第7話 天の川

「じゃあ次!快斗ちゃんは悪魔初心者、もっと言うと魔術がある世界線が初めてってことで、魔力の使い方を教えたいと、思いまーす!」


 楽しそうに腕を上げて宣言するケープ。それに合わせて快斗も手を挙げて「いぇーい」と反応した。


「ノリノリだねー!ではまず、魔力を感じてみようー!」


 ケープが手のひらを差し出し、そこを見るように示唆した。しかしいくら見つめても、快斗の目に変化は見えない。

 が、その手のひらに何か危険な存在を感じる。ピリピリと頬が引き攣るような感覚がある。


「なんか不気味でしょ?これが魔力だよ」


「何も見えないけど……」


「練習していけば見えると思うよ。悪魔ってのは魔力の塊みたいなものだから、魔力も目視できるはず」


 魔力でできた体は魔力に対する抵抗が少なく、反応がいい。

 なので体内にある魔力も、その存在を知ってしまえば、後はイメージするだけで簡単に活用できる。


「こんな感じ?」


「早っ、覚えるの」


 快斗がケープに向けた手のひらに体内の力を集めて放出する想像をしてみると、ケープがそう反応してくれた。


 手のひらから何かが出ていく感覚と、体内の残量が果てしない速度でなくなっていっているのを感じる。

 これが魔力かと快斗が実感していると、ケープが慌てた様子で快斗の手を握ってきた。


「大丈夫!?こんなペースで魔力吐き出したら死んじゃうよ!?」


「え?そんな感じはしないけどな……」


「嘘。魔力が枯渇すると気持ち悪くなるんだけど、それもないの?」


「ない……ないな」


「うへー、もしかしたら快斗ちゃん、めっちゃ魔力持ちかもねー」


 どうなら魔力の総量は個人差があるようで、快斗の魔力はケープよりずっと多いらしかった。たった今吐き出した魔力全部で、ケープの魔力総量と同じくらいだという。


「魔力が多いと魔術の使える数が増えるからいい事づくめだよ!」


「ケープはその量で大丈夫なのか?俺が2秒くらい吐き出したのと同じ量なんだろ?」


「ふふん、侮ってもらっちゃ困るよ」


 そう言うとケープは手を地面にかざした。すると地面から半透明の白い腕が生えのびて、ケープの五本の指に指をそれぞれくっつけた。


 その腕の内部を、血液のような液体が脈打ちながら進んでいく。五本の指に別れてケープの指の中へ入り込んでいくその液体は快斗が手から吐き出した魔力と同じ感じがした。


「これが怨念の具現化で、この腕から流れてくるものはこの地に根付いている魔力だね。大気中の魔力を食べたり、自分で練るのもいいけど、私は怨念達が持ってきてくれるのが一番早いからこうしてる」


「なるほど、供給源があるのか」


 魔力の量が少ないのならば、その分取り入れればいい。能天気そうな割にしっかりと弱点補正しているのが意外だった。

 快斗の魔力の量は多いが、それでも限界はある。魔力を増やす術も覚えたいた方がいいだろう。


「それじゃあ、今度は魔術だけど、魔術っていうのはイメージ、想像力だよ」


「うわ、一番苦手まである」


「大丈夫大丈夫!イメージって言っても特異なことはしなくていいから。私が見せるものを想像してみてね」


 ケープが今度は地面にかざした方とは逆の手のひらを上に向ける。すると手のひらの上に黒紫色の小さな炎が出現した。

 風に揺れて消えそうになるも、すぐに元の大きさを取り戻すということを繰り返す炎。


 それは、快斗が人生で初めて見た魔術であった。


「こんな感じ。魔力を動かすことは出来たから、それを必要数出して炎にする感じ。同じ場所に維持するのは、魔力をずっと消費し続けるから気をつけてね」


 注意をきちんと聞き入れ、快斗も見よう見まねで同じことをやってみた。魔力を手のひらへ集中させ、それを炎に変えるイメージ──、


「まぁ初めはそんなに上手くいかないんだけどね。この私だって苦労したんだから」


「できた」


「私の発言がすごく恥ずかしくなっちゃった」


 自らの経験を思い出し、魔術の大変さを語りだそうとしたケープに、快斗が手のひらに燃え盛る炎を見せてやった。

 ケープのよりも大きく、されど風に煽られようと全く規模を失わない炎は、実に完璧に再現されていた。


 そのあまりにできすぎた魔術にケープが唖然としていると、快斗は炎を邪魔がって遠くへ放った。


 少し先へ落下した炎は、地面に衝突した直後に爆裂し、砂埃を巻き上げて快斗達へその威力を示してくれた。

 

