最大級の敬意
レイは片膝を突きながらもカーバンクルを抱き寄せて、居並ぶ魔王軍の戦士達に剣を向けた。
まだだ。まだ、終われない。
呼吸を整えながら、彼らからの攻撃に備える。エースライザーがレイとカーバンクルを守ろうと、力を振り絞って浮遊を続ける。
「ほら、どうした? 俺達はこの通りずらっと並んでいるぜ。大砲で一掃するチャンスだよな」
シェランドンは一気に踏み込みたい心境であったが、ランボルグがこの期に及んでも慎重だったのは、レイの目がまだ諦めていなかったからだ。先程の戦闘でもあと一歩のところで取り逃した。確実に仕留めねばならない。
「これで終わりにします。魔星召喚」
魔王軍の戦士に与えられた魔星が彼らの体から浮かび上がり、魔界の悪意を根源に輝く黒い星々に照らされて辺りは闇に包まれた。
「うわっ」
突如、闇がレイとカーバンクル、そしてエースライザーまでも拘束した。それは言わば闇の十字架であり、レイ達はこの強力な呪いによって成す術もなく捕らえられ、磔にされた。銃殺前の兵士そのものであり、哀れな死刑囚へ向けて魔星のどす黒いエネルギーが異様なプレッシャーを放っていた。
「ねえ、カーバンクル! なんだかすごい魔法で動けないけど、あなたならぱぱっと打ち消せるのよね?」
「もちろんだよ、レイ。エネルギーが空っぽでなければね」
頼りない相方の返事から今度は万能武具へ視線を移す。ガツン、ガツン、とエースライザーが闇の拘束を解こうと何度も暴れたが、抵抗も虚しく取り押さえられた。
がっくりと頭を垂れるレイの腹が、ぐう、と鳴る。
「はぁ、お腹が空いたな。考えたら今日って朝からろくにご飯を食べてないじゃない。レオノーラの料理が恋しいわ。焼いたクロワッサンにバターをたっぷり乗せて、ワインにチーズ、生ハムメロンに、ニンニクをガツンと効かせたエスカルゴは外せないわね! 主菜はもちろん牛肉の赤ワイン煮込みでしょ、ニシンのムニエル、それから……」
「それじゃ栄養が偏っちゃうよ、レイ。旬の野菜を盛り盛りにして煮込んだラタトゥイユもレオノーラにお願するといいよ。バジルも添えてって」
「これから死ぬって時に、おめでたい連中だな」 稲妻を浴びせかけてやりたい心境のシェランドンだが、召喚した魔星の維持に力を集中させているため、憎まれ口を叩くのがせいぜいだった。
「レオノーラとは誰のことじゃ」
「彼女の母親よ。料理がとても上手らしいわ。でもレイは野菜嫌いだから、よく怒られたんですって。野菜、美味しいのにね」
「いや、野菜嫌いな点についてはあの女に同意する。肉を食わねばディアゲリエの大きな力を保持できんからな。むろん食うのは熟成させた赤い肉だ」
「――そこまでにしておきましょうか」
どこまで赤が好きなんだ、と三人が異口同音に口から出かかったところを、ランボルグが一言で制した。ルシファリアを筆頭に弛緩していた空気がピリッと引き締まり、揺らいでいた魔星のオーラが再び突き刺さるような鋭さを持ち直した。
そしてランボルグは彼らより一歩前に出て、磔にされた者達へ通告する。
「レイ=ジャンヌ・スペンサー・アルジュリオ士長。ならびにカノンの機罡獣カーバンクル。我らが宿す魔星による処刑は、ヴァイダムが強敵と認めた相手に払う最大級の敬意です。そして刑を執行する者は我らが指導者にして魔王ハジュンの御子なるルシファリア。彼女の宝具である白玉剣にこの魔星のエネルギーを集め、増幅し、解き放てば、あなた方の魂は魔王ハジュンの生まれた世界へ飛ばされ、未来永劫生まれ変わることのない深い闇の中へ堕ちるのです。さあ、ルシファリア。御自らの手でこの者達を
「……」
