第8話 さっぱり分からない
教会の外に出たところで、待っていた先輩騎士が声をかけてきた。
「お疲れ様です。あの、何か分かりましたか?」
「いいや。さっぱりだな」
先輩の問いに、オーランドさんは迷いなく短く答える。そのあまりにも潔い返事に、先輩も一瞬言葉を失ったようだ。
「そう……ですか」
清々しいまでの返答に、先輩もそれ以上何も言えなくなってしまったらしい。気まずい空気が漂う中、場を取り繕うように神父様が優しく声をかけてくれた。
「しかし、そうなると手の打ちようがありませんね」
「まぁ、どちらにせよ王宮から盗まれた透明薬は1本だけだからな。ならば、これ以上被害が広がることはないだろう」
オーランドさんは、まるで何事もなかったかのように淡々とした口調で言い放つ。その言い方に、思わず私の中で何かが沸き上がってきた。
「それはそうですけど、アイリス様のブローチはどうなるんですか!?」
つい、我慢できずに食ってかかってしまう。
「それは騎士団の仕事だろう。がんばって探すんだな」
オーランドさんはそう冷たく言い放つと、黙って背を向け道の方へと歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっと! 待ってください!」
私の呼びかけに振り返りもせず、黙って歩き去るオーランドさんを追いかけようとした時、ちょうど神父様も教会の中から姿を現した。
「あ、神父様! ご協力、ありがとうございました!」
「いえいえ。あなた方に神の御導きがあらんことを」
胸の前で十字切る神父様に見送られ、急いでオーランドさんを追いかけた。
……
前を歩くオーランドさんに早足で追いつくと、その背中に向かって声を荒げて呼びかける。
「ちょっと! どこに行くんですか? まさか、調査ってこれで終わりですか!?」
教会で何の手がかりも得られなかったことに焦り、つい声が大きくなってしまった。
「そんなわけないだろう。さっさと次に行くぞ」
「……え?」
予想外の返答に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「で、でも、さっき。さっぱり分からないって言ってたじゃないですか」
「――あぁ、嘘だ。むしろ、透明人間のトリックはだいたい分かった。あとは、犯人の特定と、その狙い。それと証拠が必要だ」
「えぇ!?」
驚きで声が裏返ってしまう。教会に居たのはほんの10分ちょっと。それだけの時間で糸口をつかんでいたなんて……。
「ていうか、トリックって何なんですか!? 何か分かったんならちゃんと教えてくださいよ!」
思わずオーランドさんの前に飛び出して、彼の進む道を遮る。立ち止まった彼は、一瞬だけ私の目をじっと見つめ、淡々とした口調で言った。
「その前に、一応聞くが……お前は犯人じゃないんだな?」
「当たり前じゃないですか!!」
すぐに反論した私に、オーランドさんは少しばかり不満げに頷いた。
「まぁ、そうだろうな。そこまで頭が回るようには到底思えない」
失礼なことをサラッと言って、私を避けて再び歩き出すオーランドさん。この人、本当に一回殴ってもいいかな……。
「はいはい。容疑者から外してもらえて光栄です。それで、これから誰に会いに行くんですか?」
深呼吸して気を取り直しながら問いかける。
「本当に察しが悪いな。事件当日、ブローチに手が届く位置にいたのは三人だけだ。お前と、神父、それから――」
―――
オーランドさんの後ろについて歩く事、半刻ほど。たどり着いたのはなんと――王宮の前だった。
王宮前の通りはいつもながら賑わっている。豪華な装飾が施された大きな門の前には、整然と並ぶ門兵たち。城門を行き来する貴族や商人たちも威厳に溢れており、どう考えても私達は場違いだ。
けれど、そんな事は微塵も気にしていない様子のオーランドさんが、ズイッと門兵の前へ歩み出た。
「第五王女と謁見したい。通してくれ」
まるで当たり前のことを言うかのような口調で謁見を申し出るオーランドさんに、警備兵たちは怪訝な顔を見せる。
「何者だ?」
「道具屋のオーランドだ。ご苦労」
平然と名乗り返すが「は? 入城の許可証は?」と当然のように再び止められてしまった。
「ちょっと! 無理に決まってるじゃないですか! どう見ても不審者ですって!」
私が声を上げると、オーランドさんは一瞬だけこちらを見てから、再び警備兵に向かって淡々と続ける。
「あぁ、確かにな。なら、こっちは騎士団の……名前は何だったか。とにかく騎士団の者だ」
そういって私を指差すオーランドさん。
「ちょっとぉ! 私の身元までバラさないでくださいよ! 後でめちゃくちゃ怒られるんですから!!」
そんな感じで騒いでいると、数名の門兵が集まってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。
「……お前達。こっちに来てもらおうか」
そのまま警備兵に連れられ、私たちは城内へと案内――と言うか、一般の入り口ではなく、犯罪者が連れ込まれる地下牢へ向かって歩かされる。左右には武器を携えた兵士たちが付き添ってるし、これは明らかに"連行"ですね。
「ま、待ってください! これは誤解です! 私たちは――」
慌てて弁明しようとするものの、有無を言わさぬままどんどんと連れていかれ、とうとう尋問室の前まで来てしまった。
――ところが、部屋に押し込められる直前、突然、上級兵らしき人が慌てた様子で走ってくる。
「まてまて! その方々はお客様だ! こちらにお連れしろ!」
彼が指示を出すと、私達を警戒していた警備兵は去って行き、暗い建物から一転、豪華な宮殿にある応接室へと案内された。
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