夜の写真 2
「ではみなさん、各々好きな飲み物が入ったところで、二人の入部を祝して乾杯をしましょう。せ~の。かんぱ~い!」
『かんぱーい』
「かんぱーい」
(か、かんぱーい)
ユメコ先輩の温度で、各々入れ物を掲げて一口飲み干す。私も最近自分用のマグを部室に置くことにした。クマのマークが入ったかわいい系のマグだ。何かいいものがないかと探していたら、もう退部してしまった先輩のお古ということで、埃をかぶっていたものを再利用した。これはこれで、結構気に入っていたりする。
「では今までの自己紹介のまとめね。
まず、くろえちゃんは、美術がしたくてこの部活に入ったのね~。得意なのは油絵だけど、何でも大丈夫っていうのが心強いわ。今来ている幽霊部員でないメンバーの中で、美術主体の人はいないからありがたいわぁ」
こくこく、とくろえちゃんが頷く。身体が大きいためか、あまり目立たないけれど、動作は意外と細やかだったりする。かっこよくて、ちょっと怖く見えたりもするけど、もしかするとすごくいい子なのかもしれない。
ここは先輩として、私もいつまでも人見知りみたいなことをしていてはいけない。まずは先輩の余裕というものを見せるのだ。
「く……くろえちゃん、油絵描けるんだ。すごいね! 私、美術はからっきしだから……といっても、文芸ができるわけでもないし、ほかに何か得意なことがあるわけじゃないんだけど……。今度、くろえちゃんが描いた絵見せて欲しいな。一緒に頑張ろう?」
もちろん、そう思ったのは本当で言葉に嘘はない。言葉にするとちょっと恥ずかしいけれど、自然に微笑むことができたように思う。ことね先輩みたいな、綺麗な笑顔には全然及ばないけれど――。
すると、微笑んだ先のくろえちゃんとばっちり目が合った。くろえちゃんは何だか、秘密にしていた小学生の時の日記帳を見られたみたいなそんな表情をして、頬を赤らめている。そして。
「よろしくお願いします。――それから」
――いえいえこちらこそ。ん? それから?
「――お願いします。私の絵のモデルになってください」
えーと、よく聞こえなかったんだけれども……。
「ですからその……モデルになってください。お願いします……」
先ほどの一・六倍程度の声量で、くろえちゃんは言った。モデル――? モデルですか? このチビ貧乳貧相眼鏡のこの私が?
「え? いえ? あ、くろえちゃん?」
「……もちろん無料でとはいいません。先輩のためなら、私何でも……」
いや、そんな風に恥じらったように言われましても。
前言撤回。もしかすると非常によろしくない後輩が入部してしまったのではないか?
「よかったな――。砂川。可愛い後輩ができて」
「私は可愛くない後輩ですいませんでしたねぇ」
けらけらとおなかを抱えて笑う西之先輩を、私は凶眼で睨んだ。この先輩はいつか痛い目に逢わせてやる。
「大丈夫! コヨリは十分にcuteネ! ワタシが保証するネ!」
そんなすさんだ心を、明るいひまわりのような声がかき消した。もう一人の新入部員、イギリスからの留学生、クリスちゃんだ。鼻の周りのソバカスがとてもまぶしい。
「クリスちゃんは、日本の文化が好きで留学してきたんだよね?」
あんずちゃんが、さりげなく合いの手を入れる。これにてとりあえず、私と西之先輩の争いは終了になった。
「そうなのデース! ワタシ、日本の文化、大好きネ、カブキ、ウキヨエ、ゲイシャ、ニンジャ、ブシドー、カタナ、カラテ、カラオケ、ヨウカイ、ナムアミダブツ、ポケモン、カップヌードル、マンガ、アニメ、コスプレ、ドウジンシ、so fantastic! なのでこの部活に入部することにしたネ! よろしくお願いします。先輩方」
そのラインナップから、なぜ美術文芸部に繋がるのかというところではあるが。
「ユメコ先輩が、オリエンテーションの時、美術文芸部の話をしながら、いきなり倒れてしまったネ! でもそのあと、しばらくして起き上がって、またスピーチを再開したヨ! 容姿端麗にして病弱しかし心に秘めた熱い思いまさにヤマトナデシコ! ワタシはそのとき、きっとこの部活はそんな人たちの集まりだと思ったヨ! 入ってみて、確かにその通りだったネ!」
「ユメコ先輩……」
「あはは、ごめんね。私ったら、喋りながら眠くなっちゃって……。ちょっとだけ寝ちゃったけど、でも一瞬だったのよ? ちゃんと起き上がって部長の仕事をまっとうしましたえへん」
新入部員が来ないなと思っていたら、そういうからくりがあったのか。しかし、ユメコ先輩も頑張ったのだ。むしろ変に気骨のない部員にたくさん来られるよりは、芯のありそうな部員が二人も入部してくれるのはいいことかもしれない。
「マンガのイラスト、ワタシとても得意! でもハッテントジョーだから、日本でちゃんと勉強するネ! あと、コスプレも大好きネ! 今度先輩たちに衣装持ってきてあげるヨ!」
「わ、私は、いいかなあ……」
やんわりと、あんずちゃんが断った。むしろあんずちゃんの場合、胸が大きすぎて普通の服じゃ入らないと思うぞ。私はといえばなさ過ぎて、逆にコスプレにはおそらく向きません。
「はっはっは。砂川は胸がなさ過ぎてクリスの服じゃかわいそうなことになるな」
「かわいそうで悪かったですね。西之先輩……」
西之先輩がいちいち茶々を入れてくる。この人、ないように見えて、実はそこそこあるんだよな……。
くそう。悔しいので、なんとか一矢報いることはできないか。
「大体、西之先輩はもう一つの部活の方はどうなんですか。いくら休部中とはいえ、うちなんかよりも新入生たくさん来てて、きっと大変だと思いますよ?」
私がそういうと、西之先輩は一瞬だけ真顔に戻り、しかしまた、あの憎たらしい笑顔に戻って、言った。
「いや――。さすがに休部中の人がすごすごいくのも良くないかと思ってさ。今は休養に専念することしてるんだよ――」
ではこの部活は、休養以下ということですか。
この日は、部活らしい部活はせず、新入生たちの話に花を咲かせて下校することとなった。
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