第2話 つながる点

 高等部学生寮の食堂。この場所に、教官と学生全員が揃っている。緊迫した空気の中、高等部学長が口を開く。

「今日の襲撃によって、多大な被害を被った。高等部の諸君は、怪我人は出たものの一人も欠けず無事でいてくれた。テロの規模はわからないが、少なくとも今回敷地内に侵入した三機のAAだけではないだろう。現在、警察、自衛隊、正規軍が協力し、残るメンバーの足取りを追っている。では、大学損害報告。死者三名、重傷者十三名。AA大破六機、中破九機。尊い命を失ったこの事件を忘れず、我々は平和ボケの日本人などと言われないよう、対策を講じていく。それでは亡くなった三名の冥福を祈り、黙祷!」

 学生たちと共に、部外者であるはずの大もこれに従う。静まりかえった食堂にすすり泣く声が響く。亡くなった先輩に世話になった者もいるのだろう。大には学生のことはわからないが、身近にこのような死があることを、改めて実感した。

「直れ!」

 全員が頭を上げると、今度は高等部の損害報告が始まる。

「高等部損害報告。重傷者一名。AA大破一機、中破二機、小破一機。以上! 続いて、復帰二名、AA二機。以上!」

 損害報告の後に復帰というあり得ない報告が続き、事情を知らない学生がどういうことかとざわつく。一部のわかっている学生は当然のように構えており、静かにしろと小声で伝達する。

「長谷川遙香、屋形寿和、伴大。前へ!」

 高等部学長の号令で三人は前に出る。

「おい、二人って言ってたよな」

「最後の奴誰だ?」

「青島さんだ。今までどうしてたんだ」

 またも事情を知らない学生がざわつくが、仕方のないことだろう。

 高等部学長に代わり学長が前に立つと、途端に静かになる。

「行方不明になっていたはずの青島訓練生と、屋形訓練生が生きて戻ってきてくれた。これもひとえに、彼、伴大君のおかげだ。みんな信じられないかも知れないが、二人は二〇二六年にタイムスリップし、伴君やその時代の人に保護され、そして伴君と戻ってきた。彼は当時を知る歴史の生き証人であり、我々の仲間の恩人だ」

 学長が説明すると、ほとんどの学生は唖然としている。急にタイムスリップなどという単語を出されたら当然だ。

「青島遙香、高等部一番機と共に帰還しました!」

 学長に促され、遙香は帰還報告をすると、笑顔とともにピースサインを出す。こういうところが遙香らしい。教官もわかっているのか、あきれ顔で何も言わない。対照的に寿和は普通に敬礼をして帰還報告をする。

「伴大です。四百五十三歳です。えーと、訳がわからないまま四百年以上も時間を飛んでしまったわけですが、とりあえず行き場もないので、優しく保護してもらえたらなと思います。よろしくお願いします」

 大の挨拶の後、全員が拍手をするが顔は怪訝そうだ。

「おかしいわね。私が大の学校でマイナス四百歳ネタをやったときはウケたのに……」

「いや、状況が違うだろ!? だからやりたくなかったんだよ」

 全員の前で大と遙香が言い合うと、ようやく和やかな雰囲気になる。

「漫才なら学祭でやれ!」

「屋形は何もねーのか!」

「あー、静かに。ともかく、当時のデバイスやAAに保存されたデータは早急に資料室に保存するつもりだ。当時を知る貴重な資料となるため、自由に閲覧して欲しい。また、しばらくは休校とするため、実家に戻るも、ここに残るも自由とする。再開については追って連絡する。以上、解散!」


