chopinの手帳

chopinの手帳 1

『ゆるさない』


 朝日に揺れる、もうすぐ満開になるの桜の下、私は自身の聲に驚き目を見開いた。それを気取られないように、私は静かに眼鏡の位置をくい、と直して目を伏せる。


 この春、東京にある三鷹女子大附属高校、通称ミタジョに通うようになってから、早一年が経とうとしていた。ミタジョは駅の方に住んでいる私の家から通学すると、丁度井の頭公園を抜けた先にある。春真っ盛りの井の頭公園の、もうすぐ満開になる桜並木から、気の早い花びらが数枚、ひらひらと舞い落ちてくる。その花びらが制服のブレザーに少しだけ触れると、今日はもしかすると、何かいいことがあるかもしれないなんて、そんなことを思ったりしていたはずだった。

 三月末、ミタジョに通う先輩たちはもうすぐ卒業式だ。私の通う学校も多聞に漏れず、もうあと一週間もすれば、三年生が高校生活を終え、外の世界に旅立っていく。そんな人たちにしてみれば、華の女子高生時代が終わってしまうので、少し寂しいものがあるかもしれない。

 そしてこの時期は、非常に困ることだけれど、「この世ならざる者」が増える時期でもある。まあ、増えたところで、私には関係ないと思って生きてきてはいるのだが、たまに見分けのつかない部類のものもいて、それが入り込んでくることはあり、それだけが困る。

 例えば、そこの湖のほとりに枝を広げる、大きな桜の木の下の、赤い――。


『ゆるさない』


 気づいた時には、もう遅い。私の唇はひとりでに動いて、そんな言葉を発していた。

そしてその言葉を――。彼女は、確かに聞いていた。


「あなたにも、見えるのね。やっと見つけた。アカシックレコードと繋がるあなた」


 振り向けば、そこに彼女は立っていた。

緑の黒髪、と形容するのは、古いだろうか。まず最初目に入ったのは、細くやわらかな、長い黒髪が風に揺れるそれ。次に私と同じミタジョの制服と、三年生の証である青のリボン。最後に、まるで私の心の中を見渡しているかのように見えた。深く深く、でもどこか悲しみを湛えた濃黒の瞳。


 驚きと戸惑いで、私が一言も発せられずにいると、彼女はすっと私の隣を通り過ぎた。ほのかに香る、そう、これは、勿忘草の香り。


「人が来たようね。大丈夫。また、すぐに会える」


 そうして彼女は歩み去った。そうして遠くから、私を呼ぶ友達の声がした。


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