巨人の真意

 真っ白い光で満たされた不思議な空間の中にレイとカーバンクルは立っていた。彼らの前には一人の青年の姿があり、その服装が旧世界で魔王軍の神官が用いた聖衣であるのを見てカーバンクルはさてはと思った。


「君は、カミル?」


「その通りだ、カノンの機罡獣め。我ら巨人兵器は貴様らを打倒することだけを夢見て今日まで眠りについていたのだ」


「わたし達の勝ちね。文句ある、カミル」


 ぐぬぬ、と憎々し気に唸るカミルであったが、腕を組んで見下ろす態度でいるレイの前に言葉がなかった。


◆◆◆◆


 マージの巨人が誕生したのはまさに魔王ハジュンの支配した時代である。エーテリア大陸の東方世界と中つ国をまたいで広がる大草原に降誕したハジュンは、そこで群雄割拠を繰り返す部族の一つに近づき、力を与えた。この時の部族が後に魔王軍ジャハンナムと呼ばれる兵力となり、無人の野を駆けるがごとく二つの文化圏を支配した。残る西方社会へ向けて侵攻を開始しようとしたところで、ハジュンの魔王軍はカノンが率いる機罡戦隊の激しい抵抗を受ける。


 互いに一進一退の攻防を繰り返す中、魔王軍はこの局面を打開するために新兵器を開発した。それが巨人兵器群ハジョムタイでありエヴィル、ハヌーン、タラカム、ドゥシエナ、ズッカ、ガドーン、そしてマージという魔神の名を冠した七柱が建造され、大変な強敵となって機罡戦隊に襲い掛かった。

 ハジョムタイこそ、魔王軍が成せる圧倒的物量の体現であり、後がない西方社会の連合軍と機罡戦隊に止めを刺すため、それらは進撃の足音を響かせたのである。


 巨人はそれぞれに魔力炉心を備えていたが、それには人間の魂が使用されていた。

 人権など微塵もない時代の話である。

 ジャハンナムの魔法使い達は巨人の核に人間の魂を結晶化させたものを搭載したのだ。魂には煌めくような強さが存在し、加工次第によっては大きなエネルギーを生み出すのだ。


 すでに魔王軍は人間の魂の強さを七段階に判別する技術を確立しており、征服した地の人間を儀式にかこつけて選別していたので、素材には事欠かなかった。むしろ巨人の核となることは魔王ハジュンの御心に近づけると嘯かれていたので、殉教を希望する者が殺到したほどである。


 マージの核となったカミルという男もその一人だった。彼は熱狂的な魔王の信者であり、あまりに強い信心からマージの核となった後でも自我を保ったことでジャハンナムの魔法使いや技術者を驚愕させた。

 通常であれば結晶化された魂はエネルギーだけの存在であり、自我は消失する。

 カミルはその常識を覆しただけでなく、自らの意志の力で七体の巨人を連動させてみせた。この成果によってマージは巨人兵器ハジョムタイの旗艦として運用されることになり、西方社会を粉砕すべく出撃した。


 カミルの尋常でない狂信に突き動かされた強力な巨人兵器群はカノンと機罡戦隊を散々に追い詰めたが、彼らの結束と底力の前に優勢を覆された。他の巨人が倒れていく中、旗艦であるマージは最後まで進撃を緩めず、内包する全エネルギーを凝縮させて撃ち放つ破壊術式を発動させる。

 攻撃目標は西方社会連合軍の中心的存在であるランスだ。この一撃が放たれればランスの国土はごっそりと抉られて巨大なクレーターとなり、永劫にエーテリア大陸から葬り去られることだろう。

 そうはさせじとマージの体内に突入した機罡戦隊の工作が間に合い、破壊術式は間一髪で止められた。

 マージは凍結されたが、カミルは呪いの言葉を残した。


「おのれ、忌々しきカノンと機罡戦隊どもめ。次に目覚めた時には必ず撃ち滅ぼしてくれん!」


 そして延々と長い眠りについたカミルであったが、まさに今日、ヴァイダムの攻撃が彼の意識を覚醒させた。


 彼の信仰心はいささかも色あせることなく、目覚めたその瞬間から任務の継続に駆り立てられ、ランスの首都ルティを狙った。だが、自分の体がまったく思い通りに動かせないことに気が付く。

 だから情報を集め、状況を把握しつつ、自身の目的を果たすために必要な行動に迫られた。エネルギーを補充しなければならない。


 巨人の炉心は魔力さえあれば半永久的に動けるが、魔王消失の影響で魔力が消えたためにエネルギーが枯渇していた。レアンシャントゥールでこの世に魔力が再びもたらされたことで、わずかな炎が炉心に灯りはしたが、それだけでは昔日の運用には程遠い。エネルギーを補完するには人間の命が必要だ。

 それも、自身に匹敵するほどの強い力を持った魂が!


