縷々綿々(るるめんめん)

「いいですか。あなたの魔力炉心は現在、我々の技術では再現ができない魔王ハジュン本人による超高度な術式なのですよ。破損したら修復のしようがありません。もう少し無茶は控えていただきたく……」


「ヴァイダムの長として範を示すべく精励恪勤せいれいかっきんに臨んだ結果じゃ。そもそも、おのれが私に頼んだのじゃろうが」


 戦闘でずたぼろになった服を脱ぎ捨てたルシファリアの体は、穴だらけで無残なものだった。そこへ銀面軍師ランボルグが手を当てて応急措置を施している。外からでも心臓部が露わになるほどの損傷を受けていた体が少しずつ埋められていった。

 文句を言いつつではあったが、魔王軍の首魁は素直に部下の手当を受けていた。「ええい、まだ直らんのか」


「言っておきますが、私はこれ以上あなたの体がほどけないように繋ぎ止めているだけです。あとは自然に復元するのを待つしかありません。激しく動けば直ぐにばらけますから当面、戦闘行為などは禁止です」


「あとは私達に任せておきなさいって。ねー、ミシュー」 猫を腕に抱いたヴェロニックは顔をほころばせている。「あなたのおかげで助かったわ。ああん、なんてお利口なのかしら」


 頬をふくらませるルシファリアの横では赤備えのグレンザムが警戒を担っており、大きな隙を晒している仲間を襲いかねない突発的な脅威に対処すべく屹立していた。


「……」


 それにしてもルシファリアをここまで追い詰めた敵に今さらながら油断のならない考えを改めた。

 グレンザム自身は外壁にいたところを巨人に捕らわれたが、自力で拘束を解いて仲間たちと合流し、彼らを解放した。そしてヴェロニックの術式に運ばれてここへ飛び込んだ時は、まさにランス軍の兵卒によって自分たちの指導者が倒されようとする瞬間であった。


◆◆◆◆◆◆


 我が子同然と可愛がるネコのミシューを人質に抱えられて逡巡するボトムの横で、カーバンクルがレイに警告を発した。


「大きな魔力が移動してくる! 間違いなく魔王軍の戦士だよ」


「司令、もう待てません。命令の変更はないものと理解します」


「なっ……」 とボトムは言葉を失いかけたが、その時すでにレイは矢のように飛び出して魔王軍の首魁に肉薄していた。「やめろ! やめるんだ……」


 魂の奥底から絞り出した声は裏返っていたものの、その命令でレイは急制動した。エースライザーの切っ先はまさにルシファリアの心臓部を庇うミシューの毛先に触れたところで止められていた。

 同時にヴェロニックの術式で瞬間移動してきた魔王軍の戦士達がルシファリアの周囲に実体化して現れた。状況を即座に理解したグレンザムは迷わずにルシファリアとレイの間に割って入り、拳で彼女の剣を弾いた。続いてシェランドンはミシューごとルシファリアを抱きかかえて素早く敵刃から遠ざけた。

 魔王軍ヴァイダムの首魁ルシファリアはこうして九死に一生を得た。


◆◆◆◆◆◆


「……勘違いしているみたいだけど、あなた達の親玉を追い込んだのはうちの司令官よ。元大陸軍で名を馳せたランス軍の古強者ヴェテランを甘く見ないことね」


 レイはすでに剣をエースライザーに収納した状態で目の前に立っているグレンザムを見上げて言ってみせた。形勢は逆転し、今は自分が敵に囲まれているというのに、ランス軍の小さな兵卒の大胆不敵な態度には釈然としないものを覚える赤備えだ。


「見上げた忠誠心だな。お前を巨人のエサにしようとした男であろう。しかも王政復古を気取って革命を企む反逆者ときた。古強者ヴェテランどころか、とんだ悪人ヴィランではないか」


「人それぞれ、思いはあるわよ」


 レイはそう言うとグレンザムの脇を抜け、ネコをあやしているヴェロニックの方へ近づいた。反射的に腰の拳銃に手を添えるグレンザムだったが、レイの後ろにはエースライザーが張り付いていた。


