第12話 横槍は救世主

「………は?」


 目の前の惨劇の直後、砂埃をかき分けて飛び込んできた人物に、快斗は目をぱちくりさせて呆けていた。


 水色髪を三つ編みにし、元気な笑顔を見せる少年は、その体と同等の長さを誇る虹色の剣を持っていた。

 その蒼瞳に快斗を映し、少年──バハムーナは快斗の持つ草薙剣の刃に直に触れた。


「これはこれはいい刀ですねぇ!こんな代物、『紅日こうひ』の加治屋でも見たことありませんよ!」


「あ?何を言って……」


「おっとっと、初対面でこれは流石に陽キャすぎましたね!失敬失敬。ただ、言っていることが本心であることに変わりはないので、ご理解よろしゅう」


 早口で色々なことを投げかけられ、快斗は混乱した。

 バハムーナは一応謝って、吹き飛ばした二人の方に振り返った。


 砂煙の中から、純白の制服すら汚していないリアンが悠々と歩いてきた。


「うーむ、やはり、あなたは無傷ですか」


「何度も見てきた剣術だからね。それよりも、久しぶりじゃないか、バハムーナ」


「そうなんですか!あなたはえっと……リアン、そう、リアンではありませんか!」


 ここで初めて気がついたような反応を見せるバハムーナ。リアンは苦笑し、彼の背中に隠れているレイナは杖を握りしめながらバハムーナを睨んでいた。


「何、リアンの知り合い?」


「えぇ!友人ですとも!僕らは共に『魔王』を倒した仲だったはずですからね!」


「は?何言ってんのよあんた」


 レイナが怪訝な顔をして問い返した。しかしバハムーナは興味が無いとばかりにそれを無視して快斗とケープに振り返った。


「ちょいと失礼」


「わ!?」


 一言だけ告げて、快斗とケープの足を払った。あまりに自然で滑らかな攻撃を避けることができず、快斗とケープはされるがままに体勢を崩し、バハムーナの両脇に抱き抱えられた。


