第4話 鬼神様のご登場
金色の髪を揺らし、どかどかとイラつきを隠せない足取りで廊下を踏み歩く男がいる。
鍛え上げられた筋肉を惜しげも無く晒した上裸の男は、普通の人間に見えて決定的に違う特徴がある。
それは、あえて髪の毛がオールバックになってその存在を露わにしているかのように見える、金色の一本角である。
本物の金よりも美しく輝くその大きな角を、男は伸びた硬い爪で弾きながら、
「おっせェ、おっせェなァおい!」
「文句はテアドラ様へ」
「俺様が言えねぇの知ってて言ってんだろォ!」
ガラの悪い男は、前を走るメイドに悪罵を吐きつけた。
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「さて、うるさい鬼が来る前に話をしておこうか」
「魔神様が俺になんの用で?」
魔神という肩書きを持ちながら、力を込めれば折れてしまいそうな細身の弱々しい女性。
テアドラと名乗る彼女は、膝上に一冊の本を広げて快斗を見ていた。
その琥珀色の瞳は、一見感情のない平凡な輝きを纏っているように見えるが、快斗はその瞳の奥に泳ぐ激情を見逃さなかった。
「泣きそうな顔して、どうした?」
「──驚いた」
「何が……」
「君は本当に……兄さんそっくりだ」
感慨深そうに、感動したように声を漏らしたテアドラの様相に、快斗は言葉を紡ぐことが出来なくなった。
邪魔をしては行けない感情の移ろいに思えたからだ。
「こほん。すまない、では話を進めよう。まずは、君が何故ここにいるのか、そしてこれから君がするべきことだね」
真っ直ぐ見つめてくる琥珀瞳を、赤と青の瞳で見つめ返して快斗は言葉に耳を傾けた。
初めに話始められたことは、快斗をどうやってこの場へ生かしているかだ。
快斗は死んだ。天野快斗として生を受けたあの世界では快斗は間違いなく死んだのだ。
保たれなくなった肉体から零れた魂をテアドラは拾い上げ、用意してあった器へそれを移し替えた。
そうして名前と魂だけ変えず、それ以外を大きく変更した新たな生き物が爆誕したわけだ。
「君は名前を変えるかい?新しい世界でなら、名乗る名を変えてもおかしくはないよ?」
「いい、この名前、俺は気に入ってるんだ。変えたくはない」
「そう、じゃあ、話を続けよう」
次に話されたのは、どうして快斗の魂を拾ったのか。
それは、神々が自身の存続をかけたデスゲームを始めたからだ。
選出されるべき七人の人間。そのうちの一人に、天野快斗が選ばれたのだ。
正確に言えば、今の快斗の体に魂を植え付けた、人間という種族名の生物が選ばれた。
「ちょっと待て、俺はその人間の殺し合いに参加させられるっていうことか?」
「そうなるね。もちろん、生き残った暁には、私直々に報酬を渡そうと思っている」
「そういう問題じゃねぇだろ!!死にに行けってか!?また俺に?」
一度死した快斗。その衝撃は今も魂に刻まれているようで、簡単に思い出せる。簡単に思い出せるくせに、そのダメージは相当大きなものだった。
傷口に塩を塗る程度の苦しさではない。
「安心したまえよ。君の体は頑丈だし、あの世界には魔術を扱う文化がある。君の勝算は、君の努力次第でどうにかなるさ」
「もっとダメな気がしてきたな……」
魔術がある世界。そんなのラノベでしか読んだことがない。
異世界へ転生する流れであるならば、そのままの姿ならチートを、生まれ直すならば前世の知識を頼りにチートするのがセオリーだろう。
なのに快斗には何も無い。新たな体と綺麗な顔。その二つだけだ。
「俺は魔術とか、剣とか、そういう才能は与えられないのか?」
「魔術は魔力の扱いを練習すれば、異常がない限り使えるはずさ。剣は私はからっきしだから分からないし、まぁそういうのも練習なんじゃないかな?」
「当たり障りのないことばかり言うな!俺の命かかってるんだが!?」
