第6話 道具屋の退屈しのぎ

「こ、こっちで合ってるよね?」


 誰に向けたでもない呟きは、誰にも受け取られないまま、人影のない路地の隅へと消えていった。

 私、エリナ・ウィンデアは現在、街外れの寂しい通りで絶賛迷子中。

 家々に挟まれた路地は薄暗い雰囲気が漂い、本来なら私のようなか弱い女子が独りで来るような場所じゃないと警告しているようだ。


「本当にこんなところにあるのかな……」


 何度もラカンさんのメモを確認しながら、道路わきにある住所表示と見比べる。

 こんな街外れにお屋があるとは到底思えないけれど、確かにメモにある住所はこの辺りだ。


「ショークロッド通り127-3。……ここだ」


 目的の住所に辿り着くと、そこに建っていたのは古びた一軒家だった。木造の建物は時代を感じさせ、長く風雨にさらされたせいか外壁は色褪せ、所々にヒビが入っている。

 門扉も軋んでおり、全体的にお店らしい雰囲気は感じられない。看板すら出ていないその家は、ただの廃屋かと見紛うほどだ。


 不安を抱きつつも、意を決して家の前に立ち、今にも崩れ落ちそうな扉を叩いた。


 コンコン!


 ……。


 中から返事はない。ある意味想像通りというか、何故か少しホッとする。


「す、すいませーん!」


 勇気を出してドア越しに声をかけてみても……やはり答えは沈黙。


(……留守かな? それか定休日とか)


 念の為に確認を、と思い扉に手をかけたところ、今度は想像に反して扉が開いてしまった。

 ギィという軋みを立てながら、重い扉がゆっくりと内側に開く。


「あ、あの。入りますね?」


 扉の隙間から中を伺い、薄暗い屋内に進むと一瞬外の明るさとの対比で目が眩む。

 目が慣れるまで入り口近くで待機して、細めていた目をそっと開けると――驚いたことに、そこは本当にお店だった。


「す、すみません! ここにオーランド・ラヴェンテさんという方がいらっしゃると聞いて……」


 メモに描いてあった名を尋ねてみるが、応える声はない。

 静けさが支配する店の中を、なるべく足音を殺しながら奥へと進む。

 物で溢れかえりながらも、棚ごとにしっかりと整理された店内。よく見ればどの売り物も埃一つ被っていない。


「――何だ?」


「はいぃ!?」


 突然、静寂の中に低い男の声が響いて、驚きのあまり心臓が止まりそうになった。


 声の方を見ると、店奥のカウンターの向こうから、無愛想な男性が怪訝な顔でこちらを見ている。

 やや癖のある黒髪に、丸い銀縁メガネが特徴的。年齢は30代中頃だろうか。落ち着きのある涼しげな目元が、どこか他人に興味がないさそうな冷たい印象を受ける。

 けれど、それ以上に目を奪われるのは、そのとても整った顔立ち。少し不健康そうではあるが、ちゃんと髪を整え、オシャレをして街に出れば貴婦人方が振り返るイケメンなのは間違いない。

 まぁ、様子を見る限り本人に全くその気は無さそうだけれど。


「あの。私、騎士団所属のエリナ・ウィンディアといいます。同じく騎士団のラカンさんから紹介していただいてお伺いしたのですが……」


「ラカン?」


 ほっそりとした顎に手を添えて、一瞬考え込むような素振りを見せたが「……知らない名だな」と一言だけ呟き、再び店の奥へ戻っていこうとする。


「ま、待ってください! どうしてもお聞きしたい事があって」


 必死になって喰い下がるけれど、こちらを振り向きもせずに「今忙しいんだ。客じゃないならお引き取り願おうか」と冷たくあしらわれてしまった。


 どう見ても暇ですよね! というツッコミは心にじいつつ、焦って一歩踏み出し、さらに言葉を重ねる。


「え、えと! ラカンさんは"ドットール家の事件"であなたと知り合ったと。どうにか思い出して頂けませんか!?」


 手紙に書かれていた数少ない情報を必死に口に出して彼を呼び止める。

 すると、その言葉に店主はようやく足を止め、こちらを振り返ってくれた。


「……あぁ、それなら覚えている。人名のような無味乾燥な情報でなく、最初からそう言いたまえ。あれは――実に面白い事件だった」


 詳細は知らないけれど、事件に対して「面白い」という表現を使うこの男性に、少し不信感を抱きつつも話を続ける。


「実は、今回も不可解な事件が起きたんです」


 私がそう切り出すと、多少興味を持ってくれたのか「ほぉ」とこちらを振り返りながらカウンターの傍まで戻ってきてくれた。


「窃盗事件なのですが、犯行に"透明薬"という秘薬が使われたんです!」


 事件の情報はもちろん一般に公開していない秘密事項。しかも"透明薬"という王家の秘薬の名前まで付けたとっておきの情報リークだ。ダメだとは思いながらも、ついつい少し得意げになり、声が高揚してしまった。