「では僕はこれで。お元気でやってください!」


「あ、ちょっと!」


 バハムーナがリアンとレイナに笑って地面を蹴った。レイナの静止の声も聞かず駆け出したバハムーナであったが、突然快斗を空へ投げあげた。


「あ!?」


 突然の浮遊感と景色の変化に驚いて、どうにか上下を理解し下を見ると、バハムーナの目の前にリアンが移動していた。


 そして彼は、腰にこさえた白い鞘の剣を、鞘から抜かぬまま振り下ろしていた。その剣を、バハムーナは手に持つ虹色の剣で受け止めていた。


「その子達は僕が先に見つけた悪魔達だ。君が連れていく必要はないよ」


「いいじゃないですか!どうせあなたは殺すんでしょうし、捨てるゴミが誰かの宝物になるのならば、喜んで譲るべきでは?」


「僕はゴミだなんて思ってないよ。もちろん、君の宝物とも思ってない」


 互いの視線が交差する。口調や声色は穏やかだと言うのに、耐え難いせめあいの空気感が、快斗の肌をピリピリと刺激する。


 涼し気な表情とは裏腹に、押し合う刃がギリギリと音を立てている。


「すみませんね、彼が落ちてくるので、ここは突破しますよ」


 押しあっている中、バハムーナが一歩踏み出した。その直後、虹色の光が弾けるように広がり、不可思議な斬撃がリアンを吹き飛ばした。


 快斗とほとんど変わらない背丈の少年だが、背の高い大人なリアンを軽々押し返せる攻撃力を有していた。  


「腕は、鈍ってないね……!」


 吹き飛ばされたリアンが歯を食いしばりながらも楽しげに口元を歪めた。


 落ちてきた快斗を受け止めたバハムーナは、虹色の剣を空へ収めた。


「さらば、また会いましょう!」


 爽快に言い放って、巻き起こる疾風のようにバハムーナは広い荒野を駆け抜けていく。リアンの妨害を超え、ぐんぐん離れていくバハムーナに、レイナが杖の先を向けた。


「逃げるなッ!」


 逃げていく悪魔達に怒号を吐き、それと同時に強力な魔術を放つ。


「『隕石メテオ』!」


「『隕石メテオ』マ!?」


 駆けるバハムーナは魔術の名前を聞いて驚きの声を上げた。

 無視できない大規模魔術。空から降ってくる巨大な燃え盛る岩石が、どんどん近づいてくる。


「ちょちょ!?どうするのあれ!」


「えぇ!どうしましょう!今の僕の剣じゃあれは斬れないですからねぇ!」


 圧倒的質量を誇る隕石を躱す術は無い。抱き抱えられたケープは焦ってじたばたと暴れ始め、バハムーナは逃げつつも逃げられない現状に頭を悩ませる。


 じりじりと肌で降ってくる灼熱を感じながら、快斗はバハムーナの言葉を聞き取った。


「今の剣じゃ斬れないってか!?」


「ええ!誠に恥ずかしながら、あれは不完全なもので!」


「じゃあ、これでも使え!」


 快斗は草薙剣を乱暴にバハムーナの前へ投げ飛ばした。宙を舞う紫色の等身を持つ刀は、バハムーナの視線を釘付けにし、その瞳を輝かせた。


「こんないいもの、いいんですか?」


 世界に尋ねるバハムーナ。飛び上がり快斗をまた上へ放り投げて草薙剣を握りしめた。


「ほう……」


 少し眉をひそめたあと、直ぐにバハムーナは頷いて、


「すみません。片手では扱えないようで」


「へ?」


 言い終わるのと同時に、今度はケープを上へ放り投げた。落ち始めていた快斗がケープの腕を掴んで引き寄せる。


 空中を舞う二人の眼前に隕石が迫っている。


「やばぁい!これ死んじゃう!」


 死を感じたケープは泣き叫ぶ。が、快斗が見ているものは隕石ではなかった。


 地面にしっかりと両足を付けて構える、バハムーナの姿だ。


「いい刀です。しかし、随分と持ち主は選ぶようで」


 小さく呟いて、下から斜め一閃。振り上げられた草薙剣は、紫色の弧を描いた。


「ふぁ!?」


 その直後、ケープの目の前で信じられないことが起こった。巨大な隕石が格子状の模様を浮かび上がらせ、その模様通りにバラバラに砕け散ったのだ。


 隕石は一気にその威力を落とし、それぞれが地面に落下した。ケープと快斗、もちろんバハムーナにも当たらなかった。


 が、まだ危機は脱せていない。


「大振りの後、隙があるのも変わらないね」


 降り注ぐ隕石の破片をくぐり抜け、リアンが白剣を振りかぶる。動きを最小限に抑えられた究極の剣術は、バハムーナのものとはまた違う極地にある。


 隕石を斬ることと草薙剣の扱いに全神経を集中させていたバハムーナには、リアンに対処する時間も力もない。


「──べ」


 舌を出し、こうなると分かっていたバハムーナはリアンに笑みを向けた。

 それは、面倒なくらいに丁寧な友人に対して、「面倒だよお前」とバハムーナなりに短く伝える方法であった。


 そして迫る白い剣は、バハムーナの細い首をなで斬りしようと唸り──


「ん」


「おお」


 この瞬間、両者が感嘆の声を漏らした。


 そのリアンを狙うように、砕けた隕石の破片や煙を押しのけて、紫色の炎の塊が割り込んできた。


「やるね」


 白剣は軌道を変え、リアンの身を守るように構えられた。紫色の炎は白剣に受け止められた途端に光に抹消される。


 が、バハムーナが逃げ出す程度の時間は稼げた。


「ナイスアシストですよ!白髪のお方!」


 空中で爆風に揉まれながら落ちてくる快斗にそう言って、バハムーナは再び走り出す。


 落下地点に先回りしてケープと快斗を受け止め、今日一速く足を回し、とてつもない速度でその場から離脱する。


「もう止まるなよ!」


「ええ!素晴らしいアシストまでもらいましたし、ここは全力を出しましょう!」


「最初っから出してよ!」


 危機を脱して逃げていく三人。その小さくなっていく背中達を眺めながら、リアンは口元を拭って笑った。


「やってくれたね。元『剣聖』」


 『勇者』はこの時、世界の危機を悟った。

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