その声はいつも傍に

ヤマグチケン

第1話 帰還者

「おい、弾薬足らねえぞ!」

「自衛隊と正規軍は何やってんだよ!」

 国際防衛大学日本支部、現在ここはテロリストによる襲撃を受けている。大学のパイロット科は休憩時間にミサイルにより襲撃され、十五機全ての演習用AA(AdvancedArm)が大破した。残る戦力は高等部にある、大学と同型演習用AA、五六式トレーナーと呼ばれるIT56-J型が四機のみだ。しかも動くのは三機。一機はバッテリーからの電力供給が不安定で、メカニック科三年の実習に回されていた。

 テロリストたちの情報は伊達ではない。この時間は一年生たちが演習をしていたのだ。しかも都合良く、その初心者たちが動かすのは四機だと思っていたが三機である。これで勝利は確実だ。

 テロリストのAAの一機、四本脚のその機体は上半身に固定された機銃を乱射し、脚ではなく、その下に付いたタイヤで走る。丸腰の五六式に近づくと機銃を止め、腕に持った大型超音波カッターを股関節の隙間に差し込む。下肢のバランスを崩した五六式はその場に倒れた。

「おっし、まずは一機」

「おいおい、俺にも残しといてくれよ」

「お前の土木用よりも俺のが足が速いからな」

 即座に目標を切り替え、次へ向かう。しかし後ろから飛んできたミサイルが目標を撃破。

「ガキどもは殺すなって言ってたろ?」

「コクピットは頑丈だ。あとで引きずり出して生死を確認しておこう」

 残る一機は完全に戦意を喪失しているが、ここで動く機体は潰しておかなければならない。一機目と同じように下肢を動けなくし、後は軍の要人を攫うのみだ。冷静にカッターで関節部を破壊したところで真横からガトリング砲で撃たれ、左腕の操作ができなくなる。

「おいおい、やっぱり最後の一機がいるじゃねえか」

 テロリストが目にしたのは、左腕マウントにシールド、右腕マウントにガトリング砲を装備した五六式だ。固定武装はあるが、手には何も持っていない。接近戦に持ち込めばどうにでもなる。なによりも土木用とは言え、武装した味方があと二機いる。


「頼むぞ安藤。もうお前しかいないからな!」

 安藤界人、高等部メカニック科三年の彼は、バッテリーのせいか、動きの不安定な五六式に乗り込み防衛戦に赴いた。モニターに映るのは中東の国で主力とされる多脚AA一機に土木用が二機。足の遅い土木用は、不相応なミサイルランチャーを担いでいる。

「おいおい、どうすんだよこれ。俺一人でどうにか出来るとは思えねえぞ……」

「パイロット科にも勝てるお前ならなんとかなる! 軍用は一機だけだ!」

「なんとかなるわけねえだろ! 現実的に考えろ! こっちはろくな武器もない上に調子の悪いんだよ!」

 無線がうるさく、思わず怒鳴り返してしまう。安全圏から無責任に励まされるが、状況が悪すぎる。二機の土木用と思われる改造AAがミサイルランチャーで狙っている中、遠近ともに対応できる軍用AAの相手をしなければならない。相手が左腕を失っているとしても、不調の五六式で勝てる見込みは少ない。

 界人は五六式の左腕を前に出し、シールドを構える。

「最後の一機、せめて楽しませてくれよぉ!」

 四本脚が迫りながら機銃で威嚇射撃する。シールドで受け止めてわかる威力のなさに安堵し、相手の攻撃の死角である左側に回り込み、右腕にマウントされたガトリング砲を構え──。


 一瞬、ぐにゃりと空間が歪むのをモニターが捉えると、全てのシステムがダウンした。それは五六式だけでなく、テロリストたちのAAも同じで、四本脚以外のそこにいるAAはバランス制御を失い、倒れる。

