告白の瞬間

 マージの城砦から距離を取ったところで様子を観測していたランス軍は巨人に変化があったことを臨時司令官に就任したエルリックに報告した。


「巨人の右肩部に爆発を確認。接合部から右腕が落ちます!」


 激しい轟音と共に巨人の腕がゆっくりと崩落し、地上に激突するとその振動で大地が揺らされ、巻き上がった砂塵が観測していたランス軍の陣地にまで達した。エルリックはさらなる大爆発を予想して隊員達に防御態勢を取るように指示を徹底する。ここにいるのは第四中隊の人員と志願した城砦守備隊であるが、彼らは車両を盾にしつつ急造した掩体壕えんたいごうに身を寄せていた。


 彼らの後方には鹵獲した魔王軍の魔力マナモビルであるグビラードの姿もあり、防御術式を展開して観測班の人員を護りつつ、成り行きを見守っていた。その操縦席に座るブリックはレイの安否を心配してやまない。自分のタブレットを握りしめ、依然連絡の付かない仲間の無事を願った。そして副操縦席に座る仲間の頭を優しく撫でながら、いざという時はひとりで城砦に突貫してでもレイを救助する覚悟で状況を見守った。


「巨人内部にあった魔力エネルギーが急激に収束していきます。……魔力値、ゼロを確認。巨人の炉心は完全に停止しました」


「そうか」


 エルリックは報告を受け止め、しばらく片腕を落とした巨人の姿を眺めた。「引き続き観測を続けろ。このまま動きがないようならば捜索班を編成し……」


 そう言いかけた途端、グビラードが起動した。足を折って腹を地面につける待機姿勢から立ち上がり、そのまま前進を始めたのだ。エルリックは無線機に向かって怒号を上げた。


「ブリック! 貴様、何をしている。直ぐに止めろ」


 だが若い士官は臨時司令官の言うことにお構い無しだった。グビラードを器用に操縦し、隊員達が身を隠す掩体壕を巧いこと跨ぎながら城砦へ近づいた。


「あのバカ、一体何を考えて……」


「まあまあ、隊長。いや、司令官代理。今は目をつぶってやりましょう」


 なに? と隣を見ると、そこには一曹の階級章を付けた体格の良い男が立っていた。


「タニー、甘やかすとあいつの将来のためにならんぞ。工作とはいえあいつを殴った罪滅ぼしというのなら、もっと他にだな……」


 タニー・エルディ一等陸曹は答える代わりにエルリックの持つ観測用の双眼鏡を指示し、あそこを見るようにと促した。そこは魔王軍との戦闘でグビラード三号機を破壊し、その後巨人の胸にぽっかりと開けられたままになっている大穴である。

 エルリックが怪訝に双眼鏡を覗くと直ぐに呆れた様子で、しかし安堵した表情で納得した。そこにいたのは彼女が生まれた時から知っており、自分の娘のように接してきた部下の姿である。


「レイッ!」


 グビラードの頭部をうまい具合に巨人に合わせ、上部搭乗口から飛び出したブリックは、彼女の名前を叫びながらでこぼことした魔力モビルの表面を走り抜けた。


「ブリック……」


 笑みを浮かべ、両手を広げるレイにブリックは全速力で駆け寄った。もう迷うことはない。今こそ自分の気持ちを告白すべきだと若い士官は考えた。想い人の肩口には不思議な鳥が止まっているが関係ない。いっそ彼に見届け人になってもらって二人の仲を公言してもらおう!


