光を越えろ!

 ドッ、と立ち上がった殺気にレイの髪が揺れた。空気が変わり、肌身を切るような緊張感が場の空気を支配した。四人の魔王軍の戦士がそれぞれに得物を構え、ヴァイダムの首魁ルシファリアの命令を待った。


「よいか。一切の手心、斟酌、情けは無用じゃ。間違っても第二十九師団の轍を踏むようなことにはなるな。全身全霊を以てレイ・アルジュリオとカーバンクルを排除せよ」


 ゴー・ヴァイダム! 掛け声が巨人の中心部に響き渡った。


「司令は退避を!」


 エースライザーの剣を引き抜きながらレイは叫んだ。ボトムは多少の逡巡を見せたものの、彼の腕から飛び出したミシューが先に退路へ駆け込み、そこで主を誘うように鳴き声を発して待った。


「……アルジュリオ士長、受けとれ」


 柘榴石の首飾りをレイに放って投げた。

 レイがそれを片手で掴むのを見届けるとボトムは振り返り、愛猫の跡を追って姿を消した。そこはルシファリアとカーバンクルが通って来た彼の個室へつながる通路である。

 首飾りを首にかけつつ、司令官がぐちゃぐちゃになった自室の惨状を知ったらどんな思いをするのかを想像したレイは、申し訳程度に謝罪の言葉を心でつぶやいた。


「……って、わたしがやったわけでもないのに!」


 言い終える間もなく、エースライザーがシェランドンの稲妻にまみれた大剣を弾いた。バチバチと放電する音を号砲にして、レイとディアゲリエの二度目となる戦いの火蓋が切られた。


 大男の攻撃は盾に受けさせ、レイは攻撃に専念する。素早さはレイが勝ったが、雷撃使いの異名に偽りなくシェランドンの攻めは電気を伴い、打ち合う度に周囲に電撃を振りまいた。


 電気は間合いの中で帯電し、触れるとバチッと火花を散らしてレイの体を焦がす。


 それを避けようとすれば攻める機会が制限され、かといって踏み込んでいけば被弾するばかりでなく、より強い電気帯がまとわりついて動きを制限された。カーバンクルがこれらの魔力を抑えようとするのだが、彼のダメージからか効果は薄い。


「へえ、馬鹿力だけの戦い方から随分と頭を使うようになったじゃないヴィガン二尉!」


「兵卒が上官に言う言葉か。小生意気なはねっ返りには仕置きが必要だな」


「!」


 レイはシェランドンの展開する雷の結界の奥深いところにいつの間にか誘導されており、気が付いた時には大きな雷がレイの頭上へ落とされていた。エースライザーが避雷針の如くレイを庇ってこれを防いだので直撃は避けられたが、シェランドンの大剣が真っ赤な魔力で充填されているのをレイは見逃さなかった。


 落雷がまだ続いているのでエースライザーは頭上から正面には回れない。下手に盾の防御圏内から出れば雷に打たれる。

 カーバンクルが元気であれば魔法攻撃は打ち消せるのだが、本人は雷の威力を抑えるのに精一杯だ。


「爆死か感電死か、好きな方を選びな」 ガツン、とシェランドンの大剣が床に突き刺さる。激しい爆風が一直線に放たれ、衝撃が一瞬で戦場を飲み込んだ。


「ご生憎様。どっちもごめんよ」


 なに? 振り下ろした大剣の影から声がして、思わず下を向いたシェランドンである。するとその顔面にどかっとレイの膝蹴りが炸裂し、大男はたまらず後方にけ反った。


「わたしが動体視力に自信あるって言ったの忘れた? その技を見るのはもう三度目。接近すれば魔法に巻き込まれないってこと、とっくに分かっていたわ」


 ぐぬぬ、おのれ! 呻いたシェランドンは鼻血を噴き出しながらも痛みに耐え、この小生意気な娘に刃の付いた手甲に武器を切り替えて襲い掛かった。しかし怒り任せの大振りな攻撃では到底レイを捕らえられず、ひらりと身をかわされて懐に踏み込まれてしまう。