 学長の号令により、緊急集会は終わった。急な休みに学生たちが浮き足立っている中で、高等部学長が大と界人を呼び止める。

 二人はこの日会ったばかりで、何の接点もない。強いて言うなら、大が個人的に挨拶をした唯一の学生というくらいだ。

「安藤、君は確か在校生で唯一、ここが地元だったな」

 界人は肯定し、それが何かと尋ねる。

「では、明日は伴君に学校の外を案内してやってくれ」

「任せてください。しっかりここの地理をたたき込みますよ」

 界人に頼むぞと言うと、高等部学長は食堂を立ち去る。それを見計らってか、数人の学生に囲まれる。

「二〇二六年から来たってマジ?」

「青島さんと屋形はどこでどうしてたんだ?」

「これからどうするつもりですか?」

 とにかく質問責めで、大が口を開く隙がない。

「はいはい、みんな順番よ。じゃ、まずは私から」

 横から現れて仕切り始めた遙香にも質問が投げかけられるが、完全に無視して大に続ける。

「あんた、今日はどこで寝るつもりなのよ」

「なんか、男子寮の空き部屋を使わせてもらえることになってる」

「ふーん、そ。じゃあ、界人か寿和がサポートしてやりなさい。こいつ今、鎖骨折れてて右腕が不自由だから」

 遙香のその言葉に、テロリストのAAを制圧したときの動きを見ていた学生たちが引いた。いや、ドン引きした。

「待って。その状態であの動きをしていたの? AAなんか存在してなかった時代の人が?」

「いやー、僕も初めて同乗したけど、本当に怖かったよ。右腕だけAI補助にして、あとはほぼマニュアルなんだよ。バランス制御もコクピット保護ダンパーの動きも全部切ってるから、まあ揺れること……」

 寿和の説明に、学生たちがますます「ヤバくてすごい奴」という目で大を見る。

「そいつは面白い。決めた。明日は俺の実家も案内する。とりあえずメシの時間までは校内を案内するよ」

 界人は楽しげにそう話すと、遙香と寿和、そして数人の学生と校舎へと移動した。

 大は自分のいた時代の話をしながら、校舎を見て回る。校舎の中は普通に教室が並び、音楽室などの特別教室があるなど、大のいた時代となんら変わりはない。しかし、外に出るとAAや戦車の格納庫、戦闘機の格納庫と滑走路などがあり、軍の施設であることを実感させられる。

 そのほとんどがテロリストの襲撃により、出撃不能になっている。AA以外の戦力はダメージがないが、格納庫や滑走路をやられており、出撃できない状態だ。逆に、どのような状態でもその脚で瓦礫をまたぎ、腕で瓦礫をどかすことの出来るAAのみを狙い撃ちしたテロリストは、非常に合理的な判断をしていたと言える。

「ところで、伴さんって青島さんと随分仲がいいですけど、そういうことなんですかぁ?」

 何も事情を知らない女子学生がキラキラとした目でタブーに触れた。寿和はオロオロとし、界人は天を仰ぐ。

「いや、俺と遙香は──」

「あっははは! ないない! こいつの家、と言っても敷地内に二棟あって、おばあちゃんの家の方に居候してただけよ。それに、すごく可愛い彼女がいるのよ、こんな冴えないのに」

 大の言葉を遮って、若干大きめの声で遙香がまくし立てる。

「大の彼女はねえ、過疎化の進んだ田舎で唯一の同い年で、誕生日も家も近くてね──」

「うわあ、なにそれ少女漫画みたい!」

 遙香を中心に女子たちが騒いでいるのを見て、寿和はホッとする。それと同時に、無理をしているのも感じ取った。

「ほら、この子よ。本当に大にはもったいないくるらいのいい子なのよ」

 遙香はこの時代ではもう使うことのできないスマートフォンで写真を表示し、見せびらかすようにする。

「遙香、さっきから笑美を上げてる振りをして俺をディスってないか?」

「あら、だったら少しは彼氏らしく……いや、ごめん。あんたにはそんなの無理だわ。十八年間何もできなかったし」

「いや、指輪買ってやったし……ん?」

「ふーん、いつの間に指輪を……って、どうしたのよ」

 ふと、大が黙り込む。それに合わせて、恋バナにキャーキャーと騒いでいた女子たちも合わせて静かになり、どうしたのかと心配をする。

「指輪だ……。最後のあの日に買ってやった指輪がないんだよ」

「伴君落ち着いて、何の話?」

 寿和が遙香との間に入り、落ち着かせる。

「さっき学長とサシで話して、笑美からのメッセージを一通りもらったんだよ」

 その言葉に、また女子たちがロマンチックだのと騒ぎ出す。

「その中に遙香へのメッセージもあったんだけど、指輪がないんだ。あの几帳面な笑美がメッセージだけ送りつけて、指輪がないなんて考えられない。寿命なりで死んで、火葬にしたって指輪は外すはずだ」

