第11話 光を遮る邪魔者

「『勇者』?いい能力だね、私は、あなたがそれに選ばれるのに相応しい人には見えないけど」


 いつになく警戒した様子のケープが、快斗を後ろにかばいながら強く言った。

 そんなケープに肩をすくめて苦笑した。


「あまり言われたことないなぁ。でも、それも一つの意見さ」


「気味が悪いね。私達を殺しに来たの?」


「それは君達次第だよ。優しい心を持っているなら、殺したりなんかしない」


 快斗を蚊帳の外に、ケープと『勇者』リアンが会話を続ける。その間、快斗はケープと同じようにリアンという青年を警戒しつつも、先程気づいたことが頭の中で渦巻いていた。


 もしかしたら自分の持つ考えが正しいのかもしれない。それは生前、難しい問題を解く時に、覚えていた方法を片っ端から試していく時の高揚感に似ていた。


 目の前の現象よりも頭の中に描かれる方程式の方が熱中できる。そんな快斗は、この時も自分の考えに浸っていて現実を見ていなかった。


「ふーん……でも、後ろの子はそうじゃないみたいだよ!」


 ケープが力んで叫んだ。その瞬間、地面から巨大な腕が二本生えのびて、快斗とケープの上を手の甲で覆った。


 屋根のようになった巨大な腕に、天空から落ちてきた炎が直撃し、爆発した。

 怨念は魔術によって砕け散り、爆風に紛れてケープは快斗を引き連れてその場を離れた。


「快斗ちゃん集中して!」


「悪い!」


 炎から逃れてようやく快斗も現実に目を向けた。話しかけてきたリアンとは逆方向から、快斗達を狙っていた人物がいる。


 巻き起こった砂煙の中から顔を出したその人物は赤い髪を短く切った、背の低い女性だった。


「当然でしょ?悪魔に慈悲なんてかけてやらないんだから」


 細い枝のような杖を持ち、気だるげに振る舞う女性はそう言った。


「彼女はレイナ・マーシフル。『聖女』の能力を持つ者だよ」


「ちょっと!なんで悪魔に名前と能力教えてんのよ!」


「仲良くするためには、まずは自己紹介だろう?でも君は照れて名前を言ってくれないから」


「照れてるんじゃなくて、常識的に考えておかしいでしょって言ってんの!」


 快斗達が目の前にいるというのにいつも通りっぽい会話を展開する二人。状況の殺伐さと会話の朗らかさのギャップに困惑する。


「ケープ、『勇者』とか『聖女』って……」


「多分、この世界で生きる人に与えられる能力のことだよ。その名前なんだと思う。それで、ここにそんな唯一無二っぽい能力名の人達がいるってことは……」


 この世界の人々に、快斗達が『勇者』を使わざるを得ないほど凶悪、もしくは害悪に思われている可能性がある。


「とにかく、この人達がこの世界でも上位層に食い込むほどに強いことには間違いないよ」


「なんでそう思うんだ?」


「なんとなく。でも、本能がピリピリ反応してる。多分、あの人達の使う攻撃手段は──」


 ケープが喋りながら怨念を集めていると、不意にレイナが杖を振り上げた。


「もういいわ。リアンの話聞いても無駄だし」


 短く呟いた直後、快斗は寒気がした。魂が持っていかれそうな程に、未知なる恐怖を感じた。


 しかしこれは初めてではない。生前にも一度感じたことがある。


───胸を貫かれ、死を待っていたあの時だ。


「ケープ!」


「分かってるよ!」


 言葉を跳ねるように発し、地面を強く蹴った快斗。それとほぼ同時にケープも快斗とは逆方向へ身を動かした。


 その直後、また空から魔術が降ってきた。


 今度は炎ではなかった。快斗には光が通り過ぎたように見えたが、地面を見て驚いた。  

 はるか遠くまで地面がぱっくりと割れていた。


「飛ぶ斬撃ってやつか!?」


 アニメでよく見る傷跡に、快斗は思わず叫んでしまった。

 剣を振るわずに放たれる斬撃。避けずに突っ立っていたら、今頃体は左右に割れて死んでいただろう。


 杖の一振で、快斗の命は失われかけた。その事実が、少なからず快斗の精神を抉った。


「この世界、急展開すぎるんだよ……!」


 初めての異世界で不安になって、同じような状況な悪魔とある程度生き残れるようになって、それからまた越えられなそうな壁にぶつかった。


「可哀想だよ。まだ僕らは話し合いの余地がある」


「だからないっての!悪魔の時点で悪!常識じゃない」


「常識にとらわれるのもよくないと思うんだ」


「あー言えばこー言うわね!」


 幸い『勇者』と『聖女』が場に似合わぬ喧嘩を引き起こしてくれているおかげで本気の討伐をされずに済んでいるが、次にどうすべきか、気づけるか分からない。


「……これは、本格的にやばい気がしてきたな……」


 この世界に来て初めて快斗は草薙剣を鞘から引き抜いた。鈍く反射する自分の顔がひきつっているのが見えた。


 護身用だが、あの光の斬撃を防げる気がしない。それに、異様に危機感を煽られるあの光はおそらく──


「──悪魔の弱点」


 刃物が脇腹に添えられているような、目の前に細い針を構えられているような、血が流れる手首を見つめ続けさせられているような不快感。


 あれはきっとくらってはいけない。


 地面の傷跡から分かるほどに攻撃力があり、弱点であるならば尚更この体が耐え切れるはずがない。


「さて……どうしたものか……」


 快斗は震える手で草薙剣を持ち、生前の剣道と同じように構えてみせた。


「──あれ?」


 と、突然リアンが後ろを振り返った。快斗達から見て右側に何かがいたのか、リアンの目は疑念の色に染まっていた。


 『聖女』含め、リアン以外の人物も同じようにその方向へ目を向けようとしたその時──、


「失礼」


 そんな短い呟きが聞こえた瞬間、とてつもない波動のような斬撃が、『勇者』と『聖女』を呑み込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 それはこの人物にとって、久しぶりの遠征であった。


 太古の昔、自分が殺した強者と似ている魔力の反応を感じ取ったからだ。


 地を駆け、空を蹴り、水を踏む。自由自在な動きをするこの人物は、考えられないほど高速で目的地へと辿り着いた。


 そこには人間らしき人影が四つあった。


 そのうちの二つ、目をくらませるほどに眩い光を放つ魔力は、見知ったものであったので気にならなかった。


 だがもう二つ、特に紫色の刀を持っている方に興味が湧いた。


 今まで見てきた中でも、その刀は突出して美しく、鋭く、恐ろしかった。底知れぬ鈍い輝きに惚れ込んで、この人物はその持ち主側につくことに決めた。


 今、この瞬間にだ。


「──あれ?」


 光の魔力の持ち主のうち、片方がこの人物の存在に気がついた。


 それでもこの人物は走りを止めず、自らの剣を空から引き抜いて、一言詫びを入れた。


「失礼」


 これまた久々の剣だったが、その腕はなまっていない。岩を塵にするほどに残酷な斬撃で邪魔な光を覆い隠し、本命へと声をかけた。


「やぁやぁこんにちは!私はバハムーナ!『魔王』討伐に尽力した英雄、『剣聖』にございます!」

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