第3話 儚き花のような王女

「瓶に入ってたのは、透明薬の特殊な魔力を感知して吸着する粉末だ」


 地面に置いた破片を拾い上げると、ラカンは至って冷静に説明を始めた。


「液体の方は次元式の爆薬だな。蓋を押すと薬剤が混ざり合って反応が始まる。爆発の威力は弱いが、配合の調整で爆発までの時間を正確に操れるから、こういった類のアイテムには良く使われる仕掛けだ。お前も覚えておけ」


 説明を終えるとラカンはポンとエリナの肩を叩いた。


「す、凄いです! これがあれば透明人間が襲ってきても恐くないですね!」


「あぁ。投げるタイミングさえ間違えなければ、な」


 そう言って、エリナの肩を再びポンポンと叩くラカン。


「それじゃ、作戦の説明も終わった事だし。明日は頼んだぞ」


 ラカンは肩を軽く回しながら、広場を去ろうとする。


「ち、ちょっと待ってください! 薬瓶のことは分かりましたけど……明日? 作戦? 何の事ですか!?」


 ラカンはエリナの言葉に軽く眉を上げ、至って冷静に答える。


「何って。慰霊祭は明日からだからな。明日は俺とお前、あと数人で王女様の護衛にあたるぞ。もし透明人間が現れたら、お前が瓶を投げて、俺が犯人を捕まえる。以上だ。シンプルな作戦だろ?」


 エリナはその簡潔すぎる説明に戸惑いを隠せず目をパチクリさせている。


「え、えっ!? 何でそんなザル警備なんですか!? こんな状況なんですし、それこそ騎士団総出で王女様の護衛にあたるのでは……」


 困惑するエリナの反応は最もだが、ラカンはバツが悪そうに頭を掻きながらボソリと理由を説明した。


「明日の祭典……俺たちの護衛対象は、第五王女のアイリス様だ」


「あ――。なるほど」


 事情を聞いた途端、エリナの表情が少し曇った。

 国には序列順に第一から第五までの王女が存在し、お妃様亡き後、水面下で骨肉の権力闘争を繰り広げている。

 中でも第一王女と第二王女の争いは特に激しく、政治的にも大きく注目されているが……。そんな中、まだ幼く序列も最下位である第五王女アイリス様は、権力争いでは大きく遅れを取り、その扱いもぞんざいなものだ。次の女王が決まり次第、政治的な材料として他国に売り渡されるのが関の山なのは、周知の事実だ。


「言いたい事は分かるが、騎士団も団員の殆どを第一、第二王女の護衛に駆り出された。いつものことだが、第五王女は余り物の騎士を当ててやるから自分の身くらい自分でどうにかしろってことだろ」


「そんな……。身の安全に、序列なんて関係ないはずじゃ……」


「そう思うなら、自分の責務をしっかり果たせ。祭典は明日の第五王女が最初で、日を追って順に行われる。俺たちが初っ端だ。……せめて、アイリス様には安心して式典を終えて貰えるよう、気合い入れて行くぞ」


「わ、わかりました! 全力でやります!」


 エリナは胸に拳を掲げ、騎士団の最敬礼の姿勢を取って見せる。

 ラカンはその姿を見てフッと笑うと、ヒラヒラと手を振って拠点の中へと戻っていった。



 ――――



 翌日。


 第五王女アイリスの式典会場となるのは、街の外れにひっそりと佇む小さな教会だ。

 序列の上位にある王女たちの式典は、街中にある豪華で立派な教会で行われるのが常だが、第五王女となるとこの扱いだ。


 祭典の準備が整うよりも前にエリナとラカンは教会に到着した。会場には、騎士団の仲間がもう二人と、アイリスのお付きの護衛が数名いるだけ。年に一度の祭典だというのに何とも寂しい光景で、一般観覧者の姿は全く無い。


「静か、ですね」


「まぁな。人でごった返すよりも好きだけどな、俺は」


 ラカンとそんな会話を交わした後、エリナは式典が始まる前に教会の中を見て回ることにした。

 石造りの内装はどこか冷たく、天井から差し込む光が祭壇を淡く照らしている。決して新しくはないけれど、これまで沢山の人たちが祈りを捧げにやってきた事を思わせる、年季の入った長椅子。

 装飾品や椅子の配置を確認しながら慎重に通路を歩いて周ると、ふとラカンの鋭い声が飛んできた。


「おい、そこ触るなよ!」


 エリナは驚いて立ち止まり、周囲を見渡す。「足元、よく見ろ」と指摘され足元目線を落とす。目を凝らしてよく見ると、椅子と椅子の間、通路に細い紐が張り巡らされているのに気づいた。


「な、何ですかこれ?」


「古典的なトラップだ」


 ラカンが紐にそっと触れると、チリンと軽やかな鈴の音が教会内に響いた。


「紐に鈴が結びつけてある。触れればこんな感じで音が鳴る。透明薬っていっても、幽霊みたいに物体をすり抜ける訳じゃないからな。感知式の罠の定石だ」


「こ、こんなのに引っかかりますかね?」


「仕方ないだろ。予算の関係で“姿追いの薬瓶”は1本しか支給されなかったんだから。こんなトラップでも無いよりはマシだ」


 「なるほど」とエリナは感心しつつも、内心では不安が拭えない。

 ラカンに怒られないよう慎重にトラップを観察していると、不意に優しい女性の声が背後から聞こえてきた。


「ご苦労様です。皆様お忙しいのに、私のためにこんなところまで来て頂いて、ありがとうございます」


 その声に驚き、隣に立っていたラカンが急に敬礼の姿勢を取った。エリナも慌てて彼に倣い、敬礼の姿勢で立ち上がる。

 声の主は、白いドレスに身を包んだ可憐な少女。第五王女のアイリスが神父と並んで立っていた。


「どうぞ、楽になさってください。今日は私しかいませんから」


 アイリスは微笑みながら、二人に話しかける。まだ幼さを残すその姿は、まるで儚い花のようだ。透き通るような白い肌に、淡い金色の髪が肩にかかっている。大きな青い瞳は、どこか遠慮がちな雰囲気を漂わせているが、その奥には知性と優しさが宿っている。

 一説には、亡きお妃様に一番よく似ていて、5人の王女の中でも最も可憐だと噂されるが、姉たちの策略もあるのか大衆の前にその姿を見せる事は稀だ。


「恐れ入ります、アイリス様」


 ラカンがそういって敬礼をとくと、エリナもそれに習った。


「本日は我々がアイリス様の式典を警護させて頂きます。全力を尽くしますのでどうかご安心ください」


「えぇ。頼りにさせて頂きます」


 そういって優しく微笑むアイリス。


「……あら、女性の騎士さんですか? 年齢も私と同じくらいですかね? 本日はよろしくお願いしますね」


 そう言って手を差し出され、アイリスの美しさにぼーっと見惚れていたエリナは慌ててその手を取る。


「こ、こちらこそよろしくお願いします!」


「バ、バカおまえ! 跪いてお手を拝借するんだよ!」


 ブンブンと握手を交わすエリナにラカンが大慌てで指摘するが、「ふふ、構いませんよ」そう言ってアイリスは両手でエリナの手をそっと握り返してくれた。

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