第一話⑥

儀式自体は、特に何の変哲もない、お祓いのようなものだった。陣の中心に私が座り、巫女様が巫女鈴をゆっくり揺らして周りを歩く。シャンシャンと耳触りの良い音がする。正座には慣れていたから特にきついとも思わない。空気が澄んでいく感覚がして、少し呼吸がしやすくなる。ゆっくりと深呼吸をすると、耳元で声がした。


「めを、あけて」

「めをあけて」

「みて」

「きいて」


 不快感のない、囁き声。まぶたはあげているというのに、何をいうのだろうか。


「めを。」

「めを。」

「めを、」


 目を細める。何かが見えそうな気がした。


「みみを」「みみを」「みみを」 


 耳を澄ませる。何かが分かりそうな気がした。


 瞬き。


 それは、現れた。


 それは、形容しようのないもの。形を持っていない。ただただ、そこに【ある】だけのなにか。それが口を開く。音とも取れない何かが聞こえる。

 怖い。そう思うより先に思い当たる。そうか、これが、


「カミサマ、」


 しゃんっ


 最後に大きな音を立てて鈴が鳴る。


「…ご挨拶はおしまい。…円さん。」

「…は、はい、」


 それに気がついたことを気取られぬように返事をしたつもりだったが、声は小さく震えていた。大巫女様が笑う。はじめて見る笑い方だった。まるで獲物を見定めるような、そんな目で笑っている。自然と身体が震えてしまう。その表情のまま彼女は楽しそうに告げた。


「…貴女には、巫女の才能があるようですね。」


 そういえば、私は巫女として神社で働く側の人間であったことを思い出す。なるほど、このご挨拶というやつで拾われるのか。


「ま、円が?」


 それを聞きつけて顔を曇らせるのは遥お兄様だ。ずっと一緒に育ってきたのに、突然一人だけ道を外れるとなるとそう思うのも仕方がない。大丈夫だよ、と言おうにも声が出せない。まるで出し方を忘れてしまったかのように、喉の奥がくっついて何も言えない。


「ええ。喜ばしいことね、遥。円には明日から巫女修行をしてもらいましょう。こういうのは早い方が良いわ。部屋も用意させなければ。」

「へ、部屋って…円は神社に住むんですか?!」

「母屋の方にね、巫女修行の部屋があるのよ。凛―廉太郎の姉と一緒なら安心するかしらね。」


 廉太郎お兄様のお姉様!実際に会ったことはないけれど、噂にだけ聞いたことがある。ちなみに情報としても頭に残っている。噂、というのは私と同じくらいの年の頃に巫女修行として神社に入ったこと。夢の中で見た情報では、廉太郎お兄様が十一歳の夏休みに神隠しに遭ってしまったということ。私が七歳ということは、廉太郎お兄様は十歳。つまり、彼女は来年…。

 嫌な想像が頭を駆け巡り、さらに身体は固まった。頭が痛い。巫女様の後ろで、カミサマが何かを呟く。輪郭の掴めない声がする。ぐわんぐわんと頭を揺らされているような、そんな感じだ。眉間に皺を寄せる。助けを求めたいのに、いまだに喉は声を忘れてしまっていた。


「そんな、それだったら俺も、」

「巫女修行は関係者以外立ち入り禁止です。」

「でも円はまだ七つです!俺がいてやらなきゃ、」

「もう七つです。と現世の子なら自分のことくらい自分でしなければなりません。」


 ぐい、と大巫女様が私の腕を引く。私の身体は人形のようにその力に引っ張られて立ち上がった。声だけじゃない、力すら入らない。もしかして、これもカミサマの力なのだろうか?キッと睨みつけようにも、ぼんやりとしたその物体は怯みさえしないことがわかりきっていた。


「さあ、いきましょう、円。」


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