花の夢枕
花の夢枕 1
盛りを少しだけ過ぎた満開の桜の花びらが舞い落ちる頃、卒業式の次の日に、私は「美術文芸部」と書いた入部届を出した。この一年間、帰宅部でやってきたところ、少しだけつまらない心情の変化があったからだ。
私が美術文芸部に入ることを知ったあんずちゃんは、なぜか一緒に入部届を出してくれた。文化部は掛け持ちOKなため、制度上は問題ないのだそうだけれど、一人よりも二人のほうが馴染み易いだろうという理由だ。きっとこれが友達というものだろうか。
「失礼しまーす」
部活棟、美術文芸部室のドアを開ける。美術文芸部の部室は部活棟の西棟二階に位置していて、夕方は西日が差し込んでくることが多い。本棚は、日光に本が直接さらされないよう配置はしてあるのだけれど、もしそれでも西日の当たりそうな場所があったら、カーテンで遮るのが一年生の役目……。といっても、これが私の役目であるのはあともう何週間もないのだけれど。
私が部室に入ったとき、正面の窓のカーテンがふわふわと揺れているのが目に入った。窓が開いているのだ。ということは、だれか先に来ているのだろうか。その割には、話し声や気配はしない。まあ、柳沢先輩曰く、「個性的な部員が多い」という美術文芸部の先輩たちなら、気配を消して本を読んだり絵を描いたりしているということもあるかもしれない。
でも、正面のいつも柳沢先輩の座る席にはだれもいない。本棚の奥だろうか。
窓から垂直に並ぶ書架を左へ折れると、立ち並ぶ書架の間を縫って奥に進むことができる。窓際には作業用の机が配されていて、私はそこを一つ一つ見て回ることにした。
一つ目、二つ目、三つ目――。とりあえず、今のところ誰もいない。
三年生が不在で、終業後すぐここに来たのだから、誰かがいるようには思えないが――。
コツ、コツ、とリノリウムの床をローファーの踵が叩く。今のところ何かに遭遇したことはないけれど、この書架が溢れた部室は幽霊が出現しそうな雰囲気がある。
最後の書架に行き当たる。
私が窓際を見遣ると、ふわりとたなびくカーテンの袂、西日にひそかに照らし出された一角に、彼女は眠っていたのである。
白髪――いや、銀髪の柔らかい髪が、西日に照らされきらきらと揺れる。覗いたうなじの白い肌にほのかに頬だけが紅い。華奢な体。身長は私よりも少し小さいぐらいだろうか。
近づいて、覗き込んでみる。長く、きれいに生えそろった、銀色の睫毛。その睫毛がピクリと震えたかと思うと、色素の薄い唇から、そっと言葉が漏れた。
「――」
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