第6話 初めてのエンカウント

 目を開けるとそこは、異世界だった。


「──は?」


 どこまでも続く青空。雲が沢山空に浮かんでいた。どこでも見れる絶景。


 ブルベすぎるそれに見飽きてきた頃、自分が寝そべっていることに気がついた。


「あ、起きたー?」


 そんな快斗に気抜けた声が降ってきた。快斗の視界を埋め尽くすように覗き込んできたのは、サイドテールの髪を揺らす女の子だった。


 快斗と同じくらいの年齢に見える彼女は、目を覚ました快斗に微笑んで、


「ようこそ異世界へ!ねぇ、君はどんな世界から来たの?」


 そう元気に問いかけてきた。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「私はケープ。よろしくね」


「俺は天野快斗。よろしく」


 ケープと名乗った女の子は、快斗に手を差し出してきた。快斗も同じように自己紹介してその手を握った。

 握って驚いた。想定していた人間の温もりが全くなかったからだ。


 黒い爪を長く伸ばし、細く肉付きのない指は不気味だったが、近くで比較すると快斗の指とそこまで違いはなかった。


「ねぇねぇ、君はどんな世界から来た悪魔さんなの?」


「悪魔?」


「ん?君、悪魔じゃないの?」


 ケープが当然のように快斗の種族を決めつけたので不思議に思って聞き返すと、ケープは自分の瞳を指さした。


 快斗を映す真っ赤な瞳。それは快斗の左目にあるものによく似ていた。


「この赤い目は、悪魔の証!だから君も悪魔のはずだよ?片方青いから不思議さんだけどね」


「赤い目は悪魔……そんな常識があるのか」


「多分、ほとんどの世界線でそうなんじゃないかな」


 ケープもどうやら違う世界からこの世界にやってきた異邦人であるらしく、彼女の知識がこの世界のものだとは断定できそうになかった。

 それでも言葉が通じる存在が近くにいたのは幸運なことだ。


 見渡す限り、快斗達のいる場所は荒野のど真ん中だ。背の低い木や草しか生えていない砂地で一人ぼっちだったらと考えると身震いする。


「快斗ちゃんさぁ、召喚主がどこにいるか分かる?」


「召喚主?」


「あれ?快斗ちゃん召喚主も感じ取れないの?てことは、快斗ちゃんは呼び出された悪魔じゃないのかな」


 ケープの話によると、彼女は何者かによってこの世界に召喚されたのだという。


 悪魔を召喚するのには対価が必要であり、それに応じた悪魔は、召喚主の命令に従う義務がある。


 その召喚主というものは、通常は召喚した悪魔の目の前にいることが多いのだが──、


「なんか見当たらないんだよねー。ちょっと遠くまで行って探してみたんだけど、それでも駄目だった。しかも、ここら辺から動くなって命令だけが頭の中で聴こえるんだ」


 ケープは悪魔の中でも知能は高い、つまりは人間に近い存在であるため、この場所から動かないようにしている。

 そんな最中、いつの間にか目の前に快斗が寝ていたので、快斗も同じく召喚された悪魔だと思ったようだ。


「俺は多分、ケープ達とは違うルートでここに来た」


「へぇ、多分それすっごい確率だよ?世界って沢山あるからさ」


「天文学的確率ってやつか」


「うーん、多分そう!」


 ケープはこことは違う世界の悪魔。今いる世界の初心者という状態は快斗と変わりない。

 

「俺、召喚とかそういうのよく分からないし、できることも分かってないから、これから頼っちまうんだけど、いいか?」


「全然いいよ!私も召喚初めてだし、とりあえず、お互い知ってること共有しよ!お話ができる相手欲しかったんだ!」


 天真爛漫なケープは、快斗のお願いに満面の笑みで応じたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~


「私は、あらゆる怨念を操ることができるの。その土地に根付いた魂の叫び声とか、生きてる人間の恨み辛み憎しみも操れるよ」


「操れるってのは、減らしたり増やしたりってことか?」


「それもできるし、実体化させて攻撃もできるよ。大体の怨念は腕の形になるけど、頭になる子もいるね」


「なんかグロいな」


 まず二人が話し合っているのは、使える能力についてだ。

 ケープは彼女が言った通り、怨念を操る力。その能力に名前は無いようだが、聞いた感じ強い印象は受けない。


「快斗ちゃんは?」


「それが分からないんだよな。俺、この体になったのさっきだし」


 転生してすぐここに堕とされたせいで、自身の能力の詳細を一切知らない。

 ただ、この世界での全ての根源は魔力というものにあるようで、その魔力が、ケープの持っているものによく似ているそうだ。


「快斗ちゃんの魔力の雰囲気?が私と同じっぽい。やみやみ~って感じ」


「悪魔はみんなそんな感じか?」


「そだねー、ひかりキラキラな魔力の子はあんまりいないかなー」


 魔力の属性は、悪魔という名の印象にふさわしいもののようだ。黒か紫のオーラを纏って貴族っぽい服装なのが快斗の悪魔のイメージだ。


「快斗ちゃんは元々人間だったんだよね?」


「そう。よく分からないけど、刺されて死んだ」


「可哀想。痛かったでしょ?」


「そりゃあな」


「よしよし」


 快斗の死因は、思い出すと大分グロいものだった。胸を貫かれて友達に見送られながら死ぬなんて、そんな悲しい結末を迎える人生だと思っていなかった。

 そんな死を思い返していると、ケープが快斗の頭を撫でて慰めてくれた。


「人間が悪魔に転生ってこともあるんだー。まぁあるあるなのかなー」


「転生して異世界に行って神様に会って……案外世界はなんでもありなんだな」


 数々の説明できなそうな現象とか伝承も、実は本当のことだったりするのかもしれない。神様を見たあとだと何が起きても驚かなさそうだ。


「能力を持たない悪魔は多分居ないはずだから、快斗ちゃんもきっと何かあるはず。だからゆっくり探してこ」


「あぁ、そうだな」


 優しく微笑むケープは実に人間らしい。その優しさは一体どこで培ったのだろうか。彼女を悪魔だと言われても信じ難い理由はそこにある。


「じゃあ次は魔術を教えてあげる。悪魔なら必須の力だからねー」


「よろしく頼む」


「はいはーい」


 快諾するケープはどこか楽しそうだった。進んで教えてくれるならばそれに越したことはない。快斗は素直にケープの指示に従うことにした。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「………」


 快斗と話す度、ケープは胸の奥底で違和感が渦巻くのを感じる。何も悪くない。何もおかしくないのに、快斗と一緒にいると危機感を覚える。


 それは生理的なもので、決してケープの感情由来のものでは無い。とは言っても生理的に合わないとかでもなく、本当にその理由がわからない。


 ただし言えるのは、それが本能からくる恐怖であったということだ。


「まぁ、どうでもいっか」


 その理由を、ケープは考えなかった。

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