夜の写真 7

「あかりちゃんは、そのころ本当にふさぎ込んでいたわ。私は、ずっと前からあかりちゃんとは友達だったから、美術文芸部に入るよう勧めたの。大丈夫になるまで、あそこにいて良いって」

 ことね先輩の話は続いていた。私は、息をのんでその話に聞き入っていた。だってまさか、話の真相がそんなことだなんて、思いもしなかったから。

「あかりちゃんから、一度だけ、吉原さんの自動筆記を依頼されたことがあったわ。そこで私が書き留めることができたのは、努力のつらさや、負けることへの不安、負けたくないっていう気持ち、あかりちゃんに、自分以外に負けてほしくないっていう気持ちや、いつかあかりちゃんは自分を超えていくだろうっていう期待。でもその時が訪れたとき、あかりちゃんが自分のもとから去って行ってしまうんじゃないかっていう不安――。他の人への、嫉妬のようなものね。それが余すところなく綴ってあった。吉原さんは、あかりちゃんのことが、本当に好きだったのね。だからきっと、あかりちゃんが、自分から離れていくのが嫌だった」

 それで。

「それで、その後、西之先輩はどうしたんですか?」

「どうもしないわ。でも、私が筆記したその紙を、あかりちゃんは大事そうに抱いていたわ。あかりちゃんも、吉原さんのことがきっと大好きだったのよ」

 ことね先輩は、静かにそう言った。

 

 ああそうか。

 

 私は、思い違いをしていたんだ。

 西之先輩が、あんなに怒ったのは、吉原先輩の名誉を守るためだ。

 吉原先輩が、西之先輩に走って欲しいと思っていることなんて、西之先輩が一番よくわかっていた。

 それでいて西之先輩は、吉原先輩を悪者にしないために、吉原先輩の生霊が他人に怪我をさせていることを伏せて、もしかしたら聲寄せをしてでも西之先輩を説得しようとするかもしれない私を、牽制した。

 西之先輩は、本当に吉原先輩のことが大好きだったんだ。

 それなのに――私は、自分のことばっかりで。


 私は。

 

「お。目つきが変わったな」

 くす、と微笑んで、桜庭先輩が言った。

「あたしさ、あなたのその目、好きだよ。桜並木のあの夜に、あたしを貫いたその視線。迷いなく、やるべきことを見据えているような、ひとりぼっちでも最後まで戦うことを決めた兵士みたいな、そんな視線」

 そんな大層なものじゃない。現に今でも迷っている。――でも。私は。

「――いいの? こよりちゃん? もしかしたら、二人は」

 ことね先輩の言いたいことも、わかる。でも。

 

「わかってます。西之先輩が、本当は何を恐れているかぐらい。

 ――でも、西之先輩にも、吉原先輩にも、ことね先輩にも、本当に申し訳ありませんけど、

 私は吉原先輩をぶん殴ってでも、言うこと聞かせなきゃって思うんです」

 そう、と、ことね先輩は、静かにうなずいた。仕方ないな、というように。


 ――と、その時。

 突然、ぼきっと音がして、見上げれば頭上の桜の木の枝が降ってくるところだった。

 突然のことに、私は眼を閉じ、頭を覆うことしかできなかった。視界の端で、桜庭先輩がことね先輩を庇おうとするのが見えた。――私たちの頭上から、頭をめがけて、覆いかぶさるように桜の木の枝が降ってくる! 

 ――だけど、いつまでも上からの衝撃はなくて、見れば私たちのすぐ横に桜の木の枝が落ちていた。見事に太い枝が折れて、もし当たっていたら怪我をしていたかもしれない。もしかしたら、先ほどは目算を誤ったのか。 

「あ~こよりちゃん! いたいた! 突然帰っちゃうから、どうしたのかと思ったよ~!」

「こ、こよりせんぱ~い」

 すると、遠くから声がして、見ればあんずちゃんとくろえちゃんが、私をめがけて駆け寄ってくるところだった。

 もしかすると、心配して探しに来てくれたのだろうか。

 と、私の目の前まで走ってきたくろえちゃんが、私の両手を突然ぎゅっと握り、そして。

「日下部先輩から聞きました。私、こより先輩のお役に立てると思います……!」

 若干聞き取れるくらいの声で、そう言った。

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