 緊張と高揚感で胸を膨らませている時に、彼の足元を小さな影が駆け抜けていった。


「わっ、ミシュー」


 あら、ら? 突然、副操縦席にいたはずのシャルトリューがブリックの先を越し、レイの胸に飛び込んだではないか。

 一瞬は唖然としたブリックだったが、ネコにレイを奪われてたまるものか、と自身を鼓舞して前進した。そんな決意の矢先、彼の顔面に不思議な鳥がばさばさと飛びかかってきた。


「うわっぷ、ちょ、ちょっと、カーバンクル?」


「怖い、怖い」


 必死にどかそうとするもカーバンクルは何やら毛骨悚然もうこつしょうぜんの状態。やっと顔の前から背中に回ってガタガタと震えはじめたので、ブリックが改めてレイを見ると、彼女はシャルトリュー特有の毛並みに顔を埋めて幸せの極致といった表情を浮かべている。

 ネコの方もまんざらではなく、レイの首に両腕を回してぴったりと抱きつき、ごろごろと喉を鳴らしているではないか。

 ブリックは敗北感に支配されてしまい、非常に残念そうな表情を浮かべた。


(ああ、ブリック、それよ、それ! その顔が最高に可愛いの……)


 ミシューを抱っこしながらこっそりとブリックを眺めるレイは自分の意地悪さを実感しつつも、この状況を心の底から堪能した。


「ねえ、ブリック。なんでミシューがいるの? ボトム司令は?」


「あ、ああ、ミシューというんだ、このネコ。初めて知った……。ボトム司令官は疲労がたたったのか、ご自分の部屋で倒れていたところを救助されたんだ。エリクソン三佐に後のことを託して、他の怪我をした隊員と一緒に後送されたよ。病院にネコを連れて行くわけにはいかないから、エリクソン司令代理に言われて、しばらく自分が預かっていたんだ」


 ブリックもレイに聞きたいことは山ほどある。「巨人の炉心が停止したことは外で観測できたけど、一体なにがあった? 魔王軍はどうなったんだ」


「勝ったよ」


 ぴょこんとカーバンクルがブリックの背中から飛び出し、彼の疑問に答えた。「エースライザーの砲撃で、巨人の心臓ごとまとめて吹き飛ばしたのさ!」


「爆発するんじゃないかと、ひやひやしながら見ていたんだ。無事でよかった」


「エヘヘ、レイの機転だよブリック。彼女がこれをね――」


 ブリックの腕に喜々と飛び移ったカーバンクルがきらりと額に装着した柘榴石を輝かせると、ガマ口財布が出現した。

 これは魔王軍の大将だったルシファリアのものであり、この中に宝筐と呼ばれる収納部屋が設置されている。

 カーバンクルが器用にガマ口に翼を突っ込み、引き抜くとその手羽先には一振りの剣が握られていた。魔王軍の首魁が自身の通り名としても用いた冥界の業物、白玉剣アラバスターメーザーである。


「これを弾丸に変えて巨人の心臓に打ち込んだんだ。炉心の魔力エネルギーをこれが全部吸い込んでくれたから、爆発は最小限で済んだのさ」


 目の前の白い剣を見せられてもブリックにはよく分からなかったが、とにもかくにも魔王軍の侵略を退けた事実は喜びをもって受け止めた。


「エリクソン司令官代理に報告しなくちゃ。勝手に飛び出してきちゃったから、きっと暴れ馬のようにカンカンだよ」


「それは難儀じゃのう」


 ――ッ⁉


 突然の出来事にその場にいたものは全員凍り付いた。宝筐の中から黒い髪とドレスを纏った少女が飛び出すと、おもむろに不思議な鳥ごとガマ口財布と白玉剣を奪い取ったのだ。


「そ、そんな……! どうして」


 カーバンクルを抱えたままルシファリアはブリックをレイの方へ蹴り飛ばすと、若い士官はうわっとよろめいてレイを巻き込んで倒れてしまった。


「……危ないところであった。誇るべきは我が部下、GEWSゲウス特戦群じゃ」


 続けてルシファリアの宝筐から魔王軍の戦士達が吐き出され、彼らはマージの石床の上にごろごろと転がった。

 呻きながら身を起こした白鎧の大男は一言、言い放った。「勝った、だと! ガハハ、残念だったな……!」

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