第4話 こころ先輩とプールサイドで耳たぶマッサージ

(たん、たん、たん、とプールサイドで主人公が飛び跳ねる音)


(ちゃぷん)


「どうされましたか?」


「もしかして、お耳に水が入りましたか?」


(ざぶん、とこころがプールの中から出てくる)


「それならば、耳から水を出す方法を」(声が近くなる)


「教えてさしあげます」(至近距離)


「こういうときは、水が入った耳を床に向けて」(少し離れる)


「こうやって、ぴょん、ぴょんと」


(たっ、たっ)


「うさぎさんのように飛び跳ねると」


「耳の中から水が出てきて……」


「えっ……」


「知っている?」(ちょっと嫌そうに)


「……そうですか」(がっかりしたように)


「もう、ご存じでしたか」(がっかり)


「……あ。水、出てきましたか?」(いつもの調子に戻る)


「それはよかったです。……ところで」


「耳の中から水を出す方法は、どうしてご存じだったのですか?」


「小学一年生のころ、同じクラスだった女の子から教えてもらった?」


「教わったのですか」


「わたし以外の女性から」


「そうですか」


「……ええ、もちろん」


「はるか昔のことですから、気にしてはいけませんね」


「なにしろ子供のころの話ですから」


「うろ覚えになっていてもおかしくないほどの」


「遠い過去」


「前世の記憶のようなものですから、ね」


「……でも」


「わたしが初めてじゃないのですね」


「わたしが……教えてあげられなかった……」(落ち込んだ声)


「…………」


「その、子供のころのお友達からは」(いつもの調子に戻る)


「このように、教わったのですか?」(至近距離)


(きゅっ、と耳をつままれる)


「こうして、耳を下に向ける感じでしたか?」(至近距離)


(きゅっ、きゅっ)


「両耳をつままれて」(至近距離)


(きゅっ、きゅっ)


「このように、お顔をそっと横に向かされて」(至近距離)


「耳の中の水を……」(至近距離)


「抜く……」(至近距離)


(きゅっ、きゅっ)


(がさがさがさ)


「あ。どうされました?」(距離が離れる)


「耳がこそばゆい? そうですか」


「それは失礼いたしました」


「……いいえ。少々お待ちください」


「もしかして、耳の中の水が、まだ出てきていないのかもしれません」


「わたしがあなたの耳の中、この目で見ることにいたしましょう」


(ばさっ、ばさっ)


「ご覧の通り、プールサイドにバスタオルを敷きました」


「横になってください」


(ばさっ)


「……はい、それで結構です」


(ちゃぷ……ちゃぷ……)(少し遠くに波打つような音)


「プールサイドですから、少し水の音がしますね」


「お気になさらず。それよりも、あなたのお耳の中が見たいです」


「あ……そういえば、下はどうですか。厚めのバスタオルなので、固くないと思いますが」


「いい匂い? そうですか。わたしが普段使っているバスタオルですが」


「良い匂いならば、よかったです。今日は未使用なので、濡れてもいませんから、ご安心を」


「……どうかされましたか?」


「はい、そのバスタオルでわたしはふだん、身体を拭いておりますが」


「それはもう。首筋から胸元、おへその下からふとももまで、くまなく、きちんと、隅から隅まで拭きあげておりますが」


「なにか問題でも。ずいぶんお顔が赤いようですが」


「……大丈夫ですか? それではお耳を拝見しますね」


(がさっ、がさっ)


「……はぁ……」(こころの吐息。超至近距離)


「……大丈夫です」(超至近距離、ささやき声)


「耳の中にお水、もう入っていません」(至近距離)


「よかった。さっきのぴょんぴょんで、もう」(至近距離)


「すっかりお耳さん、元気になっていたんですね」(至近距離)


「……でも、念のためなので」(至近距離)


「お耳を、絞るようにして、マッサージして」(至近距離)


「もう水が出てこないかどうか、確かめますね」(至近距離)


「お耳絞りマッサージ、です」(至近距離)


「……くりくりくり……」(超至近距離)


「……くりくりくり、くりくりくり……」(超至近距離)


「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……」(超至近距離)


「……ふ~っ……」(超至近距離)


「……大丈夫です」


「とてもお元気ですね」(少し離れる)


「お耳さんのことですよ」


「……ところで、お尋ねしたいのですが」


「その小学校のころの、女性のお友達には」


「このように、耳マッサージまで教わりましたか?」


「……していませんか。つまりわたしが初めて、なのですね?」


「そうですか……」


「……ふ~っ」


「よかった」(嬉しそうに)


「なぜって、初めてはやっぱり、良いものですから」


「……反対の耳もやりましょうね」


「耳マッサージでお耳の体調を万全に」


「わたしが」


「教えてさしあげます」(至近距離)


(ばさっ、ばさっ)(主人公が反対側の耳を上にした音)


(ちゃぷ、ちゃぷ)(プールの水の音)


「……くりくりくり……」(超至近距離)


「……くりくりくり、くりくりくり……」(超至近距離)


「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……」(超至近距離)


「……くりくりくり……」(超至近距離)


「……くりくりくり、くりっ、くりくり……」(超至近距離)


「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……」(超至近距離)


「……くりくりくり……」(超至近距離)


「……くりくりくり、くりくりくり、くりくりくりくりくり……」(超至近距離)


「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……」(超至近距離)


「……ふ~っ……」(超至近距離)


「……はい。終わりました」(声が離れる)


「お耳さん、元気になりました」


「どうですか。お耳のほう、よく聞こえますか?」


「そうですか。よかったです」


「……綿棒もあったら嬉しい? いいえ、プールのあとに綿棒は厳禁です」


「ふやけきった耳の中の皮膚が、傷ついてしまいますよ」


「でも、どうしてもしてほしいならば」


「プールを出てから、耳が完全に乾いたあとに」


「わたしがいたします」


「あなたのお耳を綺麗にいたしますね」


「先輩の役目ですから」


「お任せください」


「それでは」


「改めて、部活の続き……やりましょうか」


「今日はバタフライの練習などいかがでしょう」


「このわたしが」


「教えてさしあげます」(至近距離)


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