第5話 旅立たされた

「どこかの鬼のせいで話が逸れたが、君の願いは叶えられそうだ。死者を生き返らせる程度ならば、特に難しいことはない」


「ほ、本当か……!?」


 騒ぎ立てて扉を壊しかけた金色の鬼は、テアドラの大きな椅子の横側に寄りかかって快斗をじっと見つめている。


 打って変わって静かになったディオレスを不思議に思う気持ちもあるが、そんなことよりも願いが叶うかどうかが問題だ。


「ちなみに、俺の母さんの死因とか、分かるか?」


「ごめんね、君の生きていた場所は私の管轄外だから、そこまでは把握してないな。君を選んだのも、器に最適な形をした魂だったからだし」


「そっか……まぁ、そこは重要じゃないからいい」


 勝てば母が生き返る。いや、勝つ必要は無い。生き残るだけでいいのなら。


 母は快斗から見ても不幸な人だ。生き返らせて、今度こそ幸せになってもらいたい。今快斗が思うのは、ただそれだけだった。


「叶えられるのは一つまでだよ。だから、君を母さんの傍へ戻したりなんてのは……」


「分かってる。出来なくても、いい」


 真っ直ぐに決意めいた視線を向ける快斗にテアドラは気まずそうに目を逸らした。


 それから深いため息をつくと、「ディオレス」と隣の鬼の名を呼んだ。


 その金色の鬼は頷くと、どこから取りだしたのか、いつの間にか手に持っていたものを快斗に投げ渡した。


 空中をクルクルと回って快斗の手にすっぽりと収まったそれは、紫色の鞘に収まった刀だった。


 抜き取ってみると、快斗の顔が輪郭がわかるほどに反射されている、紫色の刀身が現れた。


 触れただけで皮膚が裂けてしまいそうなほどに鋭利で危機感を煽られるその刀は、しかし快斗は少しばかり安心感を覚えた。


 その理由に首を傾げていると、テアドラが説明を始めた。


「その刀は『草薙剣くさなぎのつるぎ』。他でもない兄さんが愛用していた刀だよ」


「その兄さんってのは?」


「今の君の体の元主だよ」


 あっけらかんと言われてしまったが、快斗はそれも大分重要な話な気がした。とはいえ、テアドラ自身が気にしていない様子だったので、快斗も気にしないようにした。


「それが君の武器だ。それを振るい、それに奮われて、君は強くなる。私達はそれを望むよ」


「望むって……お前らが欲しいのは勝利だろ?」


「ふふ、分かってるじゃないか」


「体のいい話で気力をあげようとするな……でもまぁ、無駄でもないかもな」


 どうせあの場所で死ぬ運命にあったのならば、この命が今更尽きようが問題でもない。


 母を幸せにできる可能性があるのならば──


「俺は行くぞ。その異世界で、敵を殺せば勝ちなんだろ。最悪逃げ回ればいいし、もう死んでもいい」


「失うものはない、ということだね。いい心掛けだ」


 不敵に笑うテアドラは手を前へ差し出した。するとその小さな白い手のひらから、彼女の小さな頭と同じくらいのサイズの白い球体が浮かび上がった。


 五つの光の球体は、ゆっくりと浮かび上がったかと思うと、快斗の胸目掛けて一気に飛んできた。激突する、というところで、それは快斗の中へと溶け込んでいくように消えていった。


 その直後、手、足、指や目、瞼や口に至るまで、全身に力が漲った。


 ありえないほどの身体の進化を感じ、快斗は手を握ったり離したりしてその感触を確かめた。


「今のは?」


「神の因子だよ。それを身体へ宿らせている人は、神駒であるという証さ。そして、それには魔力が大量に含まれている。それを持っているだけで、君の身体的な能力値は総じて上昇したはずだ」


