中国で大変なことが!

7-1 市場調査団来たる

 一九九五年は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など物騒な幕開けとなった。結婚前は被害に遭った日比谷線を使って北千住から通勤していた応礼にとって、サリン事件は他人事とも思えない。

 そういった世情とは関係なく、城東通商のビジネスは大きな変化無く続いていた。中国での規制が緩むことは無く、新規の先物取引会社の設立が難しいことから、武漢の弘達期貨以降新しい取引先は増えていない。そして、日本市場に関心を持つ中で筋の良さそうな中国企業は概ねパートナーが決まって、棲み分けが完了したと思われていた。許君はそんな頃入社してきた。

 中国人の許君は大陸式のローマ・ピンインにも慣れており、マックを使って中国語の文書が作成できる。他の同期新入社員に交じって外務員試験の研修に参加した後は、日常業務の手伝いも始めた。特に相場が荒れた日は取引も多く、その処理に許君も駆り出されるのだ。


 そんな多忙な日には、メディアからの取材が入ることも多い。内外の複数の経済通信社が商品先物相場の市況を報道しており、何日かおきにいずれかからの取材電話があった。彼らはいくつかの取材先にローテーションで連絡しているのだろうが、相場が荒れて出来高の膨らんだ日はどこに電話しても多忙を理由に相手にしてもらえないことがある。取材先は無償で情報提供に応じてくれているので、メディア側も取材を強要できない。

 私は、基本的にメディアの取材を断らないことにしていた。そのため取材先が捕まらず困ったときに、記者たちは私を頼りにする。

「森脇さん、今日は大荒れですね。ゴム相場について伺いたいのですが、円安がきっかけの上昇にしては上げ幅が大き過ぎませんか?」

「その通り、想定価格を超えて上昇するので、売り方が疑心暗鬼になった部分はありますね。今は産地が乾季終盤で、在庫は一番苦しい所でしょう」

「では、更に堅調が続くと予想されますか?」

「どうでしょうね……海南島の在庫は余裕があるそうなので、中国勢は高値を追わないという噂もありますね」

「え、本当ですか?」

「うちがどういう会社かはご存じでしょう?」

 業界には、城東通商は中国市場に強い取引員という評価がある。更にいくらかやり取りした後、記者は「お忙しいところ、ありがとうございました」と電話を切った。

「森脇さん、海南島の在庫に余裕なんて話ありましたっけ?」許君が聞く。

「さあね」

「嘘を教えたんですか?」許君が驚いている。

「そういう噂もあるって話だよ。確認はできないから噂なんだし。顔も知らないどこかの市場参加者より、うちのお客さんの利益の方が大事でしょ」

「はあ、そんなものですか……」

 私がいつも取材を断らないのは、こういう取材の困難な日を狙って稀にポジション・トークをするためだ。もちろん、頻繁にやると信頼されなくなるし、狙い通りに上手く行くわけでもない。裏が取れないので書かれないケースも多いし、そもそも勘の鋭いベテラン記者にそういう姑息な手段はは通じない。

「私は森脇さんのストーリーが好きですよ。上手いこと作り込んであって、嘘くさくないし。そのまま書いちゃいたいこともあります」

 飲みに行って、そう揶揄われることもある。


 許君が順調に修行を続ける一方、応礼と私はゴールデンウイーク明けに休暇を取り、台湾で披露宴を挙げた。先に私の郷里でも親族を集めてお披露目を済ませている。私の両親は初めての海外旅行となった。台湾滞在中に結婚写真も撮った。スタジオや屋外で様々な衣装に着替えてたくさんの写真を撮る。大きなパネルも作成した。


 プライベートなイベントが一段落したところで、江蘇省政府の訪日団をアテンドする話が舞い込む。南京環期の胡総経理によると、規制を経ても引き続き省内で海外先物取引を行っている会社は多く、健全な取引かどうかを確認する実態調査するため、監督部門の人々が日本市場の実地視察を行うということだ。とはいえ、実情は観光旅行半分ではないかとも聞いた。中国ではまだ、公務や留学といった建前の無い自由な旅行は難しかったのだ。

 訪日団は、先物市場を監督する部門の羅維民主任以下四名ということだ。日本では主任というと平社員の一つ上くらいというイメージだが、中国の主任は組織のトップとみなされ、羅氏の役職も日本の都道府県庁では部長に相当するポストになる。

 一行のうち一人は英語が話せるということだが、地方政府の幹部に日本語が話せる人材まではそうそうは居ないようだ。そして中央政府の要人ならともかく、地方の職員の視察に在日大使館や領事館が何か世話をしてくれるわけではない。そのため許君が通訳、私が案内係として同行することになった。

