episode3

ばれた。


どうして?


どこで気づかれた?


私の内心はパニックだった。


『そのはんのうやっぱりか。ずっとくちのうごきみてコミュニケーションとってたけど、みんなマスクつけだして、なにいっているのかわからなくなってにげだした、とか?』


全部ばれている。


冷たい風が私とコハクの真ん中を通る。


『くちのうごきをよみとれるひと、はじめてみた。すごいね』


コハクが笑う。


それでもコハクの笑い声は耳の奥で響く機械音に消されて聞こえない。


冷笑か、失笑か、嘲笑か。


「嘲笑ってんの?」


言葉の挑発具合とは裏腹に涙が込み上げてくる。


あぁ、また思われるのか。『可哀そう』『面倒くさい』って。


「…いいよね。健常者は。私は面倒くさいって、可哀そうって、思われないように、必死にさっ、隠して、きたのに……」


唇をかみしめた時、突然両肩に重みが走った。


びっくりして後ろを振り返る。


アカネが後ろから抱き着いていた。


「アカネ⁉」


時計を見ると2時間目が終わり15分休憩に突入していた。


「……今の聞いてた?」


アカネと向き合う。アカネはマスクを外して笑った。


『ずっとまえから、なんとなくきがついてたよ』


アカネの目がうるんでいく。


あぁ、ずっと気づかれていないと思っていたのは私だけだったんだ。


アカネは何かを言っているが目をこする手が邪魔で分からなかった。以前なら「もう、泣きすぎて何を言っているかわからないよ」と笑って言っていたことだろう。


もうばれてしまったならいいや。


「アカネ。手をどけてくれないと私、読み取れないよ」





『だっておかしいじゃん。あんなに真面目に授業受けているのにノートとってないとか。あんなに運動出来るのにバスケみたいなチームでやるやつだけ出来ないフリするとか』


泣きながらアカネがスマホに打った文字を見せてくる。


「気づいてたなら言ってくれたらよかったのに」


私の言葉を聞いてアカネはまたスマホに文字を打った。


『何度も何度も言ったほうがいいのかなって思ったよ。でも、本人が言いたくないなら触れないほうがいいのかなって。リノが言ってくれるまで待とうって決めてたの』


「だって難聴だって言ったら私と関わるの、……面倒くさいって思われるのかなって」


うつむいていたアカネはパッと私を見上げた。


『そんなわけないじゃん! リノはすごいもん。わたしだったらリノみたいにはなれない』


ずっと表面張力みたいにぎりぎりの状態だった。


少し水を足せばあふれ出そうな気持ちを必死に止めてきた。


あふれだしたようにアカネに抱き着く。アカネの背中は暖かかった。


『私がリノの立場だったら全部諦めちゃうもん。どうせ無理だなって。勉強も友達作りも。でもリノは諦めなかった。授業は誰よりも真剣に聞いて休み時間削ってまでノート写して、私とも仲良くしてくれて。私、リノがいなかったら友達0人だったよ。耳聞こえるくせに。だから、リノはすごい。もっと自分に胸張っていい。それでもリノが「私と関わるの面倒くさい」っていうなら私が言う。「そんなことない。リノと仲良くなれたのは私の誇り」って。何度でも言うよ』


文字起こしされたアカネの言葉がまた私の涙を生む。


「泣かせないでよ」


アカネの暖かい手が私の冷たい背中を温めた。





「どうして私がここにいるってわかったの?」


『コハクがおしえてくれたの』


アカネが笑う。


「コハクが?」


『アカネは、おれのとなりのいえにすんでいるんだよ』


少し投げやりな表情でコハクが答えた。


アカネがたまに話していた近所の少年はコハクのことだったんだ。


アカネはスマホで文字起こしをして私に見せる。


『どうせコハクは授業さぼって校内ぶらついてるからリノを探してってスマホでお願いしたの。私、リノにノート見せなきゃだから授業さぼれないし』


『アカネから依頼が来たから探しに行こうと思って屋上から出たらリノがいたんだよ』


コハクもスマホに文字を打つ。


コハクは私にアカネとのメッセージ画面を見せた。

【リノがどっか行っちゃった。別に話さなくてもいいから探して様子みておいて。頼んだ!】


「どうして私が難聴だって気が付いたの? アカネに聞いてた?」


『まさか、アカネはそんな大事なこと言いふらすような奴じゃないだろ』


「じゃあ、何で?」


一瞬、タイムラグが起こった。テンポよく進んでいた会話のリズムが壊れる。


空白の時間を挟んでコハクが口をひらいた。


『……』


え?


コハクのかすかな唇の動きから辛うじて読み取った言葉に確証は持てない。正確にいえば私の脳が拒否したがっている。


思わず瞬きをした私を見てコハクはスマホに文字を打ち込んだ。


『俺、声出ないから』


無情にもコハクが私に差し出したスマホには私の脳が拒否しようとした言葉が並んでいる。


『発音障害ってやつ。だからさ、口は動かしてはいるものの声自体はほぼ出てないんだよ。でも、リノはまるで俺がしゃべったかのように会話を進めた』



コハクが打ち込んだ文字を見つめながら私は先ほどコハクへ発した言葉の罪悪感を覚えずにはいられなかった。



 いいよね。健常者は。私は面倒くさいって、可哀そうって、思われないように、必死に、隠して、きたのに


私だけじゃなかった。必死に戦ってきたのは、コハクも同じだ。



『最初はびっくりしたわ。こいつ、人の心読めるんか?って。でも違和感があった。だから指文字調べるフリをしてスマホでアラームかけてみたり音楽かけてみたりしたけどリノは全く反応しなかった。だからきっとリノは耳が聞こえないんだって思ったんだ』


私にスマホを差し出している途中に突然、コハクが振り向いた。


コハクの視線の先にはコハクが教師からもらったといううさぎの絵本を空に掲げたアカネがいる。アカネの口元は動いているけれども距離があって読み取れない。


コハクはすぐにアカネに近づき、アカネから絵本を奪った。コハクの顔は真っ赤だ。


私が状況についていけていないことに気が付いたアカネが私にスマホの画面を見せる。


『この本ね、昔私がコハクにあげたんだ。中学に入ってすぐだったかな。リノと出会ってずっと発音障害に苦しんできたコハクに伝えたかったんだ。ひとりじゃないって。絶対リノとコハクは仲良くなれると思ったもん。だからお母さんと一緒に作ったの。懐かしいな』


アカネの名は先生せんじゅ茜。あだ名はセンセイ。


先生からもらったってコハクがいうからてっきり教師からもらったのだと思っていた。


なかよくなろうよ。


これはアカネから声が出せないコハクへのメッセージだったのだ。


『そうそうあとね、リノ。私とコハクはねいつも手話で会話しているの。だからさ、手話なんてお手の物だよ。朝飯前。それにリノは私の親友だもん。リノのためなら何でもするよ』


私は左腕を平行に伸ばし、手首を切るように右手を弾ませた。


ありがとう、の手話だ。


アカネは右手を振ってから右手の小指を自身の唇に寄せた。


どういたしまして。


そしてアカネは思い出したように文字起こしのアプリを立ち上げて何か話しだした。


文字起こしされたスマホを私の前に突き出す。


『ちなみにコハクも同じクラスだよ。リノの前の席、空いてたでしょ。あそこ、コハクの席』


「確かに。前の席の人」


コハクが私とアカネの肩をたたいた。振り向けばスマホ画面。


『リノ、アカネ。お願いがあるんだけど』





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