「へぇ……ちゃんと恩恵もあるわけだ」


「当然さ。それに君は、戦いとは無縁とされた世界で生きてきたんだ。ちゃんと色々授けるとも」


 切れ味の良さそうな刀。神から与えられる因子。貰ってないと言えば嘘になる程度の恩恵は、確かに受けとった。


 ここで、快斗は四つの因子を貰ったことに疑問を覚えた。


「そういえば、他の仲間はどこにいるんだ?まだ後6人いるんだろ?」


「あー……そのことなんだけど」


 ここで、テアドラは再び気まずそうな表情をしてそっぽを向いた。

 不思議に思って、今度はディオレスに目を向けると、ディオレスも同じように首を傾げて、


「どしたよテアドラ。お前が断られまくったってこと、隠してんのか?」


「まさか。私は自分の失敗を隠したりしないよ。そういうのは凡愚がやることだからね」


「じゃあ、ガキンチョに仲間探しをさせることを隠してるとか?」


「ん………別にぃ?」


「おい、魔神テアドラ」


 明らかに動揺して目が泳ぎ始めたテアドラに快斗が詰め寄ると、彼女はたどたどしい言葉を発しながら椅子の背もたれまで自分の身を引いた。


 被害者の快斗はなんとも言えない気持ちだったが、テアドラはディオレスの腕を強引に退けて、


「仕方ないじゃないか。この世界の人間は高潔すぎるのさ!ちっとも力に揺らぎやしない。というか、揺らぐような人間はもうみんな邪神に取られちゃってた!」


「それはそうだなァ!こっちが準備してる時、あっちはもう駒集めし始めてたんもんなァ」


「そりゃ負けるわな」


 憐れむような視線にテアドラは更に憤慨する。しかし彼女が憤慨しても、でだしで負けていることには変わりないわけで。


 と、その時快斗の頭を後ろから何者かが引っ掴んでテアドラから引き剥がした。


 ディオレスかと思ったが、彼は快斗の視界の中に二本の腕を収めているので、彼に操作可能な空飛ぶ三本目の腕がない限りそれはディオレスのものではない。


「おい、テアドラ様から離れろチビ」


 口の悪さもディオレスによく似ている声は女性のものだった。


 大人しく離れて手を離してもらい、振り返って見てみると、そこにはピンク色の髪の毛をもつ長身の女性が快斗を見下ろしていた。


 腰に手を当て、面倒くさそうな表情のその女性は、テアドラとは対称的な、女性的な起伏に富んだ肉体をしていた。


「何か失礼なことを考えなかったかい?」


「何も」


 後ろの女性的な起伏が貧しい魔女から暗めの声で文句が投下されたが気にしない。


「ネガ、お前も見に来たのか!」


「えぇ、オレの仲間が一人見つかったと聞いて、どんな奴かと思ってきてみたんですが……」


 そのネガと呼ばれた女性は快斗を再び見下ろして「ふん」と鼻を鳴らした。


 こんなに弱そうな人間を、と視線で語っているのが分かる。だがどんな評価を下されようと、快斗はもうやる気になってしまった。


「この人も仲間?」


「うん。君の初めての仲間。一応、破壊神だよ」


「そう……は?」


 納得しかけた快斗が聞き返すと、ネガが得意げに鼻を鳴らした。


「オレは破壊神ネガ。ディオレス様の一番弟子だ」


「そうだな!」


「神も参加していいのか?」


「破壊神ってのは名ばかりで、まだこの子は一応人間なんだ。参加要件は満たしてるよ」


 そういうことらしい。


「ルールっていうのは穴を突いてなんぼだからね」


「主催者が言ったら終わりだな」


 駒に駒探しさせたり、主催者のくせにゲームのルールグレーゾーンを突いたり、なんとも不真面目な魔女だと快斗は呆れた。


 その眼差しに気づいたのか、テアドラは「ええい」と慌てて手を翳した。


 快斗の真下から光が発生し、見下ろしてみると紫色の魔法陣が生成されていた。


 マズいと思った時にはもう遅くて、快斗の足は魔法陣に吸い込まれて抜けなくなっていた。


「くそっ、面倒なこと全部押し付けやがって!」


「悪いとは思っているとも!ただ、君に頑張って貰わなければ私達が死ぬんだ!お願いね!」


「最終的にパッションで来た!なんだこの神!」


 そんな文句を大きな声で吐き捨てて、快斗は既に肩まで魔法陣に飲み込まれていた。


 いつの間にか抵抗できもしない所まで進んでしまっていた。快斗がようやく諦めた時、テアドラは今一度「快斗君」と名を口にした。


 目を向けてみれば、テアドラは初めて顔を合わせた時と同じくらい真面目な顔つきだった。


「大変だろうけど、その命だけは守っておくれよ」


 微笑み懇願する彼女の雰囲気がなんだか無視出来なかった。それが本気だったのか戦略だったのか分からないが、快斗は全身飲み込まれるまで動けなかった。


「──兄さんを、よろしくね」


 そんな小さなかすれ声も、快斗にだけははっきりと聞かされた。

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