 訪日団は到着後、予想に反して勤勉に仕事を始めた。城東通商の会議室に籠って受託契約に関する様々な書類や法令の研究をし、更に投資家から取引員、そして取引所への資金や注文の流れの詳細、更に想定される様々なトラブルとその対処法などについて、私たちは質問攻めとなった。

 環期公司の研修のための資料が役に立ったが、私に分からないことは社内の各部署の人間に聞いて回る必要があった。取引所にも出向いて、別の視点からの裏付け調査も行いつつ、濃密な三日間を過ごした。


 ある程度調査の目途がつくと、訪日団の面々はぼちぼちと自由行動を始めた。自分たちで回れるので基本的に私たちの同行は求められなかったが、羅主任からは特別に依頼されたことがあった。羅氏のご子息は、大手国有企業で非鉄金属輸入の仕事をしている。銅相場でかなりの収益を上げ、若手ながら凄腕のトレーダーとして名を馳せているそうだ。

 そして、当時東京には世界的なスター・トレーダーが居た。今橋商事非鉄金属部長の吉崎隆文氏だ。彼は世界の銅相場を動かす大物と称され、ロンドン金属取引所の参加者は皆が吉崎氏の動向を注視していた。羅主任はこの吉崎氏に会いたいという希望を伝えてきたのだ。会って記念写真を取り、相場について教訓になるような言葉が貰えたら息子への土産話になるという。

 城東通商は今橋商事とも取引があったものの、普段付き合いがあるのは穀物先物を取引する食料部門や東工取の取引に参加する貴金属部だけで、非鉄金属部とは関わり合いがなかった。とはいえ、羅主任たっての希望なので、非鉄金属部と同じ事業本部に属する貴金属部の旧知のディーラーに連絡してみる。

 私は一九九一年の東工取貴金属電算ザラバ取引化を受けて自社にディーリング部門を立ち上げる際、裁定取引で現物売買を行うために商社や海外ブローカーらと折衝して交流を広げていた。


「森脇さん、珍しいですね。最近は他の事に夢中で、お見限りなんじゃないかと心配してましたよ。何か新しい商売ネタでもありますか?」

 電話に出たチーフ・ディーラーの坂本氏は、軽口で応じてくる。

「新ビジネスってわけではないですが、中国の地方政府の人が来日して御社の吉崎部長に面談を希望しています。市場の構造を設計したり管理したりする部門の方ですよ。こういう面会って、どこに頼めばよいかご存じですか?」

「うちや軽金属部じゃなくて、非鉄金属の吉崎でいいんですか?」

 東工取は二年後の九七年にアルミニウム先物取引の試験上場を計画しており、坂本氏はそのことを想像したようだ。アルミは軽金属部が担当している。

「銅先物に興味があるようでして」

「なるほど……上を通すと手続きが面倒になるので、非鉄金属部の同期に吉崎のスケジュールを確認してみます。ちょっと挨拶に寄って世間話って感じでいいんですよね?」

「助かります」

 坂本氏は、有名人に会いたいという羅主任のミーハーな理由を察してくれたようだ。セキュリティやコンプライアンスの甘い時代、取引先やその関係者がふらりと挨拶に来て名刺交換をする名詞集めは出張時に良くある行動で、今橋商事の彼らにとってもお馴染みだ。とはいえ、そうした軽い付き合いから商売に発展する可能性もゼロではない。まして、来訪者はあらゆるビジネスにコネが重要な中国の地方政府幹部で、他部署のとはいえ取引先の依頼でもある。吉崎氏も多忙なのだろうが、快く面会に応じてくれた。

 大商社の部長を訪問ということで酒井部長も同行して吉崎氏に会い、懇談後は坂本氏の案内で貴金属部長に挨拶してディーリング・ルームを見学した。

 目力が強くいかにも体育会系の商社マンといった風体の坂本氏とは違い、吉崎部長は穏やかな紳士だった。話しぶりもハッタリを利かせるわけではなく、この人が世界の相場を動かしているのかと思うと不思議だが、そこが達人のような凄味なのかもしれない。羅主任は非常に感激していた。


 週末には、郊外に出かけたいと言う訪日団一行に横浜を案内することにした。休日に新入社員の許君を駆り出すわけにも行かず、応礼に通訳を頼み込んだ。妻の会社の工場が蘇州にあると伝えると、話が弾んだ。蘇州は江蘇省の有力都市の一つなのだ。

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