第7話 聞こえるはずだった音
事件の経緯を簡潔に説明しながら、オーランドさんと並んで道を歩く。会話というよりは、一方的にこちらが話し、彼は黙って聞いているという感じ。いや、返事が一回も無いので、本当に聞いてくれているのかすら怪しいけれど……。そんな静かなやり取りのまま、街外れの教会へと辿り着いた。
事件以降、教会は騎士団によって閉鎖されていて、今も入り口には仲間の団員が警護に立っている。教会に到着すると、丁度様子を見に来ていた神父様と目が合った。
「神父様、こんにちは」
「ご苦労様です、エリナさん。おや、こちらの方は……?」
神父様は、真昼間にフードを深々と被ったオーランドさんに目を細める。
「こちらは道具屋のオーランド・ラヴェンテさんです。今回の事件の調査に力を貸してくださることになりました」
「……道具屋? それは頼もしいですね。よろしくお願いします」
にっこりと微笑む神父様に対して、オーランドさんは「どうも」と軽く頭を下げただけで、すぐに教会の方へと歩き出した。挨拶らしい挨拶もなく無愛想な態度のオーランドさんに、神父様も戸惑った様子で微笑を浮かべたが、慌てる私を気遣うように「気にしませんよ」と小さく苦笑いを見せてくれた。
……
「エリナか。お疲れ。そちらが噂の協力者か」
入り口を守っていた先輩団員が、こちらを見て敬礼した。
「はい! 道具屋のオーランドさんです!」
そう報告すると、オーランドさんは少し不機嫌そうに、低い声で言った。
「……早く案内してくれないか。無駄な時間は取りたくない」
暴虐無人なその態度にあんぐりと口を開ける先輩に平謝りし、急いで中へと通してもらう。
「あの、私もご一緒してもよろしいですか? 事件以来、まだ中に入れていただいていなくて」
神父様が控えめに、私と先輩の顔を交互に見る。
「ご、ごめんなさい。今はまだ現場の閉鎖中でして。明日には閉鎖解除の予定ですので、もう少しお待ちいただければ……」
いくら事件調査のためとはいえ、神父様にとっては家に入れないも同然の事態だ。さすがに申し訳ない。
「いや、一緒に来てくれ。私が許可する」
私と神父さんのやり取りに突然口を挟んだオーランドさんが、さも騎士団の一員かのような顔をして勝手な事を言い出す。
「ちょっと! なんであなたが許可するんですか!」
「話によると、事件当日、あなたも現場に居たそうだな。詳しく話を聞きたい」
いや、そういうことじゃなくて! 勝手に決めないでほしいって言っんの! と詰め寄ろうとしたが、すぐに先輩が慌てた様子で間に割って入った。
「ラカンさんから、可能な限りお前たちの調査に協力しろと伝言を受けてる。問題ないだろう」
その言葉を聞いて、何も言わずに先に進むオーランドさん。神父様と私も、その後に続いた。
――
教会の中に足を踏み入れると、教会独特の厳かな雰囲気が漂い、ヒンヤリとした空気が全身を包み込む。
割れた窓ガラスには、粗末な板が打ち付けられて応急措置が施されているが、それ以外はまるで時間が止まっているかのように事件当時のままだ。
「騎士団の皆さんにお願いして、窓だけは早々に塞いで頂いたんです。何もない教会ですが、さすがに不用心ですからね。それ以外は事件当日のままのはずです」
神父様が真ん中の通路を歩きながら状況を説明してくれた。
「当日は、この祭壇の前に王女様が立たれていたんです。式が始まって15分くらい経ったころ、突然あの窓が割れて……」
オーランドさんは私達の話を聞いてるのか聞いてないのか、黙ったまま立ち止まり周囲を見渡した。私と神父様は、少しだけ戸惑いながらも、黙ってその行動を見守るしかない。
そのまま無言で教会内を歩き回り、祭壇の周囲に仕掛けられた鈴のトラップを観察し始める。しゃがみ込み、細い糸を指で軽く弾くと、鈴がチリンと軽やかな音を立てる。
「……これは?」
「透明薬対策のトラップです。最初に窓が割れて、その後この鈴が鳴りました。その後、順にあちらの方向へ向かって鳴っていき――最後にあそこの窓が割れたんです」
説明すると、オーランドさんは順に視線で経路を辿りつつ、手元のトラップへと視線を戻した。
そして、何かに気づいたかのように小さく呟く。
「……この汚れは最初からか?」
彼が指し示す先に目をやると、トラップの一部が黒く汚れている。
「あれ? 設置したときはそんなところ、汚れてなかったと思いますけど……」
オーランドさんは返事をせず、次々と隣のトラップを確認していく。その表情は鋭く、何かを探っているようだった。
「犯人が踏みつけた時に着いたんでしょうか?」
私の問いには答えず、次々とトラップを調べていく。その後ろを追いかけると、全てのトラップに同じような黒い汚れがついていることがわかった。
「何か、気になりますか?」
「……いや」
短く答えたオーランドさんは、立ち上がると、次に割れた窓へと近づいていった。
「あ、窓にはあまり近づかない方が良いですよ! まだガラスの破片が落ちているかもしれません!」
その呼びかけに、彼は一瞬だけこちらを振り返る。
「大丈夫だ。靴を履いている」
そう言って、靴底で石造りの床を軽く鳴らしてみせた。
「それはそうなんですけど、念のため――」
「しかし――」
私の言葉を遮るように、オーランドさんは窓枠に手を伸ばす。足音とともに、ガラス片が床でジャリっと音を立てた。やっぱりまだ残っていたみたいだ。
「――犯人はどうだったんだろうな」
「……え?」
オーランドさんは静かに言葉を続ける。
「犯人が現れたとき、足音は聞こえたのか?」
その一言に、私は当時のことを思い返した。確かに、私たちは音を聞き逃さないように耳を立てていたはずだ。けれど、犯人の足音は――一度も聞こえなかった。
「そういえば、聞こえませんでした……足音!」
確かに妙だ。ガラスの破片が散らばったこの場所で足音がしなかったなんて。裸足で歩くのは不可能だし、もし靴を履いていたら確実に足音が聞こえるはず。となると、犯人は空でも飛んでいたのだろうか?
「……あの、失礼ですが。足音を消す方法はいくらでもあるのではないでしょうか? 例えば布で何重にも足を覆うとか……」
神父様が遠慮がちに手を上げて質問する。
「……まぁ、それもそうだな。さすが神父、私の考えすぎだったようだ」
あっさりと推理を撤回するオーランドさんに、私は思わず口がポカンと開いてしまった。
その後、彼は黙ったまま教会内をぐるりと見回し、足早に入り口へと向かっていった。
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