【短編】記念日

ずんだらもち子

記念日

「どうして?」

 ……さ、最初は、き、君が、やたらに手帳を開くことに違和感を覚えた。

「えー、どうして? 社会人なら手帳は必須じゃない? いくらスマホが発達したとはいえ」

 俺も最初はそう考えていた。むしろ見習わなくちゃと手帳も買ったよ。

「そう、お揃いのね。すっごく嬉しかったよ」

 君が勧めてくれた。

「使いやすいでしょ? 毎日たくさん書き込めるし」

 デイリー式は俺の好みではなかったけど。

「喜んでくれたよね?」

 あの時は。

「最近は、見ないけど」

 捨てたんだよ。

「そうなんだ……。あはは、また傷ついたなあっ」

 …………っ。気づいてしまったら、気味が悪くて仕方なかった。

「どうして?」

 会社ではともかく、俺と二人っきりで会ってる時も、いつもしゃにむにペンを動かしていた。

「もしかして、寂しかった?」

 そして次におかしいと思ったのは、あの付き合って1か月目の日。

「覚えててくれたんだぁ」

 君がね。

「覚えてなかったの?」

 さすがにそのくらいの期間なら認識はしてた。だが、わざわざ口にすることではないと思った。

「どうして? 素敵な日なのに」

 中学生や小学生……学生じゃあるまいし。聞いたことあるか、社会人になってまでそんな日を大切にしてるなんて。

「また人の目を気にしてる……悪い癖だよ」

 そうやって君はよく俺を見てくれていた。

「記念日ってさ、すっごいポジティブだと思わない?」

 でも君は俺の話は聴かない。熱がこもると……なおさら。

「だってさ、死んだ日や悪い日を記念日なんて言わないでしょ? 良いことがあった、それも人生において節目となるような素敵な日を、ううん、他人にとってはどんなに些細なことでも、永遠に譲れない、大切な一日にできるんだから」

 だからって毎日……記念日を?

「君が心からの笑顔を私に初めて見せてくれた記念日」

 絶対おかしいよ。

「お弁当を嬉しそうに食べてくれた記念日」

 理解できない。

「初めて手をつないだ記念日……唇を重ねた記念日」

 やめてくれ!

「初めて私を怒った記念日」

 あの時も君はこうして、

「初めて私を睨んだ記念日」

 一方的に言うんだ。

「お昼を一緒に食べてくれなくなった記念日、お弁当が手つかずだった記念日」

 自分に不都合な言葉には耳を塞ぐ!

「私の知らない笑顔を見せていた日……」

 俺はきちんと伝えたはずだぞ……。

「あはは、最近はさみしい記念日も多かった。でも私がダメだから。それを教えてくれてたんだよね。だから自分を戒めるための記念日。それに、そんなこともいつか思い出になるから。そんな日もあったねと笑い合える日が来るからって信じてたんだよ」

 ……俺は、望んでない。そんな未来は。

「……なんでそんな寂しいこと言うの」

 ………………ぐっ。

「あなたが私を愛するって誓った。私もあなたを愛そうと誓った。だからいっぱい愛してる。これまでも、これからも。それなのにあなたは私の愛に気づこうともしないで私を残して一人旅立とうなんて許さない私はどんな時もあなたと離れたくないって言ったのにあなたとならどこまでも一緒に行けるって信じてたのにあんなにもあなたはっ、私をっ、愛してくれてたのにっ!」

 だと……はぁ……すればっ、今日は一体どん…………。

「はぁ……はぁ…………。でも大丈夫、安心して。もうあなたを惑わす人は消えてる。そしてもう、余計な声も聞こえない、余計な顔も見えなくなっていくわ。あなたにはもう私だけしか見えていない。今日は、あなたにとって永遠の愛を誓った記念日。そして私にとっては、あなたを支配した記念日になるんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】記念日 ずんだらもち子 @zundaramochi777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