「何だよ、何が起こってんだ! おい、誰か応答しろ!」

 界人も、テロリストも同じことを叫んだ。その時、歪んだ空間から二機の五六式が現れ、落下した。


「青島さん、これって……」

「そうね、私たちの学校ね」

「見たところ、あの現象が起きて僕たちだけシステムが復旧してるようだけど」

「大、見える? あの五六式は味方。ミサイルを担いだのと四本脚は敵よ。私はあの二機をやるから、あんたは復旧する前に四本脚の武器と脚を破壊しなさい。絶対に殺すんじゃないわよ」

「ええ……マジかよ……こっちは狭い中に二人乗りだぞ。でも、動けない相手に殺し合いじゃないなら、まあ……」

 遙香の直感が非常事態だと告げ、即座に指示を出す。大は愚痴るが文句を言わずに従う。

「うわ! ちょっと待って! AAってこんなに乗り心地悪いはずが……」

 乗り心地を無視し、右腕の制御以外ほぼマニュアル操作で全力疾走する五六式に同乗する寿和は、青ざめて口にする。

「で、これを……こうか!」

 動けない四本脚の腕から超音波カッターを奪い、突き刺すと固定された機銃を根元から剥がす。その次は脚だ。どうにか片側の二本を破壊すると、横から蹴飛ばし倒す。

「吐きそう……もっと優しく操縦出来ない?」

「ごめんって。耐えてくれよ」

 遙香も倒れている土木用AAの脚を潰し、行動不能にしたようだ。

「さて、AIちゃんたちは現在の状況がわかるかしら?」

『特定しました。現在は二四六一年五月四日。場所は国際防衛大学日本分校です』

「ふうん、予想通り帰って来たってわけね」

「待て待て! じゃあ今度は俺まで時間を飛んだってことか!?」


「なんだよ! あんな滅茶苦茶な技術があるなんて聞いてないぞ!」

「あいつらどこから現れやがった!」

 コクピットから引きずり出されたテロリストたちは、叫びながら連行されていった。当然、時間どころか空間だけでも転移するような技術はこの時代においても存在せず、彼らはただ運が悪くその超常現象に巻き込まれて敗北を喫したのだ。


「青島遙香訓練生、および高等部一番機」

「屋形寿和訓練生、および高等部三番機」

「「ただいま帰還しました!」」

「あ、えーと、伴大ばんひろしです……二〇二六年から来ました」

 瓦礫だらけの演習場で二人が敬礼するのを横目に、締まらない挨拶をする大。

 学長が手を差し出し、三人と握手を交わす。

「ありがとう。君たちが来なかったら、この学校は壊滅していた」

 特に、明らかに部外者と思われる少年に興味を持った学長は話を続ける。

「伴君、君は二〇二六年から来たと言ったね。詳しく話を聞きたい。青島訓練生と屋形訓練生は、あとで伴君と一緒に指導室……いや、教官室に来なさい。話を聞かせてもらおう」