「私宛のメッセージが気になるんだけど……」

「ごめん、それは後で渡す。断じて俺は見てないからな」

「じゃ、明日は指輪探しもするか? 四百年以上前の話だ、そんな小さなものが見つかるかどうかはわからんけど、付き合うぜ」

 界人の申し出に、大は頭を下げる。

「ありがとう、安藤君」

「界人でいいよ、大」

「でも、その申し出は気持ちだけ受け取っておくよ。俺は絶対帰るからな。見つからないなら、過去に戻ればいいだけだし。あとは、笑美がこの時代の俺にメッセージを送らないルートに分岐するだけだ」

「大、お前かっこいいな。ところでルートとか分岐ってなんだ?」

「ごめん、こいつ重度のオタクなのよ。つまり、過去を変えようって話ね。大が過去で笑美と仲良く過ごせるルートなら、このメッセージはなくなるのよね。ま、平行世界というやつね」

 大の家で暇に任せて漫画を読みあさった遙香は、大の言おうとすることを説明する。


「ねえ、ところでさ」

 女子の一人が口を開いた。

「その話だと、彼女さんからのメッセージって、もしかしてあの噂のやつ?」

「そうよ。都市伝説みたいになってた過去からのメッセージ。あれがこいつ宛のものだったらしいのよ。まさか実在してて、私も関わってるとは思わなかったわ」

 またも騒ぎ立てる女子たちとは対照的に、遙香は静かに、しかし嬉しそうだ。決して遙香に勝ち目のなかった恋敵がメッセージを残してくれていたのだ。

「学長が持ってた。多分歴代学長が受け継いできたものなんだろうな。それと、ここが俺のいた岡ノ島町だった場所らしい」

「なるほど、だから僕も青島さんも、過去に飛んだときに伴君の家に落ちたわけだ。時間だけ移動して、位置情報はそのままみたいな感じでね」

 寿和が合点がいったという感じで話す。

「因果が巡ってるというか……大、やっぱりあんたは特異点なのよ」

「ともあれ、戻るにしてもそこから平行する別ルートに行くのなら、こっちのルートで指輪がどこにあるか探すのは面白そうだ。大、探すぞ」

「ありがとう。界人は何でこの話にそんなに乗り気なんだ?」

「ん……まあ俺も思うところがあってな」

 口ごもる界人に、言いたくないのなら良いと大は返した。



 遙香に急遽あてがわれた女子寮の一室は、深夜の静けさに包まれていた。机の上に置かれた四百年以上も前のスマートフォンが、微かな光を放っている。その画面には、笑美の姿が映し出されていた。


 映像の中、笑美はシンプルな部屋のベッドに腰掛けていた。背筋を伸ばしているものの、どこか不安げな表情を浮かべている。そしてしばらくすると、心の内を吐き出すように語り始める。


『遙香は無事に自分の時代に帰れたのかな?』


 その一言で遙香の胸は締めつけられた。

 笑美の声は少し震えている。まるで何度も言葉を考え直したようなぎこちなさがあった。


『こんなこと、大には言えないから……二人だけの秘密。もしも大が帰って来れないようなら……遙香に譲るよ』


 遙香は思わず息を呑む。その言葉の意味を、彼女は痛いほど分かっていた。


『私は大が好き。でも……もう届かないならね……遙香と幸せ、なって欲しい。他の子……だめ……だから』


 笑美は泣き出しそうになりながら、必死に笑顔を作ろうとしていた。それが逆に痛々しく見える。


『でね……二人の子ども、女の子、なら……私の名前……』


 ここで彼女の声は途切れ、涙が溢れたのが映像越しにも分かった。


『ごめん……うまく話せない。私ね、まだ、大とはキスも……』


 そこまで言ったところで、笑美は嗚咽を漏らし、視線をカメラから逸らした。そして最後に、泣きながらぽつりと告げる。


『指輪、私が将来……お寺に』


 遙香の頬にも涙が伝っていた。彼女は思わず、指で画面を撫でるような仕草をする。

「馬鹿ね……本当に泣き虫で……馬鹿ね……」

 声に出した言葉が震える。遙香の胸には笑美の想いが痛いほど刺さっていた。

「あいつは、あんたのところに戻るに決まってるじゃない……」

 遙香は、自分でも驚くほど涙を流していた。


 遙香の部屋は、夜の静けさの中で二人の泣き声だけが響いていた。映像の中の笑美が遙香の声に答えることはない。動画を撮影し続けるスマートフォンを止めることもなく、ただ泣き続ける姿が映っているだけだった。

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