第5話 道具屋を訪ねろ
「――以上が、今回の事件の顛末ということで間違いないかね?」
無機質な会議室の中、髭を生やした偉そうな議長の声が響き渡る。
重鎮と思われる騎士や大臣たちから冷ややかな視線を浴びながらも、証言席に立つラカンは毅然とした態度を崩さない。
「はい、間違いありません」
ラカンの迷いない返事は、静まり返った部屋の中で幾度かこだましてやがて消える。
アイリス王女の式典翌日、ラカンは騎士団本部への出頭を命じられ査問会議にかけられていた。
まだ慰霊祭が続く中での、異常までに素早い処分。狙われたのが第五王女のアイリスということもあり、上層部はさっさと幕を引いて今後の祭典を筒がなく執り行いたい。そんな魂胆が見え見えだ。
「では、処分を言い渡す。騎士ラカン・エルバードは、第五王女アイリス様の護衛において、その責務を全うせず、王家の宝であるブローチを賊の手に明け渡した。守護すべき王室に多大な損害をもたらしたこの過失は、重大なものである」
処分の言い渡しを神妙な面持ちでただ静かに受けるラカン。
「――よって、一ヶ月の謹慎処分を言い渡す」
「……一ヶ月の謹慎?」
ラカンは驚きを隠せず、思わず声を上げた。判例に比べて、余りにも処分が軽すぎるのだ。
その反応を見た大臣の一人がため息をつき、苛立たしげに口を開く。
「……はぁ、貴様。アイリス様をどうたらし込んだ? まったく忌々しい。本来なら厳罰を下すところ、あの王女様が『減刑しろ減刑しろ』としつこくてたまらん」
それに呼応するように、他の大臣たちも口々に不満を漏らす。
「まったく、あの姫様は。政治が全く分かってない」
「それも今更な話だろ」
「まぁ、狙われたのが昨日で良かったではないか。盗まれた透明薬は1本だけなんだろ?」
「あぁ、それは間違いない」
「ならこれで事件は終わりだ。被害は最小限だったとも言えるだろう」
「まぁ、それもそうですな」
(そりゃ、盗まれた透明薬が上位王女の襲撃にでも使われたら、本部の管理不備の追求は免れないだろうからな。その点、アイリス様ならどうとでも揉み消せるという事か)
内心、怒りが込み上げてくるが、立場上何かを言えるわけでもなくラカンは握った手を静かに震わせた。
「みなさん、そこまでにしましょう。公の場であまりうかつな発言は良くない」
一人の大臣が諫めると、他の者も渋々ながら口を閉ざした。
「では、これにて閉会だ。君は自宅に帰って家から出ないように」
ラカンは深々と一礼して、部屋を後にした。
――
ラカンが廊下に出ると、その姿を見たアイリスが駆け寄ってきた。
「ラカンさん!! その、会議はどうなりましたか!?」
「アイリス様!? まさかわざわざお待ち頂いていたんですか?」
驚いてラカンはその場に跪く。
「もう、顔を上げてください。それで、処分の方は?」
「恐れ入ります。アイリス様のお陰で一ヶ月の謹慎で済みました。本来なら良くて除隊、悪ければ懲役もあり得たところを、このような御慈悲を――」
心からの礼を述べるラカンだったが、アイリスはその言葉も耳に入らないといった様子で声を荒げた。
「何ですって!? どうして身を挺して私を守ってくださった勇敢な騎士が、罰を受ける事になるのですか!! 私、もう一度抗議してきます!」
カツカツとヒールを鳴らして歩き出そうとするアイリスを、ラカンは慌てて止めた。
「お辞めください! これ以上はアイリス様のお立場を悪くします。私はこれで十分ですから」
「しかし……」
アイリスの目には大きな涙が浮かんでいる。そんな彼女を見て、ラカンは大きくため息をついた。
「それよりも、大切なブローチをお守りできず申し訳ありませんでした。何とお詫びして良いか」
「それは……ラカンさんが謝ることではありません。悪いのは犯人なのですから」
少し落ち着きを取り戻したアイリスがラカンを気遣いそっと首を振ってみせる。
口ではそうは言うものの、あのブローチはアイリス王女にとっても大切な物のはずだ。その表情には寂しさが隠し切れずにいる。
「……あの、それで事件についてなのですが。上からはブローチの捜索を打ち切れと命じられましたが、私は犯人を逃すつもりはありませんので」
「え、でもラカンさん。謹慎を命じられたと……」
「それについては、少し策がありまして」
――
ラカンが荷物をまとめに拠点に戻ってくるなり、聞き慣れた足音と叫び声が部屋に飛び込んできた。
「ラカンさん!! 何でラカンさんが懲罰なんか受ける事になってるんですか!? 私達何も悪い事なんて――」
エリナはバンバンと机を叩いて怒りを顕に抗議する。訴える相手がそもそも違うのだが、頭に血が上った彼女にはそんな事は関係無いのだろう。
「エリナ、何度言わせるんだ。俺たちはアイリス様の護衛に失敗し、大切な国宝を盗まれたんだ。懲罰があって当たり前だ」
ラカンは冷静な声で答えながら、机の上の私物を鞄に詰めていく。
「だ、だったら私も同じです! 何で私だけ呼ばれないんですか!?」
「それも何度も説明しただろ。アイリス様が本部に直訴してくださったおかげで、現場責任者の俺一人の処分で済んだんだ。アイリス様に感謝しろよ」
「で、でも」
エリナが食い下がろうとすると、不意にラカンが片手を上げてそれを遮る。
「――お前がそこまで言うなら、ひとつ頼まれてくれないか。これはアイリス様のためでもある」
「ラカンさんとアイリス様のためなら、私何だってやります!」
真っ直ぐな目で迷いなく言い張るエリナを見て、ラカンはフッと笑った後に上げた片手を揺らして見せた。その手にはメモが握られている。
訳も分からないままメモを受け取るエリナ。
「その住所にある“道具屋”を尋ねて、店主の“オーランド”という男に会え。俺の……旧い知り合いだ」
「……え? え?」
突然の指示に戸惑いながら、渡されたメモを見つめるエリナ。
荷物をまとめ終わったラカンは立ち上がりながら手短に言葉を続ける。
「王室は後日行われる上位王女の祭典のことばかりで、アイリス様のことなんて気にも留めてない。なら俺たちでどうにかするしかないだろ」
その言葉を聞いてエリナも大きく首を縦に降った。
「よし、いいか。どんな手を使ってでもオーランドを事件現場へ連れて行け。それさえ出来れば事件は解決したも同然だ」
「そ、それってどういう……」
エリナが質問を返そうとしたとき、部屋の外から声が聞こえた。
『おい! まだか? 早くしないか!』
謹慎処分のラカンを家まで送り届ける本部の騎士が外で待っているようだ。これ以上問答を繰り返している時間は無い。
「只今まいります!」
ラカンが大声で返事を返す。
「わ、分かりました。私、行ってきます」
「頼んだぞ、お前だけが頼りだ」
そう言い残して、ラカンは部屋から出て行ってしまった。
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