花の夢枕 6
私は、遠野の山奥の古い家に生まれた。
その家は、里が見渡せる丘の上の、花の小道が続く先に建っていた。遠く、向こうの川を見渡せば、桜並木と線路が見える。
そして、私は遠野の民話、妖怪の話や、不思議な話を受け継ぎ、語り継いでいく、語り部の家系だった。もちろん語り部に家系なんてものはなくて、遠野では昔から、その家の年長者が子供の寝る前に語り聞かせていたものが受け継がれていたもので、だから決して、特別なものではなかった。家系と言ったのは、私の家の女性が、遠野に泊まりに来たお客さんのために、語りをするのを生業として私の母が三代目だったからだ。
とはいえ、私は他の子どもたちよりも、妖怪とか、幽霊とか、そういうものに対して理解が深かったように思う。なぜなら、私のおばあさまは、神様を夢枕に降ろし、言葉を預かることができて、私にもそれができたから。
そして私の銀の髪はおばあさま譲りで、私の家系で生まれる銀の髪の女は、生まれつき身体が弱い代わりに、そういったことができるのだそうだ。
幼いころにおばあさまは亡くなってしまったけれど、それまでの間に私はおばあさまから、たくさんの不思議な話を聞いた。私の家の奥座敷にいらっしゃる、座敷童様の話もその一つだ。
座敷童様は外に出ることもできるけれど、大体は家の中にいて、特に日の射さない奥座敷が彼女のお気に入りだった。赤い服を着た、おかっぱの少女。
あの家に住んでいたとき、私は座敷童様と夢の中でよく遊んだ。お手玉をしたり、綾取りをしたり、毬つきをしたり。オシラサマの着せ替えをしたり。
そういった伝統的な遊びの他にも、一緒にテレビを見たり、音楽を聴いたりもした。座敷童様が見たい番組があるとき、前日に夢枕に経つので、一日テレビをつけっ放しにしたりもした。座敷童様はどうやら、ジャニーズというアイドルグループが好きらしかった。私の家にインターネットが来たときは、朝起きると勝手にパソコンがついていたり、そういうこともままあったけれど、つけたものはちゃんと自分で消すようにと忠告すると、次の日からはちゃんと消してあるようになった。もちろん、座敷童様が何を見ていたかは、ブラウザの閲覧履歴に残っていたのだが。
座敷童様は夢の中で、都会のことが知りたいとおっしゃった。でも、座敷童様はこの遠野を離れることはできない。だから都会の学校に進学して、いろんなものを見てきて欲しいと私におっしゃった。そうして、たまに帰ってきて都会の話を聞かせてほしいのだ、と。おばあさまがそうしてくれたように。
もちろん私も都会に興味はあった。両親に相談したところ、心配だけれど、是非行っておいでということになった。妹だけは、猛烈に反対していたように思う。私が都会に旅立つその日の夢枕で、座敷童様は次に会うときは桜の花が咲くころだといった。そのとき、帰ってきて欲しい。そして、いろんな話を聞かせて欲しいと。
私は都会に出て、いろんなことを見て、聞いて、座敷童様に知らせようと、沢山のことを手帳に書き留めた。楽しかったこと、うれしかったこと。便利なこと。不便なこと。珍しいことに、おいしい食べ物のこと。テレビの放送局が多いこと。そして、その手帳を持って一年たったあの日、意気揚々と実家に帰って、愕然とした。
私の住んでいた家はすっかりリフォームされていて、あの伝統的な遠野の家ではなくなっていた。土間は亡くなっていたし、元は厩だった物置は、きれいなダイニングになっていた。黒塗りの板間は綺麗なフローリングになって、座敷童様のお気に入りだった、奥座敷もなくなっていた。家の骨格だけは残っていたけれど、そこは私が知っている曲り屋ではなかった。
もうここに、座敷童様はいない。
帰る理由もなくなった私は、もう遠野に寄り付くこともなくなった。座敷童様はどこに行かれたのだろう。それからしばらくして、ナルコレプシーの症状が酷くなった。それから何度も、何度も、座敷童様のあの夢を見る。座敷童様がもう一人の少女と一緒に、私を置いて行ってしまう夢。
「こんなことを言うと、笑われるかもしれないけれど。座敷童様は、私の恨んでいるのかもしれない。私がもし、あのとき遠野を離れなかったなら、座敷童様は、まだあの家にいられたかもしれないのに」
私は、そっと目を伏せた。妖怪の話なんか、信じてもらえないだろう。ことね先輩はまだしも、入ったばかりのこよりちゃんには。
感傷に浸ってしまい、馬鹿な話をしたものだと思う。これで、友達になれたかもしれない人を一人失うかもしれない。ああ、でも、座敷童様はなんて思うだろう。座敷童様はきっと一人なのに、私が友達を作るなんておこがましい。私は、極力人と関わらず、この都会の片隅でひっそりと眠りに落ちて行って、そうしていつか目覚めなくなる。それで、十分じゃあないか。
私は、どうでもよくなって、窓の外を見た。座敷童様と約束した、桜の花弁が散っている。だだ、酷く――眠い。
そのとき、声がした。
「――ユメコ先輩。お願いがあります」
長い髪の隙間から、黒縁の眼鏡の位置を正し、貫くようなまなざしで私を見遣る、後輩の姿がそこにはあった。
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