敵地へ駒を送るにしては余裕そうなテアドラだが、快斗からしてみればたまったもんじゃない。
何もかも知らない土地で、何も出来ないままほっぽり出されるなんて死にに行くようなものではないか。
「そんなこと言ったら、あの世界で生まれた赤ん坊だって同じさ」
「赤ん坊は守ってくれる親がいるだろ。俺には親がいねぇんだよ」
「ならその点はどうにかしよう。運命はいくらでも変えられるからね」
テアドラは手元の本をペラペラとめくり続け、たまに何かを羽根ペンで書き込んでいる。
「さて、ちなみにこのゲームの参加非参加に君の意見は効力を持たないが……何か言い残すことはあるかな?」
「死ぬ前に言われるやつじゃん……その、報酬ってのは?」
「おぉなるほど。気になるかい?気になるかい?ならば教えてあげようか」
「やっぱいい。なんか腹立つ」
「まぁまぁそう言わずに」
顔を背ける快斗に楽しげなテアドラが笑いかける。真っ白な肌の美顔に浮かび上がる笑みを不気味に思いながらも、快斗は続く言葉に耳を傾けた。
どんな報酬だろうと、失う命よりかは軽いはずだ。そんな釈然としない気分のままの快斗を、テアドラの言葉は快斗の意識を引くことになる。
「報酬は、神によって願いを叶えられる、という権利だよ」
そう言われた時、ふと快斗の脳裏に一つの願い事が浮かんだ。
が、それができる神なのだろうかと猜疑の念を抱いた快斗であったが、今も微笑み続けるテアドラは快斗の魂を引っこ抜いてここに宿らせた人物だ。
ならば、快斗の願いも叶えられるかもしれない。
「ちなみに、世界をひっくり返すとか、神様にするとかいう傲慢な願いは流石に聞き入れられない。こう見えて私、そこまで位が高い神様ではないんだ」
綺麗な眉を八の字に曲げて苦笑するテアドラ。
彼女の忠告を聞いて、快斗はますます可能性を見出した気がした。神からすれば、快斗の願いなど、傲慢のうちに入らないのかもしれない。
「試しに言ってみなよ。君の願いは、なんだい?」
じっとこちらを覗き込む琥珀色の瞳が、憎たらしくも快斗の心中を見ているようで、隠し事は無駄かもしれないと快斗は思った。
だから、素直に今思いついた願いを、快斗は口にした。
「──母さんを、生き返らせて欲しい」
「……なんだ、その程度か」
目の前の魔女は、余裕だと言わんばかりにそう呟いて見せた。
その態度から、快斗の願いが難しいものでは無いということを察した快斗がテアドラに詰め寄ろうとした瞬間、
「おォいテアドラァ!ガキンチョを起こしたなら俺も起こせやァ!」
「おや、うるさいのがようやく目覚めたようだね」
快斗の背後の扉が勢いよく開かれ、たくましい肉体を持つ上裸の男が、憤慨した様子で立っていた。
その輝く金色の角を揺らし、男は快斗を見つけると、何故か「おぉォ」と気圧されたように小さい声を漏らした。
「ディオレス様、扉が壊れてしまうので、力はほどほどに」
「が!?」
ひょいと後ろから現れたベリアルが、男の角の付け根を強いデコピンで弾き飛ばした。
認識の外からの攻撃に怯んだ男は仰け反って額を抑えている。多分相当痛いのだろう。
「申し訳ありません、天野快斗様、この方は──」
「まァてやァ、
「言えるのですね。はいどうぞ」
「馬鹿にしてんなァガキメイド!」
超声量な男に怒鳴られても全く動じない無表情のベリアルはその場を離れていく。
牙を鳴らし、男はつり目で鋭い三白眼を快斗に向けた。そして快斗としばらく視線を交差させたあと、先程までの荒ぶった印象が変わるほどに満面の笑みを浮かべて、
「よぉガキンチョ!俺様はディオレス!生まれながらに最強の鬼神様だ!」
「最強は嘘だよ」
高らかに自己紹介をして、盛りに盛った部分をテアドラに訂正されていた。
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