第9話 誰かの夢
「あんたって本当使い物にならないわよね」
甲高い女の声。鋭い敵意を含んだそれは、聞いている自分に対しての罵倒だった。
「どんくさい。人間の気持ちと対話なんかしてないで、無理にでも従わせなよ」
なにかダメなことをしたのだろうか、何人もの『友達』からダメ出しを受けた。
──いや、そうだ。私が、人間を殺すのを躊躇って、怪我をしたんだ。
「──ごめん、ね」
「その謝り方、キモい」
誠心誠意の謝りだったのに、否定されてしまったら、何をしたら許してもらえるのか。
いや、それは本当は分かっていた。もっと、上手く、人を襲えたら、生き物を恨めたら、世界を憎めたら───、
「悪魔もどき」
悪魔として、苦労しなかっただろうに──。
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「………ぅあ?」
急な頭痛に、快斗は頭を押さえ込んで上半身を起こした。体を見渡して、辺りを見渡して、何も変わっていないことに気づく。
───奇妙な夢を見ていた。
悪魔として生を受けて、周りとは全く違う価値観で育ってしまった、悲しい少女の夢──
「あ!快斗ちゃん起きた!」
「ご!?」
考え事をしている快斗の頭を、強い衝撃が襲った。突然の攻撃に目を回し、快斗が視線をあげると、そこには嬉しそうに微笑むケープが立っていた。
「2日も起きないから心配したよ。快斗ちゃん痙攣して、鼻血も止まんないから、死んじゃうと思って焦ったんだから。狼の呪いかもしれなかったしさ」
そう言って快斗の身に起こったことを説明してくれるケープ。あんまり気にしてなかったという雰囲気のくせに、目元にはっきりと涙跡があるせいで説得力がなかった。
昔から、ケープは人の不幸を自分の事のように悲しむくせがあるのだ。快斗はそれを知っているから、その涙跡にツッコもうとして、違和感を覚えた。
その昔からのケープの特徴を、何故快斗が知っているのか。懐かしく思うのは何故だろうか。
「快斗ちゃん?」
「あぁ……なんでもない」
頭を掻きながら快斗は立ち上がった。降り注ぐ太陽光を全身に浴びて、目の前が歪むような目眩に不快感を覚え、快斗は目を擦った。
未だに不思議な違和感が残る。弱い頭痛が続いており、すっきりしない不快感がずっと内にある。
「快斗ちゃん、なんで倒れちゃったの?」
「さぁ……なんか変な夢を見てたよ……すごい長い夢」
「夢?夢って言った?」
快斗の発言にケープが首を傾げた。そんなにおかしな事を言ったかと快斗はケープの反応を不思議に思った。
「悪魔は寝ている間、滅多に夢を見ないんだよ。夢を見る時と言えば、そういう能力の悪魔さんか、死ぬ未来が近い時とか……」
「縁起でもないこと言うなよ。異世界って何があるか分からないんだから」
夢を見たかどうかで未来を決められるのは嫌だが、悪魔の生態がそうであるのならば、快斗は死ぬ未来が近いことになる。
だが死ぬ未来が近しくて見えた夢ならば、その夢は自分が死ぬ夢ではないのか。
「俺が見たのは知らない女の子の夢だった。そいつも悪魔……だった気がする」
「悪魔の女の子の夢?なにか関係があるのかな……もしかしたら、それが快斗ちゃんの能力の一片かもね!」
考えられる可能性として信じたいのはそっちだ。死ぬ未来確定より、未知の能力の発現の百倍マシだ。
「だとしても不可解すぎるだろ」
おかしな夢の正体は分からずじまいになってしまった。
ただの杞憂であることを快斗が願っていると、ケープが思い出したように口を開いた。
「そういえば、召喚主がもう動いていいって」
「そうなのか……動いちゃいけないって話だったよな」
「うん。なーんか急に、『ご自由にどうぞ』って感じでさー。何が変わったのか分からないけど、命令がなくなったから動こうと思って」
ケープは快斗の手を取って引っ張ろうとしながら、
「快斗ちゃんも一緒に行こう?この世界のこと、私達何も知らないからさ」
「……あぁ、そうだな」
鈍く続く頭痛に耐えながら前を向く。未だに目眩はするが、それでも歩くのに支障が出るほどじゃない。すぐに良くなるはずだ。
今はこの小さな体調不良より、世界の情勢を知りたい。
まだ何も知らないままだ。何にも知らないから、何も出来ないままでいる。
「行こう、俺もやらなきゃならないことがある」
決意めいた快斗を見て感心したケープ。それから快斗の顔を覗き込んで、
「快斗ちゃん鼻血出てる」
そんな締まりの悪いセリフを吐いたのだった。
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荒野の真ん中を、ゆっくりと進む馬車がある。
その中には白髪に白い制服、白い剣を腰にこさえた青年が座って目を閉じている。
「何寝てんのよ」
青年の隣に座った女性がふてぶてしくそう言った。青年はその声に目を開けて振り返り、美しい笑顔を見せた。
「寝てないよ。魔力を練っていただけ」
「あっそ。そんな事しなくたって、あの魔力の規模じゃあんまり強くない悪魔だって分かるじゃない。本気だすほどでも無いでしょ?」
「そうだね。でも、念には念を、だよ。『魔王』の手下かもしれないし」
青年──『勇者』と人々から呼ばれる青年は女性に対してそう微笑んだ。
憎たらしくも完成されたその顔面は、大抵の女性の初恋の相手を総ナメしていける代物だが、目の前にいる女性は気にもとめない様子でため息をついた。
「まっさか。今はだんまりしてるあれが?」
「いつ本気出したっておかしくないだろう?」
「ふーん……」
再び目を閉じ、精神を統一し始めた青年。そんな状態でも、彼は自身の剣の柄を握りしめていた。
彼に何を言っても無駄だと態度で示され、女性は諦めて窓から外を眺めた。
流れゆく景色の中、何匹かの魔獣がこちらを狙って並走しているのが見えた。背の低い草が絶妙に邪魔して魔獣の場所が捉えずらい。
この食料庫少ない地域で、確実に食物を得るために洗練された狩りの技術。普通の動物と何ら変わりない進化をしている魔獣を、女性は眉をひそめて眺めていた。
「ほら、『勇者』さん?魔獣を葬ってくださる?」
「君の魔術の方が確実だろう?僕が出る幕じゃない」
「うっざ。働きたくないだけでしょ?」
「今はその時じゃないってだけさ」
「そ。まぁあんた、楽しそうだもんね」
目をつぶったまま笑顔の青年に見て女性は思ったことをそのまま口にした。その言葉に青年は何も反応しなかったが、女性は自分が言ったことが正しいということを知っている。
「あの悪魔達が、『魔王』の差し金じゃないこと、知ってるくせに」
誰にも聞こえなかったその呟きの直後、馬車に飛びつこうとした魔獣達が一斉に降り注いだ炎によって焼き尽くされた。
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