chopinの手帳 2
「こよりちゃん! おはよう!」
突然見知った声をかけられて、私は少しずれた眼鏡を直して、声のしたほうを振り向いた。よく見知った親友の声だ。
赤毛のツインテール。スイレンの華みたいなやさしい顔立ち。胸は高校生離れした感じに、とてもよく発達している。日下部あんずちゃん。高校に入ってから、私の一番の友達だ。毎朝待ち合わせて、一緒に登校している仲だ。
「おはよう。あんずちゃん」
「おはよう。今日は晴れてて、桜もきれいだね」
「そうだね。もう少しで満開だね」
取り繕うような私の言葉だったが、あんずちゃんには動揺を上手く隠し通せていたようで、満面の笑みであんずちゃんは頷いてくれた。よかった。先ほどの出来事は、きっとあんずちゃんには気付かれていない。
「最近は卒業式の準備で先生たち忙しいから、宿題少なくていいよね」
「うん。期末テストも終わったし、あとは春休みを待つのみって感じ。早く休みにならないかなあ。ねえ。そういえば、今朝の占いで私三位だったんだよ。でも実はこよりちゃんは一位で、思いがけない出会いがあるかもだって!」
「はは。この別れの季節に、それはないよ……」
本当に、それはない。素敵な男子との出会いだって、おそらくこの三月どころか一生ない。確かに占いが当たってくれて、素敵な出会いの一つでもあってくれればうれしいものだけれど。それに、さっきだって。
ふと。
射貫くような視線を感じて背筋が寒くなり、、私はあたりを見回した。その視線は、私と同じ制服の。そして、私はまた。しまった。この桜の木の下は。
『ゆるさない』
「こよりちゃん、どうしたの? 何か言った?」
怪訝な顔であんずちゃんが問いかけで、私ははっと我に返った。よかった。あんずちゃんには聞かれていないらしい。彼女に話していない、東京に来てからは隠し続けている、私自身の秘密について――
ふと気づくと、先ほどの制服の生徒はいなくなっていた。これが占いの出会いだとするのなら、なんて皮肉なものだろう。再会はできればない方がいいです。お願いします。そんなことを神様にお願いしながら、振り返ることなく私は井の頭公園の湖の周りに広がる桜並木を速足に離れた。
今考えると、この始まりはきっと運命だったんだろう。
これは、私が体験した、春風が吹く頃三月の、桜の下の不思議なお話。
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