 地面にちょっと大きなクレーターができるくらいの威力だった。


「君って本当に初心者悪魔?」


「俺もよく分からないんだよ。この体、貰いもんだしな……」


 別れ際、テアドラが少し寂しそうな表情で快斗を見送ったことを覚えている。その時に言った「兄さん」という単語も。


 髪色から瞳の色まで、特に似ている点は無いが、本当に兄妹なのだろうか。それとも、「兄さん」というのは愛称の一種だったのだろうか。

 

 だとすると、快斗の今の体には前の持ち主がいたことになる。つまりは死体に移り住んでいることになるのだが、


「正直それも辞さないくらいの覚悟はあるからな」


「おー立派」


 本来ならば死んでいる快斗が生きられるのは、この死体のおかげ。ならばこれ以上は望むまい。


「私が教えられるのはここまでだねぇ。魔術と能力のこと教えちゃったら、あとは私何も出来ないもの」


「分かりやすくて助かったよ。俺は教科書ありきじゃないと上手くいかないからな」


「ふーん……それって大変な生き方だね」


 そうこうしているうちに、時間は意外と過ぎていたようで、太陽が地平線に沈んでいくのが見える。


 頬を撫でる風の温度が下がり、涼し気な夜風が気分を落ち着かせてくれる。


「快斗ちゃん、空見ててみて。すっごい綺麗だよ」


 文明のぶの字もないこの場所では、空の変化がよく見えた。

 ケープに言われた通りに視線を空へ向けると、そこには太陽の光に隠れていた星々が次々と顔を出していた。


 キラキラと散らばった星々は、各々の光を存分に顕現させ、快斗の世界で言う、天の川を形成していた。


「俺の地元じゃ、見た事なかったかもな」


 そもそも、空に目を向けられるような人生じゃなかったかもしれない。


 母に苦労させて、苦労させないように家事は全部やって、本当ならば部活もやらない予定だった。

 母には断固拒否されたが、バイトだってやるつもりだった。けれど、榊が剣道を勧めてくれて、その装備も貸してくれたから、その部活に入ることにした。


 そんな快斗を責めず、「楽しいなら良かった」と母は快斗を認めてくれていた。


 そうなっても、快斗は空を見上げなかった。


「そんなに余裕なかったかよ……結局ずっと心配だったんだな」


 物理的に見て余裕さも増し、高校受験もするという方針が固まり始めた頃、母親が死んでまた余裕がなくなった。

 榊のおかげでまた立ち直れて、それでも自分の人生どうしようかと悩んだ挙句、バイトで食いつないでいく道しか思いつかなかった。


 今思えば、快斗は周りに助けられてばっかりだった。母と榊に、まだきちんとお礼をできていない気がする。


 そんな簡単なことを、空の星々を美しいと感じるまで、気が付かなかった。


「俺はいっても秀才だな、天才じゃない」


 自分の平凡さに、快斗はため息をついた。


「なんか嫌なこと思い出してた?」


「まぁ、ちょっとな」


「そっかぁ、人間だもんね。色々悩んでしょうがないよ。人間ってば動物の本能と神様の知能が合わさってできてるからさ、思考が歪なんだよ。だから悩んでしょうがない。一番生きづらそうだもん。人間」


「文明が発達すれば、それも多少緩む……いや、文明が発達して、知能が神に近づけば近づくほど、歪さは増すか」


 なんとも嫌な発展を遂げたものだと快斗は思った。動物の本能と神様の知能の共存。その表現を快斗は中々気に入った。

 それが生まれた時からの宿命で、仕方の無いことだということも理解した。


 だが、それが母親のことや自分のことでここまで悩んだ理由にはならない。


 生まれながらではない。快斗にもっと才があれば、もっと上手くできたかもしれなかった。もっともっと、上手く上手く上手く───、


「………あ?」


「もう、嫌なこと考えすぎ」


 また空から目を逸らしていた快斗の頭を、ケープの冷たい手が撫でてくれる。変に温かみがないその手が、なんだかとても心地よかった。


 同じ種族じゃないからこそ、吐き出せるものがあるのだろうか。


「悪ぃな」


「君ってば結構若い人間でしょ?それで死んでここに来て普通にしてるなんて、無理しすぎじゃない?」


「え?」


「辛かったでしょうに、怖かったでしょうに。」


「……あぁ、まぁ、それはもう理解したから」


「でも……理解と納得は違うでしょ?」


 下手したら人間よりも人間らしいのではと感じるほどに、ケープの言葉は暖かい。そんな言葉に身を委ねてしまいそうになるが、快斗は再び空の星々を見上げ、歯を食いしばる。


「どうってことない。もう後には戻れないからな。先のことを考えるしかない」


「それができたら、君は人間じゃないよ」


「それでもいい、それでもいいんだよ」


 それはケープに伝えた言葉と言うよりも、自分に言い聞かせる言葉のようだった。嫌な気分も、間違う不安も、全部無視した、ただ一つの意地だった。


───母が、生き返らせる。


「それが、俺の生きる目的だからな」

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