魔王ハジュン

 シェランドンがカーバンクルの術式に捕らわれていた時だ。何とか脱出できないものかと藻掻もがいていたが、現状は芳しくない方へ向かうばかりだった。ルシファリアの武器が奪われ、よりによって自分達の魔力を吸い込んだ巨大砲塔エースライザーがこちらに狙いをつけている。さらに城砦内にいたランス軍に魔力モビルを鹵獲ろかくされて逃げられたことが知らされた。

 時間がない。

 敗色濃厚といった雰囲気の中、シェランドンは自らを拘束する術式の解除に専念した。やがて少しずつ拘束が解けていくのを実感した時、不意に周囲が暗転し、続いて彼の頭の中でしゃがれた低い声が響いた。


「おめでとう、冥雷星の戦士シェランドン……」


「だ、誰だ」


 急にシェランドンの拘束が解かれて地上へ投げ出された。うわっと片手をついて着地し、ゆっくりと周りを見渡すと、そこは時間そのものが凍り付いたようであった。魔王軍の仲間も、小生意気な敵も、自分を除いて動くものがいない。しばらく唖然としていたが、すぐ近いところにレイ・アルジュリオとアホ鳥が勝利を確信して喜ぶ姿があった。


「この野郎、いい気になりやがって」


 自分だけ動けるのをいいことにシェランドンは拳を振り上げ、猛然と振り抜いたが、攻撃はレイの体をすり抜けて空を切った。


「???」


 何度も手をかざしてみたが、一向に触れる気配がない。これは一体どうなっていやがる、と喫驚していると再びがした。


「無駄だ。貴様は現在、我が結界の中にある。外界の対象は実在せず、すべては認識表象に過ぎぬ」


「何を小難しいことを……それより、おまえは一体何者だ」


 闇の中に顔が浮かんだ。途端に黒い瘴気が渦巻き、この世のものとは思えぬ恐怖、誹謗、侮蔑が立ち込めた。まとわりつく空気のあまりの汚さにシェランドンはたまらずに吐き気を催した。魂が汚損おそんされ、自身が果てしなく凌辱されていく。


「ぐああ、なんだこれは……やめろ、やめてくれっ」


「ふふふ……これは我が生まれた第六天に満ちる怨嗟の念。恐れずに受け入れよ。闇の力が新たな力を汝に授けるであろう。汝は魔戦士ディアゲリエとして次の段階へ昇級する機会が訪れたのだ」


 禍々しい怨念が暴れるシェランドンの体に憑りつき、真っ黒な球体を作った。たまに手や足が球を突き抜けて中の人間の抵抗を示したが、やがてそれも収まり、しばらくすると球体が自然と消滅する。そこには先程まで露呈していた恐怖が微塵もなくなったシェランドンの姿があり、虚空に浮かんだ不気味な面体めんていと対峙していた。


「……あんた、もしや」


「我が名はハジュン。冥府が作りし第六天世界の瘴気より生まれた闇であり悪意。我が意に参じ力を得た戦士よ、我が御子たるルシファリアと共に戦うのだ……」


 魔王ハジュン! シェランドンは魔戦士の試練を受ける際、指導役だった男に聞いた話を思い出した。魔星を得た者が一定以上の修練を積み上げると魔王に呼びつけられ、力を授けられるというのだ。


「新しい力。そうだ、俺にもついにヴァイクロンが使えるようになったのかもしれない!」


 さっそく試してやろうと、それっぽく念じてみると、床からひょろっと痩せ干せたヴァイクロン兵が一体生えてきた。


「な、なんじゃこりゃ? 思っていたのと随分違うな」


 しかし良く見るとヴァイクロンの細身は金属質で、試しにシェランドンが指で触れるとバチッと静電気が爆ぜた。見た目はアレだが、そこは冥雷星の下部しもべらしいと多少の関心を寄せていると魔王の結界が急速に薄れていくのを感じてシェランドンは焦った。このヴァイクロンの使い道が閃きそうだったのに、時間がない。


「おまえ、その辺に隠れていろ」


 それだけ命令すると、シェランドンは勝利を確信して浮かれている小生意気な女士長に向けて奇襲をかける。


「……カーバンクル、今の聞いたわよね。散々はぐらかされて来たけど、これでやっと憧れの第一空挺団入りよ!」


「そいつは愛でてえな」


 現実空間に戻ったタイミングでシェランドンは目の前にいる女に渾身の一撃を飛ばしてやったが、間一髪で避けられて心で舌打ちした。この女、一体どういう反射神経していやがる!


「ヴィガン二尉⁉ どうやって……」


 魔王に解いてもらった、など言えるはずもない。ちょっと考えてからシェランドンは発した。


「へっ! 知っているか? 術式ってのはよ――馬鹿力で壊れるんだよ」


 奇襲そのものは成功した。女を半殺しにして掴み上げ、鳥型機罡獣に仲間の解放を迫るところまではよかった。

 ところが女が突然息を吹き返し、逆襲を受けてシェランドンは驚愕する。

 こんな小さい女のどこにこんなパワーがあるというんだ? こちらは魔王軍の装備に身を包み、魔星の段階を引き上げたというのに、なぜ倒しきれないのか。


「ねえヴィガン二尉。あなたもカラテをやっていたのなら、残りの道場訓を一緒に言わない? 気分が晴れるわよ」


 こいつ、何を悠長なことを。それと、俺の格闘技はカラテじゃねえ。サバットだ。似ているが一緒にするな。


「生憎だったな。カラテは俺の敵なんだよ」


 うわっと蹴り込んでやった。蹴りはステップで避けられたが、これを見てアルジュリオは俺がサバット使いであることに気が付いたようだ。動体視力がどうとか言っていたが、いい目をしているのは認めてやろう。


「サバットとな?」


 相変わらず背後では仲間達がわちゃわちゃと話しをしている。少しはてめえらで脱出する努力をしたらどうだとシェランドンは苛立った。

 え、なんだって? サバットは海を渡ったグランディアだとバリアツって格闘技に派生した……? それでなに、名探偵ハウズィズの主人公が使う格闘技になっただと? ちがう、そうじゃない! もう少し気の利いた助言の一つでも出ないものか、こいつら……いや、ランボルグ、おまえ今なんて言った? 名探偵ハウズィズ……作者はドナン・コイル……。コイル。俺の力は電気……。たしか電気は術式を狂わせるような、そんなこと医務室で言っていたよな!


 シェランドンの頭に光明が宿った。すぐに脳波を飛ばす。――おい、俺のヴァイクロン、聞こえるか……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る