第3話 魔女の魔神
「ん……」
変な感覚があった。耳や頬、指先に太腿。体のありとあらゆる部分がくすぐったい。
先程までの地獄はなんだったのか、灼熱は一切感じない。今は心地よい空気の流れを感じ、快斗はゆっくりと瞼を開けた。
視界に映ったのは、見たことの無い天井。豪華な赤色と金色に染め上げられた部屋はギラギラと輝いている。
体を起き上がらせてみる。死んだ夢を見たのかと思うほどに軽やかに体は動いてくれた。
見下ろしてみると、そこにあったのは白い棺だった。その中には黄色と紫色の花が敷き詰められていた。
まるで、死体でも入っていたかのようだ。
「どこだよここ……」
立ち上がり部屋を見渡すと、隅から隅まで金ピカだった。豪華な机、豪華なシャンデリア、豪華な絵画などなど。
それは快斗の好きな庶民的なグッズとは程遠いものだった。
「趣味悪ぃ……」
眩しさに目をすぼめながら宝石の山から少しだけダイヤモンドっぽい宝石をくすねた快斗は部屋にあるただ一つの扉の前に立った。
ドアノブへ手をかけたところでふと気づく。すぐ隣に鏡が置いてあった。何の気なしにその鏡を見てみると、快斗は思わず「は?」と声を漏らした。
そこに写っている人物は自分ではなかった。
「誰?」
ぺたぺたと今の自分の顔を触って気づく。鏡に写っているのは紛れもなく天野快斗だ。
だが、見た目が違う。もっと言えば、体が違う。
茶髪のサラサラ髪は、白髪でオールバックに固定され、瞳は嘘みたいに輝く赤と青のオッドアイになっており、爪や犬歯が伸びて凶暴に見える。
馬鹿馬鹿しいほど派手派手に変化させられている自分の体中をまさぐって、やはり快斗の体では無いことを確認した。
「部屋に似合うくらい派手じゃないか……これは何が原因なんだ?死んでから記憶ない……というか死んだら記憶もクソもないだろ」
改めて現状に目を向けて、どれほど異常な状況下に置かれているかを知らされる。
快斗は死んだ。そのはずだ。なのに今こうしてピンピンして生きている。息だってしている。
天国にしては趣味が悪いし、地獄にしては趣味が悪い。
つまり、今の状況は───
「転生……てこと?この体に?これじゃ秋葉原でも不審者だろって。小顔で輪郭が整ってるのはいいんだけどな」
「えぇ、美しいですよ、見た目は」
「だよなーなんて簡単に流すと思うなよ」
独り言にスマートに入り込んできた声に快斗は振り返った。鏡をまじまじと見つめていた快斗の後ろには、いつの間にか開け放たれた扉から顔を出す人物がいた。
白いフリルのついた、露出の少ない服を着た女性。見てみてそれがメイドという存在であると気がついた。
「おはようございます。天野快斗様。私はメイド、ベリアルと申します」
綺麗にお辞儀して、メイド、ベリアルは快斗に挨拶した。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「喫茶店以外に居るんだ」
「?。メイドは喫茶店ではなく、主に仕えるものです」
「マジレスするとそうなるな」
無垢な無表情で首を傾げたベリアルは快斗と同じくらいの背丈なのに幼く見える。
何故こんな人物が目の前にいるのかと考えていた快斗に、ベリアルは何かを思い出したかのように口を開いた。
「天野快斗様」
「様はつけないでほしい」
「では、快斗様、及びの方がいらっしゃるのでこちらに」
「『では』の前後で何も解決してなかったな」
話を聞いてくれないらしいベリアルに、快斗は仕方なくついて行く。
扉から出たところには長い長い廊下があり、等間隔に配置された巨大な窓から外が見える。見えるはずなのだが、覗き込んでも真っ暗で何も見えなかった。
今は夜なのかと快斗が思っていると、ベリアルは振り返らずに言う。
「それは窓に見せ掛けた罠です。ガラス部分にふれれば、たちまち飲み込まれて死ぬかもしれないので、気をつけてください」
「そんなものを廊下にこう何個も配置するなよ」
「いえ、この数ある窓の中のたった三つだけの話です。ですので当たってもほとんど飲み込まれることは無いのですが、万が一というものもありますので」
「そうか……」
快斗はその言葉を聞いて立ち止まった。ベリアルは不思議がって彼を見ていると、快斗は徐に窓に近づいて、
「今から手を置くから、飲み込まれたら助けてくれるか?」
「造作もないですが、その確率は限りなく低いですよ。三つあると言っても、その三つは最大値であって、常に三つ存在するというわけではありません。もちろん、ない時もあります」
「何故にそんなシステムを作ったのかは知らないが……まぁ見ててくれ」
そう言って快斗は窓のガラス部分に手を置いた。何も怒ることがないと思って、ベリアルは油断していた。
が、快斗の上半身が勢いよく飲み込まれた時には、己が得物を振るっていた。
「止まりなさい」
「ぶはっ!?」
黒いスライムのように快斗を飲み込もうとした窓を切り飛ばし、吐き出された快斗が地面に激突した。
勢いと音から考えると大分ダメージを受けた気がしたのに、起き上がってみると全く痛くなかった。
「転生した体が丈夫なのか……」
「その体ならば当然です。その程度では内出血すらしませんよ……それより、本当に引き当ててしまうとは」
破壊された窓を見てベリアルは嘆いていた。実際ここを引き当てる可能性は本当に低いのだそう。快斗達がいる屋敷はかなり広く、窓の数は百を優に超えるらしい。
だというのに、快斗は一発で最悪を引き当てた。
「何を予測して……」
「予測もクソもない。単純に俺の運が悪いだけだ。覚えておいて欲しい。俺はかなり運が悪い男だ」
快斗はそう自負している。今やって見せたように、快斗は運が悪い。大抵思いつく最悪の出来事に巻き込まれるし、逆に運がいいのではと思うほどガチャは当たらない。
これは生まれた時からの転生の悪運である。
「それは……ご愁傷さまです」
「丁寧な言葉で慰めるな!!可哀想な奴になるだろ!!」
実際そうなのだが、考えないようにしている快斗にそれは野暮なことだ。
「さて、あなたのせいで要らぬ時間を食いましたね。あなたのせいで。ですから行きましょう」
「そんな強調するか?俺の悪運を見せたかっただけなのに」
「それが要らぬ時間だと言っているのです」
話が逸れたが、向かうべき場所はここではない。
まだ少し長い廊下を越え、しばらくベリアルに着いて歩いていると、大きな扉のある部屋にまで辿り着いた。
両開き扉の部屋の入口は、他の部屋の入口よりも一層豪華に彩られていた。
その重たそうな扉を、快斗よりも細い腕のベリアルが軽々と押し開けた。
「どうぞ入ってください。こちらにお待ちです」
言われるがままに中に入ると、快斗に優しげな声が掛けられた。
「やぁ、おはよう。天野快斗君」
頭上から聞こえた声に顔を上げると、階段上になった部屋の一番上の段に、巨大で豪華な椅子があり、その上に鎮座している女性がいる。
「では、私はディオレス様を」
「ありがとう」
ベリアルは快斗を部屋に案内して直ぐに違う部屋へと向かっていった。
亜麻色の長い髪をおろし、色のない肌を細い指で押し支えるその女性は、この世のものとは思えないほど神々しく、美しかった。
穏やかな視線を快斗に合わせ、女性は薄い胸元に手を当てた。
「初めまして、私は魔神テアドラ……ただの魔女さ」
そう言って、色のない顔で笑ってみせた。
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