 学長との挨拶が終わると、ツナギ姿の少年が走ってくる。

「寿和!? 生きてたのか!」

 寿和と抱き合うのは安藤界人。メカニック科の同級生が再開した。

「助かった。お前たちが来なかったら、マジで俺たち死んでたかもな」

「界人も無事で良かった。見た感じ、機銃を結構食らってるようだけど」

「あの威力は弱かったけど、ギリギリだったんだよ。しかし、あいつは何なんだ? 二〇二六年がとかどういうことだ?」

「彼は伴大君。信じられないだろうけど、僕と青島さんがあっちの時代に転移して、お世話になってた人の一人だよ。彼は一言で言うと、AAの天才だね」

「そうね、大には大学の先輩たちや正規軍の人たちでもかなわないでしょうね。ほら、あんたも挨拶しなさいよ」

「あ? あー、伴大です。よろしく」

 ようやく事態を把握し、心ここにあらずと言った感じの大と界人が握手をする。

「いきなりこんなハードな状況に放り込まれるの、キツいよね。僕たちが飛んだ先は平和な日本だったけど」

「そうね。私たちもいきなりこんなことになってるなんて思わなかったわ。この時代でも、日本はそれなりに平和だったはずよ。それに、大は笑美とも離れちゃったものね……」

 遙香と寿和は苦い顔をする。

「遙香たちの時代、つまりAAがたくさんいるわけか……すげえな」

「駄目ね、大は大だったわ……」

 遙香はため息を漏らした。



「──というわけで、僕たちは二〇二六年で彼の家族や、周りの人たちに保護されていました」

 寿和の理路整然とした説明に、教官たちは驚きを隠せない。行方不明だと思われていた学生が二人、真面目な顔をして時間を超えていたなどとあり得ない話をしているから当然だ。しかも、一人はメカニック科の優等生だ。

 彼らの話だけならそれが口裏を合わせた嘘であると思うところだが、所持していたスマートフォンを調べると、全てのファイルのタイムスタンプはその時代のものであった。しかも、その時代から一人連れてきてしまっている。

「信じられん。この写真を見てくれ。記録に残っている当時のものだぞ」

「四百年以上前のロックバンドの曲だ! こんなの学生の頃に音楽の授業で聞いたことしかないぞ! 青島訓練兵、後でこの曲のコピーをくれないか!」

 教官たちが興奮気味に遙香と寿和のスマートフォンを調べていると、学長が大に優しく問いかける。

「伴君、この女の子の名前を教えてくれないか」

 大たちが地域のイベントを見に行った時に撮った、最後の集合写真。学長はそれに写る一人を指さした。大に寄り添う控えめな笑顔の少女だ。

「片山……笑美です」 

「そうか、その子が……」

 大と学長の会話に、遙香がピクリと反応する。

「知っているんですか!?」 

 大が立ち上がり、前のめりになる。

「大、落ち着いて」

 遙香の一言に、大は座り直す。

「何のこともない、ただの都市伝説かいたずらかと思われていたテキストや動画が、それぞれの世代が時代に合わせてデータを変換して、ここまで残してくれている。後で君に見せよう。その片山さんの、君宛のものを」

 感極まっているのか学長のうわずる声に、大は声を押し殺して、涙をこらえて前を向く。

「はい、お願いします」


「あー、終わった終わった。教官たちに囲まれて質問攻めで疲れたわ。でも、ようやく一息つけるかしら」

 遙香が大きく伸びをしながら教官室から出てくると、外で待っていた界人が彼らを見つけて近づいてきた。寿和と遙香の二人が揃っている一方で、大は学長に連れられて別室へと移動していった。

