GEWS特戦群

 命令を受けた冥雷星のヴァイクロンは自身の体を細い鋼線状に変形させていき、魔戦士らを捕らえている魔法のはりつけに巻き付いていった。


「うまいことこちらの意を汲んでくれたようです」


 ランボルグが仲間にだけ伝わる小声でそうもらした。敵にこちらの企図を知られないようにするためでもあったが、そちらはシェランドンが気を引いていたため、露呈することはなかった。しかしルシファリアには彼らの考えることが分かっていない。


「こんなもので、一体どうしようというのじゃ」


「電磁力よ。この細い鉄線に電流を流せば磁場が生まれるわ」


 ここは魔導士らしくヴェロニックが説明した。「魔力そのものは未知のエネルギーだけれども、魔力を元に組み上げた魔法の術式は磁場の影響を様々に受けるの。強い電磁力なら術式を破壊することだって可能よ」


「おぬし、それで名探偵だ、何だと言うておったのか。作者のドナン・コイルの名から電磁力コイルを使うヒントを与えるために……」


 ランボルグは感心するルシファリアに笑みを手向けた。「直接伝えると小癪な鳥に勘づかれますからね。バリアツは良いアシストでしたよ、グレンザム!」


 そう言っている目の前で白鎧の魔戦士がランス軍の兵士に豪快に突き飛ばされ、彼らを拘束する十字架の前まで転がってきた。同時に撃てと命令が発され、直ちに大砲が火を噴く。

 ヴァイクロンが術式を破壊したのはまさにこの時であり、この瞬くよりも短い時間にGEWSゲウス特戦群はまさに魔王の使徒に足る仕事をしてみせた。


 冥焔星グレンザムが強力な炎の結界を作り出し、向かってくる砲弾の脅威にぶつけると、力と力が一瞬だけ打ち消し合ってほんの少しのを作り出した。その僅かなあいだに冥智星ランボルグが超重力を使った秘術を完成させた。この究極ともいえる術式は刹那せつなではあるが時間そのものをぴたりと止めてみせたのだ。彼を中心とした極小の範囲にいる者のみが動くことができ、グレンザムが倒れたシェランドンを引き寄せて特戦群が一塊となったところでヴェロニックが動いた。残されたわずかな魔力を集中させ、仲間をルシファリアの宝筐ミラクロの中へ瞬間移動させたのだ。

 ランボルグの止めた時間の中でなければ、彼らの強大な魔力の推移は容易く不思議な鳥に感知され、たちまち妨害されてしまっただろう。巨人マージの炉心を完全に吹き飛ばす威力の中、彼らはこの難局を乗り切ることができたのだった。


「とはいえ、そっちも無事では済まなかったようね」


 宝筐から吐き出された特戦群は力を使い果たして困憊した様子であり、シェランドンは気丈にも立ち上がって見せたが、グレンザムをして片膝を突いた状態から動けずにいた。ランボルグは大の字にのびて意識を失っており、ヴェロニックは辛うじて上半身だけを起こして息遣いを激しくしていた。また、難を逃れたとはいえ絶大な火力に中にあったのだ。魔王軍の戦士ディアゲリエを象徴する彼らの武装一式はいずれもひどく破損していて、やがて強制的に解除されて虚空に消えた。

 レイの見ている前で魔戦士達の素顔が晒されたが、グレンザムの中の人が赤毛の白人であったことはともかく、銀面軍師の肌が武装解除後も銀色であるのを見て意外に思った。


「降伏しなさい! 大丈夫、怪我を負った者には手を出さないわ。これだけ言って、まだ抵抗するつもりなら──」


 ミシューをブリックに預けてレイが意識を集中させると、頭飾りに装着された柘榴石が眩く光ってエースライザーが出現した。レイは浮遊する盾から剣を引き抜いた。


「──正義の女神デエス・ドゥ・ラ・ジュスティスカノンと皇帝アンペルールジャンヌ・ヴァルトの名において、このレイ・アルジュリオがヴァイダムの野望を討ち果たす!」


 女戦士の立ち振舞いには神々しさすら感じさせ、ブリックは固唾を飲んで見守った。この佇まいたるや、まるで皇帝ジャンヌ・ヴァルトの威容を描いた肖像画の様ではないか!

 魔王軍の戦士達でさえ彼女の変貌ぶりは認めざるを得ず、レイの放つ武威に気圧された。


「おのれ、ヴァイダムを嘗めるか」


 ルシファリアもダメージが深刻であったが、黒ドレスの幼女にとって運が良かったのは皮肉にもレイによって魔力をたっぷり注ぎ込まれた白玉剣アラバスターメーザーで、これは彼女の力を補佐するのに役立った。


「ヴァイダムチェンジ!」


 そう叫ぶや、魔王軍首魁の身体は異空間から飛来した黒々とした装備に包まれ、背中には青や緑、紫など複数の色が絡み合った光沢で際立つ艶やかな黒い翼が出現してはためいた。

 彼女の脇に抱えられたままの不思議な鳥は羽をばたばたさせて必死に助けを請うた。


「カーバンクル、ちょっと待ってなさい。すぐに助けてあげるから」


「早めにお願い」


「だまれ」


「ルシィ」 グレンザムだった赤毛の男が訴えた。「ランボルグの状態が危険だ。早く運ばないと命に関わる」


「時間を止めるほどの重力を使うのだもの。そりゃあごっそり体力を持っていかれるわ」


 ヴェロニックが銀面男に応急処置を施し終えると、ランス軍の幹部だった大男がランボルグの体を肩に担いだ。「その女に止めを刺せないのは口惜しいが、片割れのアホ鳥は確保したんだ。ここは一旦退いても負けにはならねえぜ」


「しゃらくさいわ、」 と部下を一喝するや彼らをまとめて宝筐へ吸い込み、ルシファリアはカーバンクルを小脇に抱えたまま翼を広げて飛び上がった。


「レイ・アルジュリオよ、勝負とこやつは冥魁星白玉剣のルシファリアが預かる。返してほしくば……せいぜい足掻くことじゃ」


 それだけ吐き捨てるように言うと、魔王軍の首魁たる黒天使の少女はエースライザーによる砲撃で大きく崩れた天井部の一角から目にも止まらぬ速度で飛び去った。


 うわっと生じたもの凄い風圧に目を閉じ、体をよじって防いだブリックがゆっくりと元の姿勢に戻ると、辺りは激しい戦いの痕跡だけを残して静まり返っていた。すると胸に抱いていた青灰色の猫が急にするりとブリックの腕を抜けた。

 ミシュー? と、この賢いシャルトリューが移動した先を見て驚いた。


「レイッ!」


 力を使い果たしたのか、レイは無言で床に突っ伏していた。しかもブリックには意味が分からなかったが、何故かレイの衣服は消失しており、一糸まとまぬ姿であったことに二度驚いた。

 それでもミシューが早く助けろ、と言わんばかりに鳴き叫ぶ。

 ブリックは焦りはしたが、司令官部屋での経験からいくらか自分を落ち着かせ、両手でレイの体を仰向けにして抱き上げる。


「しっかりしろブリック! やましいことなんてあるものか。大好きな女性ひとを助ける、ただそれだけのことだ」


 そして魔力マナモビルへ慎重に運んでいく後を、側に落ちていた手巾をとくわえたミシューが追いかけた。

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