 けれど……オーランドさんの反応は想像以上に冷やかだ。

 「透明薬など、珍しくもないだろう」と無関心な声で一蹴。


 とっておきの情報を「珍しくないと」の一言で返されてしまい、一瞬で頭が真っ白になる。


「え、えと! "透明薬"ですよ! 飲んだ人の姿が消えるんですよ!」


「あぁ、知っている。話はそれだけか?」


 そう言い放つと、再び興味を失ってしまったようで、カウンターの上に並べられた書類を触りだすオーランドさん。


「ま、まだあります! なんと! 今回の透明薬は、姿だけでなく飲んだ人の形まで消えてしまうんです! その証拠に"姿追いの薬瓶"ですら捕まえられなかったんですから!」


 私の必死の説明を聞いたオーランドさんは、何かに反応したように一瞬だけ書類を触る手を止めた。けれど、すぐに「馬鹿馬鹿しい。あり得ないな」と一言だけ返し、黙り込んでしまった。


「ほ、本当なんですって! 姿も形も無いなんて、犯人は幽霊かもしれません!」


「……幽霊? ほぉ、名推理じゃないか。実際に“フォレストフィアー”や“メフィスト”など、実体の無い魔物が沢山いるだろ。ならば犯人はそれで決まりだな」


 明らかに私を小バカにした様子で、ポンと手を叩いて今度はカウンターに置かれた道具を片付け始める。


「ちょっと、何で魔物が窃盗なんてするんですか!? それにアンデットは教会に入れません!」


「なら、犯人は幽霊ではないな。君の推論はめちゃくちゃだぞ」


 返事は返してくれるものの、もはや私と目すら合わせてくれない。

 こうなったら奥の手を出すしかないか……。ラカンさんが去り際、私に残してくれた切り札。


『おい、エリナ! もしオーランドが事件に興味を示さなければ、透明薬や姿追いの薬瓶に難癖をつけて挑発してみろ』


『ち、挑発ですか? それでどうなるんです?』


『安心しろ、8割がたそれで乗ってくる』


『あ、あとの2割は?』


『……鈍器で殴りかかってくるかもな』


『えぇ……』


 意味が分からないけれど、とにかく今は試してみるしかない。

 一度オーランドさんの様子をチラリと確認し、わざとらしくため息交じりに漏らしてみる。


「あーぁ、それにしても。あの姿追いの薬瓶って全然役に立たないですよね。あれさえしっかり効いてくれてたらこんな事にならなかったのに。あ。それか、今回事件に使われた透明薬が、実は他国で開発された最新式だったとか? 王家に保管されてた薬なんて、いつ造られた骨董品か分かりませんもんね」


 とりあえず、思いつくがままに今回の事件に出て来た道具に難癖をつけてみた。

 我ながらめちゃくちゃな内容だとは思ったけれど、私の発言を聞いた瞬間、オーランドさんがこちらを鋭く見据え明らかにその声のトーンが変わった。


「待て、何が未完成品だと? それに透明薬の改良などと戯言を」


 私が反応する間もなく、オーランドさんが捲し立てる。


「いいか、姿追いの薬瓶に含まれているシャーロ蝶の鱗粉は、透明薬が光を湾曲ささる際に発するビブロード魔力素に最も強く反応する物質の一つだ。透明薬がクーロン力学の原理を応用している以上、この反応から逃れる事は不可能。それに、クーロン力学の定義上、物体を透明にするという事は不可逆的にそこに物体が存在していなければならない。つまり、透明薬で物体の形まで消え去るという事は、絶対にあり得ない。これらは水が高所から低所に流れるように、太陽が東から登り西に沈むように、不変の真理だ。改良でどうこう出来るものではない。そうだろう?」


 そうだろう? と、言われましても。言ってる事の殆どが初めて聞く言葉なんですけど。とりえず、興奮気味のオーランドさんをこれ以上刺激しないよう、黙ってブンブンと首を縦に振る。


「まぁいい。そこまで言うならいいだろう。事件の現場を見せてみろ」


 何がどうなったのか。全然話しが見えてこないけれどラカンさんの作戦は見事に功を制したようだ。


「き、協力してくれるんですか!?」


「バカを言うな。誰が騎士団に協力など。道具屋として多少興味が湧いただけだ。ちょっとした退屈凌ぎに、付き合ってやる」


 そう言うとオーランドさんはフード付きのローブを羽織り外へと向けて歩き出す。


(何だ、やっぱり暇だったんじゃん……)というツッコミをゴクリと飲み込み、私も慌ててその後を追った。


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