「彼はどうなるんだ?」

 界人が何気なく尋ねる。

「まだ、あいつに関する決定がどうなるかわからないわ。でもね、少しだけいいことがあったのよ」

 遙香が小さく笑みを浮かべたが、その表情にはどこか複雑な感情が混じっている。

「いいこと?」

「……まったく、妬けるわよね……」

「まだ、やっぱり伴君のことが……」

 寿和が慎重に尋ねる。

「当たり前じゃない。そんなに軽い女じゃないわよ」

 遙香は言葉に力を込めたが、わずかに目が潤んでいるのがわかる。

「だよね。ごめん、余計なこと聞いたね」

 寿和が頭を下げると、界人がニヤニヤと笑いながら口を挟む。

「なるほど、パイロット科のエースは過去に飛んで、そんなロマンスしてたわけか」

「うるさいわね!」

 遙香が声を上げる。

「私だって……女なのよ……」

「で、その『いいこと』ってのは、彼が過去に置いてきた彼女のことか。そりゃあ妬けるな」

 界人の軽口に、遙香の手が鋭く動いた。乾いた音が廊下に響き、界人の頬が真っ赤に染まる。

「私だって……ずっと……我慢してたのよ……」

 遙香の声が震えている。

「あの二人の前で、泣かないって……」

 こぼれ落ちる涙を隠そうともせず、遙香が顔を伏せる。その姿に、普段の彼女らしからぬ繊細さが滲んでいた。

「悪かった。口が過ぎたよ」

 界人が頬を押さえながら謝罪する。

「でも、君が相手にされないくらいだから、よっぽどの相手だったんだろうな。お詫びに後でメシでも奢るよ」

「干物……」

「は?」

「キュウリの漬物と、本物の干物が食べたい……。金目鯛のやつ」

「干物って……いやいや、この状況で買い物なんて無理だろ。それに本物の干物ってなんだよ。干物に本物も偽物もあるのか?」

「あるわよ。この時代のやつなんて、あんなのただそれっぽいだけじゃない。ちゃんとした魚の干物を食べたいのよ」

「……わかった。今度探してくるよ。ただし、金目鯛がある保証はしないからな」

「ん……それで許すわ」

 鼻をすすり、遙香は笑った。



 大は学長室にいた。どこまでも沈み込むような応接ソファに腰掛け、学長自らが淹れたお茶に口を付ける。香ばしい緑茶の香りは、四百年経っても変わらない。

「それで、笑美が残したものというのは」

 学長がPCを開く。サイズに違和感がないのは、人が触れる道具である以上過度な小型化が避けられたのだろう。反面、かなり薄くなっているが強度は大丈夫なのかと不安になる。

「まずはこれだが」

 フォルダを開くと、大量のテキストファイルだ。全てのファイル名が日付になっている。

「見せてもらってもいいですか?」

「もちろんだ。君が見るためにここにある」

 最初のファイルを開く。

『きっと遙香たちと未来へ行ったと信じ、日記を付けます。あの日から毎日泣いていました。でも、たかしが大の部屋を毎日掃除しようと言ってくれて、ようやく外に出られました。大は元気にしていますか? 会いたいです。帰ってこれるといいね』

 一つ目のファイルで、大の目から涙が溢れだす。学長がハンカチを貸すと、涙を拭いて読み進める。

 日記には、害獣が増えたから犬を飼い始めたということ、毎日その犬を連れて大の家に通っているということ。そんな日常が綴られていた。何気ない日常が綴られているそれらを読む大の姿に、学長も涙を流す。

「すまんね、年を取ると涙もろくなって……そうだ、こんなものもあるのだが」

 それは真空パックだ。中には一枚のメモとマイクロSDカードが入っている。ハサミを借りて中身を取り出すと、まずはメモを読む。

 『大のスマホならこれが見れるよね』とだけ書かれていた。セットするとスマホを再起動し、中をチェックする。学長に見せられているものとは違う、いくつかの動画ファイルやテキストファイルだ。その中に一つ、圧縮ファイルがあった。展開しようとするとパスワードがかかっていたが、誕生日を入力すると簡単に開いた。その中には、遙香に宛てたテキストファイルがあった。

「すみません。あまりにも量が多いので、また読ませてもらって良いですか?」

「君のPCを用意して、コピーして渡そう。そのメモリーチップも、当時の技術資料を探せば読み取れるものが作れるはずだ。手配しよう」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいんだ。この土地は君の生まれ育った町だ。それに、君は四百年以上前を生きた、歴史の生き証人だ。なんでもさせてくれ」

 この土地が? どういうことだと、大は目を丸くする。

 学長の話によると旧岡ノ島町の一部は、この学校を作るにあたり都合の良い立地ということで、少ない住人たちは立ち退きを余儀なくされた。その際、一軒の家から大に宛てたマイクロSDカードなどを収めた袋を預かったということらしい。それがおよそ二百年前。大のいた時代から二百年以上先だ。それからさらに二百年。笑美の想いは、時代を超えてここまで届いた。

 この話をし、学長は号泣していた。

「じゃあ、笑美をこれ以上泣かせないように、早急に戻る手段を考えないと。過去を変えるのって大変そうですけど」

 その言葉に、学長はもう言葉が出ない。この老人、かなりの感動屋のようだ。

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