「ぬおっ⁉」


 驚いたのは紅蓮の赤備えグレンザムで、レイにぶん投げられたシェランドンの体が自分に向かって飛んで来たのだ。

 致し方なく大男の体を腕で打ち払うと、その影からレイの武器が自分の心の臓をめがけて突き出されていた。

 虚をつかれながらも反射的に自らの剣でレイの剣先を弾いてみせたが体勢が崩れ、息つく間もなく放たれた二撃目を受け止めた時には衝撃で大きく後退りさせられた。


「ぐ、しまった……!」


 その隙をついてレイはグレンザムの横を一気に駆け抜け、魔王軍の首魁を背にして守る銀面軍師へ向けて走った。

 狙うは敵大将ルシファリアただ一人。そのために必要なのは勝利する意志とスピードだ。


 風になれソウ・ル・ヴァン音より速くブリュ・ヴィット・ク・ル・ソン光を超えろデバス・ラ・リュミエール


 レイの集中力はエースライザーにも伝わり、極限にまで高められた。目に映るすべての時間が緩やかに、鈍重な流れに見えた。だから空中で複数の魔法陣を展開したヴェロニックが自分へ向けて攻撃魔法を射出するのだって目視できている。


 白薔薇の魔導士が放った魔法の矢は正確に敵を捕らえてはいたものの、目標の速度が尋常でないため、すべてレイが巻き上げる後塵の中に吸い込まれていった。


「そんな、なんて速さなの! ランボ、気を付けて……」


 駆けるレイの背へ向けてグレンザムは拳銃を、シェランドンは掌からの雷で、射線上に味方(ランボルグ)がいるのも構わずに激発するが、彼らの攻撃はレイに並走するエースライザーとカーバンクルによってすべて防がれた。


「ヴァイクロン!」


 ランボルグは床に錫杖を立てて魔力を注ぎ、土塊から一度に十数体のヴァイクロン兵を作り出して陣形を敷いて見せた。


「邪魔っ」


 先頭にいたヴァイクロン兵がレイに一撃で斬り伏せられ、左右から挟み込もうとする土塊の兵士は空飛ぶ盾の放った魔法の弾丸を受けてぼろぼろと崩れていった。

 ランボルグは自身の得物である魔王の錫杖をしゃらんと構え、喝ッと呪文を唱える。

 本来ならば即座に巨大な力場が生まれ、敵を足止めするか、或いはそのまま重力で圧し潰せるはずなのだが、効果は発揮されない。


「ぬう、機罡獣の仕業か……」


 カーバンクルの額に填められた宝石の輝きは著しく鈍ってはいたが、彼の十八番である魔法の打ち消し能力はこの場面で十分な効果を発揮した。


「レイ、力を預けるよ!」


「任せて」


 体を張って止めようとするランボルグの股の下を滑り込んで抜けると、ヴァイダムの首魁は目の前だった。

 ボトムとの戦闘で負ったダメージで動けないルシファリアは高速で迫るレイを無表情に見つめるばかりであった。


 この黒いゴシックドレスを着た儚げな少女に直接の恨みはないが、レイ・アルジュリオはとうに決意していた。

 ──わたしは軍人だ。世界を闇に堕とそうとするヴァイダムがエーテリアを相手に宣戦布告し、それを迎え討つ命令を実行するのが自分であれば、この手を止める理由はない。ランス軍の兵士として、機罡戦隊の戦士として、魔王軍の野望を砕く。


 レイを切っ先にカーバンクル、エースライザーはまさに三位一体で一条の輝く光の剣となり、ルシファリアを横に一閃した。

 魔王ハジュンの手によって生まれ、堕ちたる天使の名を冠した機罡獣の少女は、その身を真っ二つにして巨人城塞マージの中心部に倒れた。


「……!」


 レイが違和感を覚えたのは一瞬で、そしてすぐにその正体を知った。すでに額の宝石から光が消えかかっているカーバンクルは、まさか、と床に羽をついてうずくまった。


 斬り捨てたと思ったルシファリアは傀儡であり、その証拠に切断された上半身には「ハズレノン」という貼紙がされていた。


「何を驚いているのかしら」


 ヴェロニックの声に反応こそしたがレイの体は動かない。敵を前にして激しくなる呼吸を止められず、ついに片膝をついた。


 エースライザーが健気に敵に立ち塞がるが、この神器をしてもエネルギーは枯渇状態だ。それだけ、この攻撃に全身全霊をかけていた。微々たる戦力で勝利を得るには、速攻による一点突破しかなかった。


 そんな考えなど最初からお見通しだ、と言わんばかりにルシファリアをはさんで四人の魔戦士が凄絶を醸すレイの前に並び立った。


「カーバンクルがお得意のその魔法、私が何度見たと思っているの?」 右目に魔法の光を宿したヴェロニックが笑みを浮かべて言ってみせた。「とうに解析していたから、この機会に利用させてもらったの。気に入ってもらえたのなら嬉しいわ……」

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