ランボルグの朗々たる口上が済んだというのに、肝心のルシファリアは気まずそうな顔のまま、何かを求めて体のあちこちに手を這わせていた。それが済むと今度はきょろきょろと周囲に視線を移し、明らかに心慌ただしく、意を乱している。
「……どうかしましたか、ルシィ?」
「そ、それが、ガマ口が見当たらん。白玉剣はあの中なのじゃが、どこかに落としたかのう」
ガマ口とは彼女が肌身離さず持ち運んでいた財布の形をした宝具であり、何でも収納できる宝筐へつながる重要なアイテムである。
「……皆さん、聞きましたね。魔星を維持したままで大変だとは思いますが、捜索しましょう」
魔王軍の戦士達はざわめき、全員で膝を折って手をつき、周辺を探し始めた。
「あら、ら! 物品の紛失は大変よね。これを外してくれたら、わたしも一緒に手伝うけど!」
「うるさいわね」
魔星を維持することに集中しながら他のことを行うのはしんどいらしく、ヴェロニックの態度は邪険であった。
レイはことさらに嫌味を込めて言った。
「残念な反応ね。ネコの手も借りたいでしょうに」
ぴたり、とルシファリアの手が止まった。ネコ。そうだ。ミシューの粗相をシェランドンに掃除させていた時には、確かにガマ口はこちらで所持していたはずだ。「……ランボ。思い出したのじゃが、そもそもおぬしにガマ口を渡さなかったかのう?」
「ああっ!」 とシェランドンも立ち上がってがなり立てた。「俺も見ていたぞ。確かにルシファリアはお前に財布を渡していたぜ!」
ヴェロニックとグレンザムからも凝視されたランボルグは、ルシファリアがしたように自分の体の上から下まで手を這わせた。そして冷や汗を銀面に滲ませながら、呆然となりそうな意識を何とか踏ん張らせて考えを煮詰めた。
「ま、まさか……」
銀面軍師が磔になっているランス軍の士長を振り返った。その時を待っていた、と言わんばかりにレイはエースライザーに号令を発した。
応ッ! と万能武具は自身を大輪の刃に変え、闇の拘束を豪快に断ち切って飛翔した。続けてレイとカーバンクルを束縛する闇の十字架を苦もなく切断して二人を自由にすると、再び元の盾へと姿を戻してその場に浮いた。
「カーバンクル!」
あいよ! 今度は相棒たる不思議な鳥が額の宝石を輝かせると、そこからガマ口の財布が出現した。
魔王軍の戦士達が目を点にする前でレイはその中へ手を突っ込み、ルシファリアの宝具たる白玉剣を抜き放った。
「この剣は魔力を吸収して、さらに増幅させるのよね。あなた達の魔星のエネルギー、そっくり頂くわよ!」
レイの掛け声で白玉剣はその能力を遺憾なく発揮し、あっという間に五つの魔星を飲み込んだ。
続けてカーバンクルが額の宝石を光らせると、今まで自分達を拘束していた闇の術式が魔王軍の戦士を襲い、今度は彼らが暗黒の十字架によってことごとく磔にされたのだった。
「ランボ! 冥智星銀面軍師のランボルグよ! これは一体どういうことじゃ、説明せい!」
「はっ、魔王ハジュンの御子にして我らがヴァイダムの首領、冥魁星白玉剣のルシファリア。私としたことが、うっかりしていました。あなたにガマ口を返し忘れただけにとどまらず、アルジュリオ士長めの接近を許した時にそれを奪われたようです」
「
魔王軍の戦士達が驚愕したのは、答えたレイの横にエースライザーの変形した巨大な砲塔が出現しており、自分たちに狙いを付けていたからだ。
「私の持てる最大火力で決着をつけるのは、あなた達へ対する最大級の敬意よ。良き冥土への旅路があらんことを!」
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