夜の写真 1

「――西之先輩。一つ質問があります」

「何だい砂川部員。何なりと申し上げ給え」

 西之先輩が、カメラのレンズを磨きながら、余裕の表情で答えた。どうでもいいけどその敬語の用法は間違っています。

 ことね先輩が卒業して、この美術文芸部の部長はユメコ先輩が、副部長には西之先輩が就任することになった。まあ、それはいいとして、だ。

「西之先輩。私はこの部活に入部してから、ここの部員を、ことね先輩とユメコ先輩と、西之先輩とあんずちゃんと、そして私しか見たことがありません。それはどうしてでしょう――か?」

 私は、この一か月弱の間で思い至った、正直な感想を申し上げた。なぜならば、この美術文芸部には、他に部員がいるようには、全く持って思えなかったからだ。

「いや、一応、部員はほかにもいるんだぞ。幽霊部員が多いだけで……」

 たしかにこの美術文芸部の部員は十人程度いるらしいと顧問の先生に聞いた。まあ、それは正直な数だとしよう。たとえもう来る気のない幽霊部員だとしても――だ。それはいい。が。

「では質問を変えます。そのような状態であるにも関わらず、なぜこの部は新入生の勧誘みたいな真似をしないのでしょうか」

「あぁ。いや、それはだねぇ」

 それがため、ほとんど全くやる気のない部活のように映ってしまうではないか。まあ確かに、私も入部直前まで美術文芸部なんていう部活があることは知らなかったわけだけれど……。

「いや、まぁ、一応オリエンテーションのときにユメコが部活紹介で喋ってたみたいだし、認知してるひとはしてるんじゃないか……? それにほら、こういう文化系の部活って、合う合わないはっきりしてるから、無理に入部させても長持ちしないというか」

 それはまあそうかもしれないけれど、人がいなさすぎるのもどうかとは思ったりする。

「柳沢先輩や、ユメコ目当ての部員も結構いたはずなんだけどね……。大体が、四月の書庫整理の後来なくなっちゃうのさ。なんでだろうね。だから、無理に勧誘行為はしないことにしてるんだよ」

 決してめんどくさいからやらないわけじゃないんだぞ、と、西之先輩は言った。まあ確かに、私も男子は苦手なので、ユメコ先輩目当ての男子なんかが入部されると非常に困るところではあるのだが。

 そんな話をしていると。

「みんな~聞いて聞いて~!! 新入部員、げっとしたのよ~!!」

 いつになく興奮気味のユメコ先輩の声がして、部室のドアが勢いよく開いた。満面の笑みのユメコ先輩に手を引かれて入ってきたのは、身長が一八〇センチはありそうな、とっても大きな女の子――。

 身長も大きくて、節目がちな切れ長の目も大きくて、ついでに胸もお尻も大きくて、ないない尽くしの私が横に並ぶとたいそう貧相に見えるだろう。かっこいい。うらやましい。

 そんな彼女が、自己紹介をしようと頬を赤らめ、


「……し、しのはらくろえです」

 

「篠原くろえちゃんでーす!!」


 まさかの聞こえなかったところを、ユメコ先輩が言い直した。

「見ての通り、くろえちゃんは極度のあがり症なので、みんな優しく接してあげてね」

「……よ、よろしくお願いします」

 おそらく、よろしくお願いしますといったんだろうけど、声が小さくて若干聞き取れなかった。この部活、ユメコ先輩といい、西之先輩といい、若干私もかもしれないけれど、一癖ある人間が集まってくる傾向あるように思う。まともなのは、あんずちゃんぐらいなものか。

「ふふ――。そしてなんと、くろえちゃんには、なんと特技があるのです。それはおいおい知ってもらうとして、今日は新入生歓迎会をしましょう」

 酷く嬉しそうなユメコ先輩が、ティーセットの方に駆けていき、くろえちゃんもおずおずと中に入ってきたとき、再び部室の戸が勢いよく開いた。そこにはブロンドの髪に、制服に身を包んだ、青い目にちょっとだけソバカスのあるどう見ても外国人な女子と、あんずちゃんが立っていた。

「み、みなさ~ん、新入部員の子で~す」

「Hello! ハジメマシテ! ワタシ、クリスティーナ・アリエル・ローゼンフォード。イギリスから来た一年生ネ! イギリスのトモダチはクリスって呼んでくれてたネ! 美術文芸部、とってもinteresting clubって聞いてます! ここは一つ、よろしくお願いしますネ!」

 私はさらに確信を新たにする。

 この部活は、やっぱりちょっと変な人たちが集まってくる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る