苦しみのはてに

 白玉剣――アラバスターメーザーはその名が記す通り魔力を増幅放射することで絶大な威力を発揮する冥界の宝具である。人間世界におけるあらゆる武器、術式を凌駕する稀代の聖剣であることには間違いない。

 単に武器としての性能だけでなく、それを持つ者の能力を大幅に引き上げ、しかもそれはエースライザーのように使用者の体力に依存するのではなく、空気中に漂う冥界の霊魂エネルギー(魔力の源)や敵の放つ魔力を吸収するので負担が少なく、事実上魔力の消費がないまま永遠に剣を振るっていられるのだ。

 ルシファリアが持てばこのアドバンテージは鬼に金棒であり、かつて旧世界での戦いにおいて機罡戦隊を一方的に苦しめた魔王軍の象徴である。


 だが、それも周囲に霊的魔力が満たされている場合だけである。巨人の体内は特殊な結界が施されており、魔力の流入が非常に限定された状況ではルシファリアのパワーは枯渇する一方であった。


「ははは、弱い! なんと歯応えのないことか」 エースライザーの斧槍を振るいながらボトムは高笑いをして見せた。「これが魔王軍ヴァイダムの首魁か。旧世界で最も機罡戦隊を苦しめたという怪物か。まったく拍子抜けも甚だしい」


 カーバンクルもルシファリアも地に突っ伏したままボトムの煽り文句を聞く以外になかった。鳥は何よりもレイを守るため、少女は自身のプライドと敵を倒すため、それぞれの思いを胸にボトムへ戦いを挑んだが、歯が立たなかった。

 齢五十五であったはずの老体は今や昔日の勇姿を以てカノンとハジュンの機罡獣を圧倒していたのだ。


「ぐぬぬ、おのれ」


 白玉剣を杖に何とか立ち上がるルシファリアだったが、体はボロボロだった。刺突、斬撃をその身に受け続け、自身の体を構造する術式が途切れ始めていた。

 カーバンクルも似たような状態で、二人とも体内に埋め込まれた彼らの心臓部である機罡石の炉心が露わになっていた。これを破壊されると、さしもの機罡獣も一巻の終わりである。


 人間世界の兵器や武器では傷一つ付かない機罡獣であるが、天上世界の宝具ならばその限りではない。


 勝ち誇ったボトムが一つの提案を述べてきた。「さて、カーバンクル。女神にして大聖者カノンの使徒よ。私から貴様に一つ物申したい」


「……」


「魔王軍の首魁はもはや虫の息。この者にとどめを刺すことを条件に、貴様からカノンへ正式に私を機罡戦隊とするよう要請するのだ。そして貴様は私の機罡獣モノとなり、この世を正す覇道の手先となれ」


「……悪い提案じゃないけど、もう少し言い方を選んだ方が相手を納得させやすいと思うんだけどな」


「カーバンクル! 貴様、裏切るつもりか」


 カーバンクルはぴょこんと立ち上がった。「……ボクたちは魔王ハジュンの野望を挫くために地上へ派遣されたんだ。キミをここで倒せるならば、その方が合理的さ」


「その男の思想をおまえも知っておるじゃろう。私をここで倒したところで、人間世界は再び戦火にまみれるだけじゃぞ」


「元々ボクら天上世界の存在は人間世界に干渉しないことがルールなんだ。キミの企みを阻止できるのであれば、その後のことはどうなっても知ったことじゃない。カノンだってそう言えば納得するよ」


「おのれ……」


 ルシファリアの呪詛を背にしつつ、カーバンクルはばさばさと羽ばたいてボトムの肩に止まった。


「ふふふ、安心しろ。大聖女カノンの望み通り魔王軍はこの世から根絶してくれよう。私が欲しいのは、ただこの世を正す力そのものよ」


 ボトムはゆっくりと間合いを計って魔王軍の首魁に近づいた。憎々し気に見上げるルシファリアであったが、ついに自らの二つ名である白玉剣も握っていられずに床に落としてしまった。