 旧世界でジャハンナムが魂の強度を計るのに用いた術式を使い、カミルは自分の体内にいる人間を判別した。(なお、カミルが眠っている間に人間が勝手に自分を城砦として利用していたことについては、特段の驚きはなかった。元々拠点制圧用に魔王軍の兵士を運搬する設計だったからだ。)

 当初は現代の魔王軍であるヴァイダムの魔戦士を使うことを考えたが、ふと機罡獣の存在に気がつく。

 不思議な鳥カーバンクルだ。

 千年前、彼らを倒すために生まれた自分がその姿を忘れるはずがない。カノンと五人の機罡戦隊はいずれも劣らぬ強敵であったが、特に鳥付きの戦士は別格だった。その機罡獣に選ばれた人間ならば炉心を活性化させるに十分であろう。


 こうしてカミルはレイに目を付けたのだ。


 司令官であるボトムの野心に付け込み、うまい具合にレイを祭壇に供させたところまではよかった。事実として彼女の魂は非常に強壮であり、カミルは城砦内部の機能を一瞬で掌握してマージを本来の巨人として起動させることに成功したのだ。


「おお、なんと素晴らしい! 多士済々なジャハンナムにあってもこれほど強い魂を持つ者はいなかった。さあ、その魂を我に捧げよ。マージを復活させるのだ」


「お断りよ」


「な、なに⁉」


 厳しい口調で返答されて、カミルは大いに魂消たまげた。「そ、其方そなた、この場において自分の意識があるのか」


「そんなに驚くこと? いきなり初対面の人間に向かって魂よこせなんて、どうかしてるわ」


 カミルとレイの魂が現実とは軸を異にした特殊な空間で相対した。そこは精神だけの場であり、具体的に姿形が見えているわけではないのだが、不思議とお互いの存在を実感することができた。

 それにしてもここはカミルがハジュンに与えられた聖域と呼ぶ場所であり、彼以外の意志が介入する余地はないはずである。レイが強い魂の持ち主であることは認めるが、まさか聖域に干渉するほどの力があるとは夢にも思わなかった。


「レイ……アルジュリオというのか。女伊達らに、ずいぶんと破天荒な生き様であるな……」


「あら、ら! ちょっと、勝手にわたしの心の中を覗き込まないでよ、カミル」


「ぐぬぬ、これは神の意志で、どうにもできぬ。そもそも他人がここへ入って来たのは初めてで、我もこの感覚にはちょっと戸惑っている」


 心の防壁であり、他人との関りを隔てる肉体が一切取り払われた空間だ。魂に刻まれたお互いの個人情報がない交ぜとなって絡み合い、本人の意志に関係なく途方もない量の知見が頭の中にあふれ返った。


 しばらくは二人して反発し合いながらも、情報の整理に追いやられた。


 レイは、カミルが自分を電池にしてマージを起動させ、大型戦略魔法を準備していることを知り得た。しかもその攻撃力がランス一つに留まらず西方社会全体に及ぶと分かって猛然と反発した。


「カミル! わたしの心意気は十分に理解してくれたわよね。あなたが魔王の命令通りに西方社会オクシデントを、ましてやわたしの故郷であるルティを破壊しようというのなら、わたしはそれを全力で止める。バカなことはやめて、もっとこの巨人を平和利用することを考えて」


「魔王の創造する世界こそが人類を永遠に平和にする。ランスは西方社会の中心的な存在。これを根こそぎ破壊すれば我らが魔王軍はエーテリアを征することになる」


「あのね、今はもう新世紀なのよ。魔王軍は昔みたいにエーテリアを征服しているわけじゃないの。勝手にそう名乗るちんけな連中が昔の真似事をして世間を騒がせているだけ」


「ヴァイダムか。彼らもまたハジュンより力を授かった正統なる魔王軍の戦士。呼称は違えど魔王の尖兵。彼らと共に魔王ハジュンを迎えるのが我の使命。大人しくそこで人の世の行く末を見ているがいい」


「なら仕方がないわ。ヴァイダムと一緒にカミル、あなたを止める」


 世迷い事を、とカミルが言い放った瞬間、聖域内での会話がぶっつりと切れ、共有していた情報が消滅した。レイの魂を吸い上げていた台座が機罡獣に破壊されたのだ。エネルギーの補給を寸断されたカミルの炉心は著しく出力が低下し、マージは再び動かぬ城砦に戻された。


◆◆◆◆


 カミルの姿が透明度を増していく。現世に留まっていられるのも限界だった。巨人の思念として永らえてきた旧世界の青年は、何かを言いたそうな表情を浮かべたが間に合わず、言葉にする前にその姿を消した。


「カミル、何か言いたそうだったね」


「きっと、こうよ」


 カーバンクルの素朴な疑問にレイはあっけらかんと答えた。それはランス人が些細な失敗や問題に対して、あまり深刻に受け止めず流すときに使う表現だった。


セラヴィC'est La Vie!」



 そしてふたりが通常空間へ戻ると、目の前にはルシファリアの剣が床に突き刺さっていた。

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