がそこまで言うなら、君は本物なんだろう。俺からもお願いしたい。とりあえず腕がそれなりに動くようになるまでは、寮でリハビリでもしてたらいい。せっかく学校に居座れるんだ、甘い汁を吸っておけ」

「すみません。じゃあ、お世話になります」

 大はまだぎこちない右腕を何度か握り、承諾した。就業先が決まった瞬間だった。

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