 それを見たボトムは勝利を確信して冷酷な笑みを浮かべた。


「わざわざ大将自ら乗り込んでくるからこんなことになるのだ。その愚かさを地獄で悔いるがいい」


 ボトムが斧槍を大きく振り上げた。これこそがルシファリアの目論見だった。実は落としたように見えた白玉剣だが爪先に柄の一部を引っかけており、いつでも手元に戻せる算段だったのだ。

 はたしてボトムの晒した大きな挙動の隙に足で柄を蹴り起こし、素早く握り直すと、ルシファリアは最後の力を振り絞って突き込んだ。


 カキィィン!


 白玉剣は宙に舞い、ルシファリアの体はエースライザーに串刺しにされていた。ボトムは冷笑しながら言った。


「お粗末だな、魔王軍の首魁よ。貴様の動きなど、とうにお見通しだ」


 その一撃は辛うじてルシファリアの心臓部である炉心を外していたが、このダメージで体を造形していた術式が完全に止まった。次第にルシファリアの輪郭がぼやけていく。


「ふふふ、安心しろ、壊しはせん。貴重な冥界の鉱石をここで失ってしまうのはあまりに惜しいのでな」


「か……勝ったつ……もり……か」


 消えゆかんとするルシファリアにそんな口を叩かれ、ボトムは呆気にとられた。斧槍に貫かれ、巻いた縄をほどくようにその姿を霧散させている哀れな魔法人形が何を強気なことを……!

 違和感を覚えたのは、槍を小娘の体から抜こうとしても動かせなかったことだ。まだこんな力を残していたのかと苛立ったところにルシファリアがぼやいた。


「まったく馬鹿ものめ。手間をかけさせおって」


 はっとしてボトムは肩に止まっているカーバンクルを片手で掴み、その姿を確認した。忌まわしいことにそれは不思議な鳥を象った人形であり、腹部に「ハズレノン」と書かれた紙が貼りつけられていた。震える手で人形を足元に叩きつけ、周囲を見渡した。そして鳥の姿を見つけるや、魂が飛び出るほど大きく口を開けて叫んだ。


「貴様ァァァ、謀ったかァ!」


 カーバンクルは祭壇の上に置かれていたエリクサー筐体に取りついており、まさに巨人へのエネルギー供給を遮断したところであった。


「やめろ、そこから離れろ!」


 叫んだ瞬間、投げ捨てたカーバンクルの人形が大きな音を立てて破裂した。うおっ、とその身を萎縮させてしまったボトムの失態を見逃すルシファリアではなく、彼の手からエースライザーをばっと奪い取った。


 しまった!


 とボトムが青ざめるのと同時にルシファリアは自分を刺し貫いている武器を自力で引き抜き、それを祭壇へ向けて投擲した。

 斧槍はくるくると回転しながら放物線を描いて祭壇に突き刺さり、一撃でこれを破壊してみせた。

 その衝動で上に載っていたエリクサー筐体が床まで滑り落ち、反動でドーム状の蓋がはね上がった。


 斜めに傾いた筐体の中から病衣に身を包んだレイがのっそりと体を起こして伸びをした。「ふああ……。なんだか疲れが取れないわね。睡眠のとり方を見直した方がいいかも」


「おはよう、レイ! もう少し寝かせてあげたかったんだけど、ちょっと今は状況が込み入っていてね。そこの槍を掴んでもらえるかな」


 槍? レイが見れば確かに、すぐ側に斧槍アルバルドが突き刺さっている。言われるままにレイは槍の柄に手を伸ばした。


「バカめ、血迷ったか」 ボトムは下げていた首飾りを手で吊るして見せた。「これがなければ所有者は変わるまい。さあ、戻ってくるのだエースライザー!」


 レイが斧槍に触れるやいなや、エースライザーは標準形態である剣を納めた盾へと変形した。それは武器の所有者でなければ出来ない操作である。

 ボトムは愕然とした。


「まさか……⁉ いったい、どうして」

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