「……」


 何よりもレイのあまりに無垢な面持ちがグレンザムの殺意を薄め、銃にやった指が虚しく震えていた。


 ヴェロニックはミシューを撫でながら不敵な笑みを浮かべてレイを待ち受けた。


「あんまり無茶しない方がいいわよ。あなた、体力は全然回復してないんでしょう」


「それも魔星の力? そうやって人をのぞき込んで楽しいかしら」


 右目がほんのりと魔法の効果で光っているヴェロニックに食ってかかった。


「私は解析眼と呼んでいるわ。人間が数値で見えるようなことはないけど、ある程度情報が把握できて便利よ。例えば私達をここに運んだ瞬間移動の術式」 ミシューを恐れて天井の梁に身を隠している不思議な鳥を見上げて、ことさら口角を上げた。「カーバンクルが逃げた時に残っていた術式の残滓ざんしを解析して、それを自分用に調整したのよ」


「大した魔法使いね。人の彼氏まで寝取ってくれちゃって」


「彼氏ってフューリー三尉のこと? 彼の頬にキスしたことを寝取りだと言っているのかしら。いろいろおかしいけれど、一番なのは、あなたに彼女の自覚があったことね」


「い、今はそうじゃなくとも、そのうち、遠くない未来、もしかしたらそうなっている世界線にいる可能性だって……」


「あら、ら! なんて図々しい。毎度彼のことを袖にしておいて、よくそんなことが言えるわね」


「だ、だって……。だって、ブリックのがっかりした表情かおって、なんだか見ていて可愛いんだもの。つい意地悪したくなっちゃって」


「あんなこと言っているわよ、ミシュー。いやーなお姉ちゃんねぇ……」 んーっ、とヴェロニックはミシューの毛並みの揃った滑らかな体毛に顔を埋めた。「ま、気持ちは分からないでもないけど」


「それよりも」


「なあに」


「わたしもミシューを抱っこしたぁい」


「おい、いい加減にしろ」


 ランボルグが預かるルシファリアのガマ口財布から声がしたかと思うと、その中から大男が飛び出して喚いた。


「なにを縷々綿々るるめんめんと呑気に喋ってやがる。巨人はどうなったんだ。それで、そいつらはどう始末をつけるんだ」


「なんじゃ、シェランドン。宝筐ミラクロの掃除は終わったのかの」


 応急手当てを終え、体の調子を見ているルシファリアが大して興味もなさそうに大男へ言い放った。ランボルグは笑いかけたが、シェランドンの形相に配慮して咳払いをするに止めた。


「だいたい、何で俺がネコのションベンを片づけなきゃいけないんだ!」


「うるさいのう。ミシューはネコなのだから、粗相を片すのは人間の務めじゃ。それより私の着替えはどうした」


 ぐぎぎぎ、と歯を鳴らしながらシェランドンは少女に服を差し出した。ルシファリアはそのまま大男に着替えるのを手伝わせた。ネコの後始末の次は子供の着替えかと嘆きつつ、大男は満面の笑みでネコを抱いているランス軍の兵士を猛烈に睨みつける。


「だいたい、そのネコはこっちの人質みたいなものだろう。そいつに渡したら質に取った意味がなくなるだろうが」


「いいえ。ルシファリアが無事なうちに私達がここへ到着した時点で人質の役目は終了しています。あとは好きなようにさせて構いませんよ」


 銀面軍師の言葉を理解したのか、ミシューはレイの腕をするりと抜けて床を走り、枯木の如く佇むボトムの足元にすり寄った。我が子のように育てた愛猫をボトムは両手で抱え上げ、無心に抱きしめた。

 天井からこの様子を見ていたカーバンクルはぱたぱたと降りてきて、入れ変わりにレイの肩で羽を休めた。


「ミシューの方がいいなあ」


「お願いだからレイ、そんなこと言わないで。泣いちゃう」


 羽を広げて抗議する不思議な鳥の体も魔王軍の首魁と同じく、あちこちにダメージが残っていた。ある程度自力で修復してあったが、無理はさせられそうにない。そんなカーバンクルの体をレイはそっと撫でてやった。

 自分も同じだ。走れる程度に回復はしたが、全快には程遠い。エースライザーがレイの側に寄り添った。


「さて、ここからはこちらの番じゃのう」


 新しい服(といっても前と同じゴシック調の黒いドレスであるが)に着替えたルシファリアが口火を切った。「協力関係はここまでとし、改めて我が勇壮なるヴァイダム第十五師団のディアゲリエ、GEWSゲウス雷撃隊に命ずる──」



縷縷綿綿るるめんめん 中身のない話が延々と、くどくどしく繰り返されるさま

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